◇ 盗まれた巻物
ナナセは、問題のナッツのからくりをライオットに明かす。
「おそらく彼女は、自分が食べる安全なナッツを小指と薬指で隠していたのでしょう。それで、あたかも袋の中のナッツをつまんだものと思わせたのです」
「………」
不意に、ライオットの思考が切り替わる。
「じゃあ、あの女は、カーラではないんだね」
「そうです」
「誰なんだ?」
ナナセは答えた。
「ベルベットという殺し屋だそうです」
「──っ!」
驚いた。MI6 では、ベルベットはもっとも警戒すべき要注意人物に指定されている。名前以外の情報は、多くの人間を殺してきたという他は、非常に少ない。
女だとは思っていたが、まさかこの日本で、自分の目の前にあらわれるとは考えてもみなかったライオットである。
──いったい、なんの目的で……!
ライオットは、いまさらながらハッと気づいた。焦ったように上半身を起こそうとしたとき、めまいに襲われる。
看護師があわてて注意する。
「安静にしてください。かなり危ない状態だったのですよ」
しかし彼にすれば、のんきに寝ている場合ではない。
「ナナセ、巻物はどこへ?」
「ベルベットに盗まれました」
ライオットは眉をよせる。
──くそっ
ジムは殺され、巻物は盗まれ、これではなんのために日本まで来たのかわからない。
彼の思考が、大事なことにたどり着く。
──あれから、どのくらい入院しているのだろうか
それをナナセに訊いてみる。
「わたしが気を失ってから、何日たった?」
「三日が過ぎました」
なんてことだ。悲嘆する想いがライオットの顔に出る。巻物を取りもどさないといけないのに、時間が経ちすぎて絶望的ではないか。
「ナナセ、わたしの腕時計はどこに」
「腕時計ですか? ちょっと待ってください」
腕時計その他、ライオットが身につけていたものは、ここで働く看護師たちのじゃまにならないところに、ケースに入れて置いてある。
彼女は、そのなかから腕時計を手にとるとライオットに渡した。
「もう、日本を離れていると思うが……」
彼はそういいながら、腕時計を操作する。
「お?」
予想外のことが起きている。
「彼女、まだ日本にいるぞ。しかも、この病院の近くだ」
ヒトミが、びっくりした顔でライオットに訊いた。
「なぜ、わかるのですか?」
「カーラ……いや、ベルベットと最初に会ったとき、彼女の服のポケットに発信器を入れたんだ」
あのとき──カーラに扮したベルベットから連絡先を受けとる直前、ライオットは彼女の背後に目を光らせながらいった。
「つけられてないよね?」
ベルベットは後ろをふり向く。この隙に、ライオットは右手に持っていたナノ回路の発信器を、ベルベットが着ているスーツのポケットに入れたのだ。
超高性能のGPS小型発信器は、ライオットの腕時計と連動して、日本国内であればどこにいるのかわかるのである。
ヒトミが、思わず感嘆の声をあげる。
「すごいっ!」
MI6 の技術の結晶に、ライオットは得意顔になる。
だが、ヒトミが感心したのは発信器ではなく、ライオットの方だ。
やはりライオットは、まがりなりにも MI6 の諜報員だった。こういう状態に陥るぐらいなので、それほど仕事ができる人間ではなさそうだと思ったところが、最低限の仕事はしっかりこなしている。
ところで、ベルベットがこの近くにいるのは、どういうことなのか。
ライオットは疑問に思う。
「変だな。巻物を奪うのが目的なら、手に入れた時点でさっさと日本を離れるはずだ」
なにかあったに、ちがいない。まずいと思うのは、ベルベットは、ライオットがこの病院に入院しているのを知っている。
だから近くにいるのだろう。




