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王子は聖女と結ばれました

作者: 高月水都
掲載日:2026/03/08

 聖女()とイルヴァーニィ殿下は悲劇の恋人同士だ。


 ………少なくとも世間一般の認識では。


「待っていてくれ。ニアナ。きっと父上達を納得させて見せるから」

 私の手を掴んでイルヴァーニィ殿下は悲しげに伝える。


「殿下……」

「君が神嫁にならなくてもいい方法も、僕たちが結ばれるための方法もきっとあるから」

 こっちの言いたいことを遮って、勝手なことを言い募っていく。


「だから、殿下」

 こっちの話を聞いてくださいと伝えるために口を開くが、

「待っていてくれ」

 言いたいことだけ言って去って行く。


「だから、殿下っ⁉」

 叫んでもすでに自分の世界に入って王城に戻るための馬車に乗り込む殿下には聞こえていない。


「……………………相変わらず、勝手なことを言って」

 顔はいいが、あの性格はいただけない。


 あの方に呼び止められて神殿に戻る時間が遅れてしまったではないか。


「あの方もご公務があるはずなのに……」

 イルヴァーニィ殿下の婚約者であるポーリア公爵令嬢はご公務だからと早退なされたのを確認したのに。


 おそらく、またサボりなのだろう。イルヴァーニィ殿下は観賞用に適しているが、あれが王太子……後の王になったらこの国の将来が心配だ。まだ、ポーリア公爵令嬢が素晴らしい方なのでそこまで荒れはしないかもしれないが、あのイルヴァーニィ殿下では婚約破棄とか言い出しかねない。


 神殿は神の管轄で独立しているとはいえ、王家の庇護下にある前提でないと国で教えを広められないという決まりがあるのでこっちが下手に出るしかないのを都合のいいように解釈されて迷惑だ。


 しかも、こういう時だけ知恵が回るのか私とイルヴァーニィ殿下が悲劇の恋人同士。ポーリア公爵令嬢を【悪役令嬢】という噂を流して世間を味方にする手腕は見事なものだ。


 公務は全然しないが。


 そう。全くしないが。


「私が神嫁になるのは決まっているのにそれすらおかしいと喚いて権力を行使して取り下げようとするのにも困ったものよね……」

 おかげで神殿もピリピリしているのだ。


 必死に宥めているが、宥めていると面白いことに気付いたとばかりに提案してきて、その提案に乗ってもいいと一瞬理性が飛んでしまって我に返る日々を過ごしているのだ。


「なんとかできないかな……」

 許可さえ取れれば提案に乗ってもいいかも……。説得するのも疲れてきたから。





「…………それが先日あったことですね」

 何かあってこちらが悪者にされては困ると逐一報告をする。


「まあ、相変わらずなことですわね。その日は確か、某国の大使の出迎えでしたのに」

 ポーリア公爵令嬢は口元を扇で隠して微笑んでいるが、目は笑っていない。


 ポーリア公爵令嬢のお屋敷でのお茶会。これも神殿の仕事の一環。聖女のお勤めの一つで、こうやって顔出しをして、寄付を申し込む。

 そのついでに女性にしか話せない悩みを聞くのだ。


「公務に支障はありませんでしたか?」

 などと聞きつつも。いや、支障はあっただろう。次期王になるつもりなら顔を出さないといけないだろう。と、自己突っ込みを入れておく。


「まあ、ユニヴィータ殿下が公務を代わってくださいましたけど」

 第二王子の名前が出てきて、支障が無かった………表向きは。に安堵する。


「そうですか……」

 胸を撫で下ろすと、じっとこちらを見てくるポーリア公爵令嬢。


「ところで、実際の所。ニアナさんはイルヴァーニィ殿下のことをどう思っているのでしょうか?」

「観賞用。です」

 それしかない。恋愛関係などない。こっちは神嫁になる立場だ。


「少しは心がよろめいたりは……」

「う~ん。よろめきはしませんが、いろいろ思うことはありますね」

 あくまで思うことがある。程度だ。


 …………だから、浮気ではありませんよ。

 心の中でしっかり説明する。


「思うこと。とは……?」

「それは……」

「大丈夫だったか。ニアナっ!!」

 説明しようとしたらイルヴァーニィ殿下が突然現れる。


 この方はいつもタイミングが悪い時に現れるものだ。

(もしかして、わざとですか……)

 そんな疑問を抱くが、答えはない。


「イルヴァーニィ殿下。どうしてここに?」

「君がポーリアに呼び出されて、ポーリアの取り巻きに囲まれていると知ったからだ。ああ、怖かっただろう!!」

 確かに、ポーリア公爵令嬢に御呼ばれして、ポーリア公爵令嬢のご友人たちと楽しくお茶会に参加していましたが、どこでどう勘違いしてそんな解釈になるのでしょうね……。


 ここまで残念な思考だと()()()()思惑が働いているようにしか思えない。

(いや、たぶん。働いているのでしょうね……)

 ()()()()()()()殿()()()()()()都合の悪い事情が耳に入らないように。


「さあ、こんな居心地悪いところにいつまでもいないで、行こう」

 手を差しだされるのを見て、これはどうしたらいいのかとポーリア公爵令嬢に視線を向ける。


「ポーリアっ!! こんな状況でもニアナを脅すなんてっ!!」

 ああ、そんな解釈なんですね。まあ、いいですけど。


 ポーリア公爵令嬢の目は笑っていない。すでに見限ったという冷たい眼差しなのにどうして気付かないのか。


(あえて、気付かないようにフィルターかけていません?)

