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日記その1 狂戦士の嫁がなんだか大切そうな高官職をヤッちまった。

 俺の名前はバルカン・ヴァルゴ。理由あって冒険者である。そして嫁は女戦士だ。


  美しい金髪のロングヘアーに豹のように引き締まった体躯。それに高い鼻と切れ長の怪しげな目元。ぷっくらした唇はとれたてのサクランボのようで、どんな男でもつい見とれてしまうだろう。女性用の鎧をまとった全身は勇ましくも悩ましく、神から遣わされた女戦士ヴァルキリーのよう。


 だけど決定的な難がある。


  正しく暴力の神から愛され、暴虐の神を愛する戦士、端折って説明すると嫁はヴァルキリーなんてもんじゃなく、「狂戦士(バーサーカー)」でなのある。


 扱う武器は、なんだかどこからか手に入れたのか盗んだのか、禍々しい雰囲気を醸し出す二つの刀を自由自在に操っている。どちらも両手持ちの刀だが、嫁は二刀流とかいってぶんぶん振り回しては、シャンパンの蓋を飛ばすかの如く、魔物や野盗や、賊やらの首をポンッポンッだ。


 実のところ、訳あってとある城下町の門兵をクビになり、夫婦で旅に出ている。というか、出ざるを得ない状況から早1年が経った。


 私は夫として、人として妻を見守り続けなければいけない。これは女狂戦士フローレンス・ヴァルゴの日記、いや、戦記というべき記録である。


 一応冒険者として生業を立てているが、長く一つの街にとどまれない。理由は簡単でどの町の冒険者ギルドもしばらくして付き合いきれず、職員の手に負えず「出禁」になるからである。


 今日もまた、約2か月ほど滞在した街を出ることになった。…というか逃走中といったほうが早い。


 私は書き物が得意だ。猛烈に逃走中だがそれ以上に、女狂戦士フローレンス・ヴァルゴの戦記を記す筆はとまらないのだ。


 真実を夫である私が語らなければ、その暴虐さだけが独り歩きしてしまい、噂と誹謗の中に伝説は埋もれてしまうだろう。




 パンサマッサ歴205年4月3日 春の日


 1年の中で一番穏やかな季節の真っ最中である。私ともあろうものが、うっかり朝寝坊してしまった。


 愛する妻は…すでに旅宿にいないようだ。彼女は腹が減れば飯屋。蛮勇をふるいたければ冒険者ギルドか裏通り、眠ければその辺で横になる。と実にわかりやすい。


 嫌な汗というものは大量に噴き出るものだ。妻がいないことが分かると私の背中は世界一の降水量を誇る中央大陸屈指の名所、グラキアの大滝のごとく汗を流した。


 宿にいなければ次に行く場所は冒険者ギルドである。なぜならそこには野盗退治や、凶悪な魔物退治を受注できる大好物のクエストが張られているからである。


 公認で暴れられる免許証と勘違いしているフシもあり、妻一人で冒険者ギルドに行かせるわけにはいかない。必ずトラぶる。


 冒険者というのはなかなか、暴れん坊が多い職業であるが、そんな輩でも一定のマナーやお約束を守り、ギルドを利用し、仕事をうけおっているのであり、決して合法野盗集団では無いのだ。


 幸い、旅の宿は冒険者ギルドの近くで運営していることが多い。朝早くに新クエストが掲示され、割のいいご依頼や、ウマい依頼は早い者勝ちで取られてしまうからだ。


 依頼書を取り合って殴り合いになるなど、日常茶飯事でギルド職員もちょっとくらいの殴り合いなら気にする程度で止めに入ることは無い。そんなことより受付窓口の業務が忙しいからだ。


 宿をとびだして私は走った。ギルドはすぐそこで目視できる距離にある。そして私はスピードを上げた。目視したギルドの外にはすでになんらか関係者と思われる人体が横たわっていたからである。


 私は走りながらも心の声を抑えきることはできなかった。仰向けに倒れている人物の麦胸には…勲章っぽい飾り。地面に転がる羽根つきの高帽子は客人を迎える時に装備する正礼服のもの。さらに…


「あれは…高官職の制服!!嫁よ!!まさか、とうとうヤっちまったか⁉」


 私はいそいで高官職らしきオッサンを介抱するが、意識はもどらない。が、脈はある。生きているようだ。できれば記憶は無くしておくべきであろう。


 時間は1時間でいいだろう。私は秘術「記憶よ。記憶よ。飛んでいけ」の魔法陣を高官職のオッサンの脳に直接書き込み、素早く発動させた。



 簡単に素早く成立させてているが、この秘術は術者の匙加減でその分の時をブっと飛ばすことができる。「禁呪」であった。脳に書き込むことで個人の時ではなく記憶をすっ飛ばしたわけである。


薬品を使ったのとは違い、「完全に消去」なのがこの術のすごいところである。


 かつて大陸に出現した魔王に対抗すべく数名の大魔術師が命を捨てて完成させた「禁呪」の一つ「時の凝結(クイックタイム)


 とっくに術式は忘れ去られ、今において使用できる者はいなく、伝説の大魔導士も舌を巻く器用さと応用である。



 私は躊躇なくクイックタイムを施しこの高官の記憶を1時間ほどツブさせてもらった。疑いようもなくなんらかの理由によって、機嫌の損ねた我妻(バーサーカー)にぶちのめされたか、巻き込まれたかである事、明白である。


 首が取れていないだけまだマシだ。いや、さすが我妻でも街中でヤっちまうほど分別が無い訳でも…


 その時、冒険ギルドの正面扉が外に向かって飛んでいくのが見えた。もちろん冒険者らしき人影も数人ついでに空中を飛んで行った。


 「…遅かったか」


 私はつぶやくと、もう急ぐのは諦めて自分の体に「身体強化(アイアンボディ)」「速度強化(スピードアップ)」「再生の炎(リバースライフ)」の魔術を連続でかけ始める。



 愛する狂った女神を止めるには万が一を覚悟しなければならない。止められるのは私しかいない。そう私は彼女の夫なのだから。



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