◇ 罠
ライオットはうつむき、重くなってきた頭を左手でささえる。
──変だ……
意識が、もうろうとしてくる。
男なら、カーラの挑発するような態度に興奮するのがふつうだろう。だが、それどころではないというほどの異変がライオットに襲いかかる。
──これは
薬を飲まされたと思った。しかし、缶ビールに薬を仕込むことができるとは思えない。
ナッツは、カーラも同じ小袋からとり出して食べている。
カーラはふり向くと、ライオットに「どうしたの?」といいながら、彼の両肩をつかんだ。
──彼女は……
ライオットの思考が断ち切れる。彼は、完全に意識を失ってしまった。
カーラは口元に笑みを浮かべる。
「フフフ」
彼女はライオットをベッドに寝かせると、服を探って巻物を手にする。
「ジムという男以上に、チョロいわね」
ライオットがカーラだと思った彼女は、偽者だった。小袋に入っているナッツは、すべて強力な薬剤が含まれている。彼女が口にした無害のナッツは、その小袋に指を入れるまえに、小指と薬指で隠すように持っていたのだ。
偽者の彼女は、右のお尻に貼ったタトゥーのシールをペリペリと剥がした。
それをゴミ箱に捨てるとカバンから銃をとり出し、サイレンサーを装着してライオットの額に狙いをつけた。
「最期にわたしの裸を見ることができて、よかったわね。さよなら、お馬鹿さん」
引き金をひこうとした、そのとき──
コンッ、コンッ
ドアをノックする音がきこえた。彼女はあわてて銃と巻物をカバンの中に放り込むと、急いで浴衣をまとって帯を結び、ドアに向かう。
ちょっとだけドアを開けると、小柄なホテルの従業員が立っているのが目にはいる。
従業員の女性は、頭を下げていった。
「カーラ様ですか?」
「そうよ」
「大変、申し訳ありません。お手紙が届いているのを忘れておりました。ご確認をお願いします」
カーラを騙る偽者は、もうすこしドアを開けてその手紙を受けとる。
横須賀米軍基地からの速達だ。本物のカーラがチェックインする日に彼女に成り代わったのだが、こんなものが届くとは思わなかった。
しかし緊急な用事なら、ふつう携帯電話で知らせるだろう。ただ、盗聴される危険があるにはある。まわりくどいやり方だと思うのだが、ひょっとして CIA の極秘情報かもしれない。
なんにせよ、こういうものが届いたということは、あまりのんきにしていられない事態だ。
自分が殺した本物のカーラが死んでいるのがわかれば、やっかいなことになる。
「ありがとう。確かに、わたし宛の手紙ね」
「どうも、すみませんでした」
従業員はそういってふたたび頭を下げると、部屋の前から去って行く。
それを見とどけた偽者のカーラは、ドアを閉めてライオットの始末にとりかかろうと思考を切り替える。
そしてベッドを見たとき、彼女は目が点になった。
「いや、まさか」
ライオットがいない。彼が五階の部屋から飛び降りたとは思えない。そもそも、ライオットは意識を失っていたはずなのだ。
内開きの窓を急いで開けて、下を見る。やはり、ここから飛び降りた様子はない。
ふと、右側になにかが揺れているのを感じた。ロープだ。手を伸ばせばとどくところに、ロープがある。窓の外側をチェックすると、この窓は外からも開くように改造されているのに気づいた。
揺れるロープを見ながら、彼女は思う。
「ニンジャ……クノイチ?」
MI6 とクノイチという女忍者が手を組んだということは、下調べでわかっている。
従業員から手紙を受けとるまでの時間で、ライオットを部屋から脱出させられるのは、クノイチしかいない。
カバンをチェックする。巻物も銃も、ぶじにある。こっちまでは手がまわらなかったようだ。
彼女は急いで下着を身につけ、服をきる。ホルスターを装着し、サイレンサーを外した銃をそこに入れる。
「このままじゃ済まさないわよ」
ロープの長さからして、地面に降りたとは思えない。降りたのでなければ屋上にいるはずだ。
上着をきて準備を整えた彼女は、部屋を出てエレベーターに向かうのだった。




