◇ 仲間
翌日、朝九時にホテルを出たライオットは、ジムに指定された目的のビルへ足を進める。
肝心の巻物は、アタッシュケースの中に入れている。どういうことが書かれているかは確認していない。そこまで命令されているわけではなく、よけいなことをする気はまったくない。
ビルに到着するとエレベーターに乗り、屋上へ向かう。このビルの屋上ガーデンで、ジムに会うことになっているのだ。
そこに足をふみ入れたライオットは感嘆する。きのう、下見に来たときも思ったが、あちこちに緑が点在する景色は、計算されたアートという感じで素晴らしい。まわりを見渡したが、ジムはまだ来ていないようだ。
ガーデンの一角にあるテーブルの椅子に座り、左手に持っているアタッシュケースを足元に置く。スマートフォンでニュースを見ながら、ジムが来るのを待つ。
すると、面識のない女性がライオットに向かって手を上げる。着ている白いジャケットが、二十代前半に見える彼女によく似合っている。紺のスカートが遠慮がちに彼女の膝を隠している姿に、どことなく品性を感じる。
派手な服装ではないが、ライオットは思わず目をひかれる。つばのひろい黄色の帽子に、赤いリボンが結ばれているのが印象的だ。
ブロンドの髪を伸ばしたその女性に会った記憶はないのだが、なぜか彼女はライオットの方へ近づいてくる。
「ハーイ、待った?」
人違いだと思った。それなのに、彼女はライオットと対面するように遠慮なく椅子に座った。
ライオットは困惑する。
──誰だ?
待っているのはジムなのに、なぜ見知らぬ女性がここに、自分の前に来るのか。
そんな彼女の口から、まったく予想もしなかった言葉が出てくる。
「ジムは来ないわよ」
混乱しそうになったライオットの頭が、瞬時に冷静さをとりもどした。警戒心が、思考のトップに躍り出る。
彼女は言葉を続ける。
「彼、たぶんすでに消されてるわね。敵は、あなたがここへ来ることも知ってるでしょうね」
ということは
──この女は、俺のことも知っているわけだ
そう思っていると、不意に気づいた。まわりに注意をはらうと、何人かの男が、遠くから自分を見るともなく監視している。
やっかいな事態に陥ってしまった。ジムと自分のことを知っているこの女性が、味方とは限らない。
彼女以上に、自分を監視している男たちは、間違いなく敵だろう。
ライオットは、懐に忍ばせてある銃を意識しながら、彼女に問いかける。
「君は誰だ」
見知らぬ女性は、さも心外だという感じで口をひらいた。
「長官から、きいてないの?」
きいてないから訊いているのだが。
「変ね。長官は、わたしの連絡先はあなたに渡したって、いってたけど」
ライオットの記憶が過去にさかのぼる。
──連絡先?
イギリスを発つまえに、長官からなにかあったときの連絡先を確かに受けとっている。
「ま、まさか!」
彼女が自分の名前を伝える。その名は、ライオットを驚かせるには十分だった。
「ロッドマンよ」
唖然となっているライオットに、ロッドマンはいった。
「下へ行きましょう。恋人みたいな感じで、ね」
二人は椅子から立ち上がると、ロッドマンがライオットの腕に抱きついてくる。
「パスタの美味しいお店があるのよ」
「へえ、行ってみたいな」
恋人ごっこを演じながら、エレベーターの前までくる。
ライオットは、ひきつりそうな笑顔のまま、その場に立ちつくした。
──男だと思ってた……
どんなヤツだろうと考えていたMI6の仲間が、名前からしてまさか女だとは思ってもみなかった。
エレベーターが屋上に到着すると、彼はロッドマンに引っぱられて中に乗り込むのだった。




