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スパイラル・チェイス  作者: 左門正利
◆ 進まない任務
15/24

◇ だまし合い

 ホテルの従業員の女性が、掃除婦をつれて502号室の前にやってくる。


 その従業員は、偽者のカーラに手紙を渡した女性である。実は彼女はクノイチであり、アサコという名前のナナセの後輩だ。掃除婦に扮している同僚のヨウコは、大きな袋を乗せたカートを両手で押している。


 アサコが部屋の鍵を開ける。二人が部屋の中に入ると、アサコは小さな声を出した。


「ナナセさん」


 その声をきいたナナセは、ベッドの下から這い出てくる。そして、部屋に入ってきた彼女たちにいった。


「二人とも、手伝ってちょうだい」


 忍び装束のナナセの言葉に、アサコとヨウコが、ベッドの下にいるもう一人の人物をひきずり出そうとする。


 ライオットである。


 カーラを騙る女がアサコから手紙を受けとる間に、ナナセが窓の外から部屋に侵入し、ライオットをベッドの下に隠したのだ。


 ヨウコが眉を寄せながら、軽口をたたいた。


「重いわねっ。イギリスの男って、みんなこんなに大きいのかしら」


 アサコがヨウコにふり向く。 


「むだ口いってないで、はやく台車に乗せるわよ」


 一八七センチ、七十八キロのライオットをカートの台車に乗せるのは、ひと苦労だった。


 体育座りをさせたライオットを袋で隠す。そしてアサコが、もってきたホテルの従業員の制服をナナセに手渡した。

 ナナセは、着替えながらアサコに尋ねる。


「あの女はどこへ行ったの?」

「エレベーターで上にあがったようです」


 あの女とは、ライオットを始末しようとしたカーラの偽物のことだ。


 忍び装束から制服に着替えたナナセの前に、ヨウコが靴を置く。黒いパンプスだ。

 ナナセはそれに履き替えると、銀縁の伊達メガネをかける。


「はやく出ましょう」


 三人は部屋から出ると、ライオットを乗せたカートといっしょに業務用エレベーターに乗り、下へ降りるボタンを押した。




 ホテルの屋上に着いた偽カーラは、銃を片手にまわりを見渡す。


 誰もいない。人の気配はない。それでも慎重に警戒しながら、クノイチが使ったと思われるロープのある場所へ足を進める。


 そこへたどり着いた彼女は、無防備というほど狙われ放題だ。だが、誰も攻撃してこない。


「逃げられたか……」


 もう、ここには用はない。彼女は銃をホルスターに入れ、エレベーターへ向かっていった。




 一方、ナナセたちは業務用エレベーターで地下まで降りると、ライオットを袋詰めにしたカートを押しながら、目的の車まで移動する。


 清掃会社に模したバンだ。アサコが後部ハッチを開ける。車椅子が電動で収納できるように機械的な改造が施してあり、それでカートを車内におさめる。


 ヨウコが運転席に座り、ナナセが助手席へ移った。車に乗らないアサコは、ホテルの従業員としてこのままのこるのだ。

 ヨウコが出発の声をあげる。


「じゃあ、行きますよ」


 ナナセが応える。


「安全運転でね」


 アサコが見送るなか、眠っているライオットを乗せたバンは、偽者カーラに気づかれることなくホテルから脱出するのだった。




 カーラを騙る女は、荷物をまとめるとホテルをチェックアウトする。

 さっさとここを去らないと、今度は自分が窮地に立たされかねない。


 タクシーで成田国際空港へ行き、そこで一服する。ここまで来たのは、自分を追う者がいるかどうか、確かめるためだ。結果的に、そこまで警戒する必要はなかったようだ。


ロビーに座っている彼女はスマートフォンをとり出すと、いまの時間で泊まれるホテルを探す。彼女はふたたびタクシーに乗って、そのホテルへ向かった。


 彼女は、タクシーの中で想う。


 ──やるわね、クノイチ


 予定どおりにいかなかったのは、久しぶりだ。

 ライオットだけに目をつければいいと思ったところが、ちょっと甘かったようだ。


 ──わたしが誰なのかも、知っているのかしら? いや、知っているからこそ、こうなったんでしょうね


 カーラを騙っていた彼女は、裏社会ではこう呼ばれている。


『殺し屋ベルベット』




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