第一部 消滅者
物語
第一部 消滅者
一回目の生
男は貧民街に生まれた。
空腹と埃と怒号の中で育ち、
彼が覚えた言葉は多くなかったが、
唯一、繰り返し使った言葉があった。
「社会が悪い」
働き口はあった。
学ぶ機会も、わずかだが存在した。
だが彼は、何も選ばなかった。
努力は「搾取」だと考え、
挑戦は「無駄」だと笑った。
不満だけが積もり、
体だけがすり減り、
ある冬の朝、彼は静かに死んだ。
誰も名前を覚えていなかった。
二回目の生
次に彼は、裕福な商人の息子として生まれた。
屋敷には本があり、
父は読み書きを教え、
番頭は商いの基礎を語った。
だが彼は机を嫌い、
帳簿を見ず、
遊びに時間を費やした。
失敗すると、彼は言った。
「親が悪い」
時代が悪い、
教育が古い、
自分は被害者だ、と。
やがて店は傾き、
信用は失われ、
家業は潰れた。
父は老い、
彼は何も継がなかった。
再び、孤独な死。
三回目の生
三度目、彼は貴族として生まれた。
命令一つで人が動き、
印章一つで金が流れた。
彼はそれを「当然」と思った。
部下を使い潰し、
責任を押し付け、
成果だけを自分のものにした。
問題が起きると、彼は言った。
「部下が悪い」
告発が重なり、
支持は消え、
権力は剥がされた。
裁きの場で、
彼は最後まで自分を省みなかった。
処刑後、魂は戻らなかった。
終わり
転生は、用意されていた。
だが、彼にはもう次がなかった。
理由は単純だった。
三度の生、
一度も「自分が選んだ」と
認めなかったからだ。
世界は彼を罰しなかった。
救いもしなかった。
ただ、
観測をやめただけだった。
——こうして、
彼は「消滅者」となった。