 あの方ならやりかねない。


 まあ、ここまで仕出かしたら庇う必要性もないか。下手に庇った方が被害が酷くなりそうであるし。

「ポーリア公爵令嬢。申し訳ありませんが……」

 ここで言葉を切るのには二つの意味合いを持たせたから。


 一つはお茶会を退席することの謝罪。

 そして、もう一つは……。


「ええ。――構いませんよ」

 二つの意味をきちんと読み取っての返答に頭を下げると、

「こんな女に頭を下げなくていい。行くぞニアナ」

 と連れ攫われていく。


「こんなふうに相手の意思を尊重しないで、乱暴なことをされるのは好みではありませんので」

 ぼそりと呟くと、

「――そうか。善処しよう」

 ()()()()()()()殿()()の口がそんな返答をした。





 そんなこんなで数日後。

「ニアナっ!! 聞いてくれっ!! 父上が僕とニアナのことを認めてくださった!!」

 一枚の羊皮紙を持って嬉しそうに神殿に駆け込んでくるイルヴァーニィ殿下。羊皮紙には、ポーリア公爵令嬢との婚約を解消して、聖女ニアナとの婚約を許可するという内容だ。


 前半は。


「………後半は読まれましたか?」

 書面にサインされているのできちんと読まれているとは思いますが、内容を理解していますかと尋ねる。


 きっと都合のいいところしか読んでいないだろうと気付いてはいたが。


「後半……?」

 イルヴァーニィ殿下が不思議そうに羊皮紙に視線を向ける。


「なっ、何だこれはっ……!?」

 案の定読んでいなかったのだろう。


「なんでっ!! 僕が廃嫡して、神殿預かりになるんだっ!!」

 聞いていないと喚いているが、今書いてあるでしょうにと呆れるしかない。


「ニアナっ!! 君が神嫁になるのをやめて、王妃になるのではっ!!」

「なぜそうなるのですか? 私は神嫁になるから聖女なんですよ。神嫁でなくなったらただの稀に現れる治癒能力を持つ孤児という立場ですよ」

 稀にしか現れないが、ゼロではない治癒能力者。私よりも優れている治癒能力者は少数だけどいるのに聖女と呼ばれているのは神嫁になるからだ。


 そうでなかったら神殿所属の治癒能力者という身分でしかない。


(第一、神嫁にならないと言ったが最後どんな厄災に見舞われるか……)

「だ、だが……。君との婚約を許すって……」

「それに関しては、謝罪します。あえて、情報が入らない様にしていたのでしょうから」

 抵抗されると厄介でしょうし。


 公務をサボってばかりの第一王子。ポーリア公爵令嬢を【悪役令嬢】に仕立て上げての悲劇の恋人同士という噂を流して、王家の顔に泥を塗る行為の数々。


 公爵家含む貴族が反乱を起こしても仕方ない状況だ。


 うん。ここまで騒ぎを大きくするのもこちらも不本意なのだが、イルヴァーニィ殿下の顔は好みなのだ。観賞用として。


()()()に、人間として天寿を全うさせてくださいとお願いをしたら好みの男性を教えてくれと言われたので顔とか体格はイルヴァーニィ殿下だと教えたのです」

 王族として国になくてはならない逸材だったら選ばなかっただろう。


 ()()()()()()()()()。そう見えたので許可を得た。


 というか、逆らうことなど考えてもいなかっただろう。それで我が国の利益があるのなら。


「うん。本当に申し訳ありません」

「なっ……何を……」

 ()()()()()()()殿()()の言葉は途中で切れる。


 彼の身体に雷が襲い掛かり、イルヴァーニィ殿下は意識を失う。


「――ほう。これが人の身体か」

 意識を失ったのは一瞬。すぐに意識が戻り、確かめるように指を動かしている()()()()()()()殿()()


「ご気分は?」

「上々だ。こんな楽しみ久方ぶりでな」

 楽しげに笑う声。


「しばらく肉の器で不便かもしれませんが……」

「よい。()()()()に応えるのも()()()()()というからな」

 今度は足の感覚を確かめるように動かす様はまるで子どものよう。


 イルヴァーニィ殿下には感謝している。

 彼のおかげで神嫁だからと早々に命を落とさないで済んだし、王族と神殿の関係は良好だと見せることもできる。


 第一、将来有望な王妃になるポーリア公爵令嬢と何かが起きなければそういう風に出来ないだろう第二王子も王太子に出来たのだから。


「さて、どこに行きますか? 主神様(イルヴァーニィ殿下)

 案内しますよと伝えると、

「デートだな。一度してみたかったのだ」

 と嬉しそうに腕を組めるように差し出してくれた。


主神のニアナは両思い。でも、天寿を全うしたいから結婚はと断っていたのでこんなことをした。

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― 新着の感想 ―
第一王子のことを思って泣く人がいないのなら… 申し訳ないが聖女も婚約者も第二王子も王家も神殿も、 悲劇の恋物語のハッピーエンドに喜ぶ社会も (これは王家も神殿も末長く使えそうなネタ) 神もこれは一興、…
神の器(生け贄)となれて王子も誉れでしょうな
ちょっとホラーみ。 神様も怖いが、聖女も結構黒い。そして裏で動いてそうな王家や公爵家・・・etc もおっかない。 何も知らされていないイルヴァーニィ殿下が若干気の毒にすら感じるが、アホ王子の使い道なん…
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