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第九話:16cmマグナム

「夢をー乗せてー」

しかしチープな歌詞だなあ。

捻りもなく独自性を感じられない汎用的なフレーズ。

平凡。だからこそ刺さるのだろうか。

「おっと」

意識がトリップした。寝る前に予備の画用紙を取りに来たのだ。

ガラガラと引かれるクーラーボックスの音は本当にタイヤが付いているのかと不安にも思ったが一応備え付けられているらしい。

音といえばこの不快なクーラーボックスと、あの店員の歌。今ではこんな日常の喧騒すらも燦歌と呼べる。

ここ最近で唯一聞いた音楽と言えば、それと――

バッハが聞こえてきた。

明け方という時間帯もあるが、その目的地はいつ行っても一人だ。彼女は今日もキャンバスに向き合っていた。今日は何か描き込まれている様子だった。

集中している様子。邪魔をしてはいけないので目的の画用紙だけを確保しようと死角から回ったところで、ふと気付いた。

「……」

もし、もしもボクが後ろからおっぱいを――あ、ダメだ。これ昨日もやったヤツだ。頭回ってないや。

おっぱいいいなー。でもチーズと睡眠とー。

やっぱり帰ったら少し描こうかな。って明かりがないんだってば。仮眠取らないと。

足音は音楽で隠せていると思ったが、

「待って」

意外にもここの主はコンタクトを取ってきた。

「……」

どうしたのかと次の言葉を待ったが、視線を交えただけでそれは中々出てこない。

人を呼び止めておいて次の言葉を委ねるのは由美子の得意技なのだろうか? 軽口が得意な色助としては苦にならない。

「キレイな顔だね。おっぱい大きいよね由美子さん」

「……」

ペースを崩す目的での言葉にも、彼女は無視を決め込む。

なんというか、自分の用件だけを相手に求める我儘な、いや、美人だからぜんぜん、うん。ボク美人でおっぱいあれば全然振り回されてもいいんだけどね。

「……」

自分の思い通りになると思っているであろうキツイ目付きと溢れんばかりに自己主張の強いおっぱい。

(生意気な小娘め……なんちゅうおっぱいじゃ!)

口下手なのか、それともこちらに対して慎重なのか中々言葉が出てこなかったがようやく口を開いた。

「今、描いてるの?」

「答えない」

即答。

色助は自分でもわかるほど全ての感情がオフになる感覚があった。

「描いてるのね」

「答えないよ」

「アナタ、以前聞いた時は描いてないと答えてくれた」

「……」

おお……なんていうか、ボクって頭悪いんだなあ。

「見せて」

「……」

ふむ。見せて、か。

しばらく考え、カチャカチャとベルトを外す。

ファスナーを開け、指をかける。ようやくズボンとパンツを降ろすぞというところで――。

「……」

「……」

(え、止めてよ……)

由美子は変わらず動かない。あれ、これおちんぽーを出すって伝わってるのかな?

「……」

「……」

ぐぅ……仕方ない! エッチな子め!

「うぅ……こ、これがボクの16cmマグナムだよ!」

「……」

「……ッッッッ!」

身体が沸騰するほど熱くなった。

(あ、ヤバい……これダメだ。うわ、どうなのかな。小さいとか思われてるのかな……!)

「見せて」

「絵」

はあ、と溜息。

カチャカチャと、手仕舞いの準備をする。

清水の舞台から飛び降りる覚悟で披露した我が息子は動画広告のようにスルーされてしまった。

スキップ。

「あはは」

おちんぽスキップか。なんか面白い。あー、こんなので笑うって小学生か。いやいや、深夜テンションだよね。

「絵を見せて――お願い」

「……」

かなり食い下がる。しかし本当に我儘というか、我が強い子というか……。

「じゃあ先におっぱいとおまんまん見せてよ」

「……ッ」

一瞬、目が鋭くなったが、

「……」

すぐに彼女は自分の服に手をかけ――。

「降参! 降参! やらなくていい!」

「あ、いや別に全然脱いでもらってもいいし、なんなら二人で脱ぎ合ってもいんだけど……」

「なんだったらその続きもだね。むほほ」

「……」

おどけて笑いを誘っても、由美子の表情は崩れない。

遊ぶ気はさらさらないらしいので、コチラも簡潔に伝える。

「ただ――ごめんね。ボクの絵は見せられない」

「……ッ」

「あ、もちろんその上でストリップしてくれるならボクはいつまででもここに居るよ。ただ心苦しいが諸事情によりお捻りは持ち合わせていないんだ」

「……」

ふう、と息を吐いた。どうやら終わったらしい。

かと思えば怪訝そうな顔で。

「……臭い」

……え?

「それはもしかして我がジュニアが一瞬で放ったイカの匂いだろうか?」

「ドブの匂い」

あはは、そっちかー。それにしても面と向かって匂いを指摘されるとはこれは手厳しい。

「今ね。ホームレス生活してるんだ。ありがとう。気付かせてくれて」

「……は?」

ふーむ、そうか。あの子に渡す前に、一度シャワーを浴びないと。いやいや、今度身体を拭くシートを買っておこう。

「……」

というか今大学だしシャワー入っちゃおうかな。

「待って」

まだ何かあるのかと振り返ると、キャンバスを指さした。

「せめて、感想が欲しい」

そこには何かが描かれていたが、色助からすれば視界に入らない。

「ごめんね。今ちょっと忙しくて」

「等価交換」

「アナタの言葉」

カバンから取り出された封筒。幾らか入っているのだろう。

「……」

正直に言うと、この状況下で紙幣は喉から手が出るほど欲しい。

いい加減にまともな食事を摂りたい。何よりもビールが欲しい。下痢止めの薬も買える。お礼のお捻りも渡せる。

人生で一番金がない今だからこそ、困窮しているからこそ金が欲しい。

欲しいが、

「ごめんね。今忙しいんだ」

目的の画用紙だけ忘れずにと拝借する頃、ちょうどバッハが止まっていた。

ドアが閉められる。

氷の美女と呼ばれるのは学生唯一ヴィジョナリー・アーティストを持つ園田由美子。

鉄仮面とも呼ばれる氷ついた表情は嘘のように溶け、ボロボロの涙をバッハのチェロが慰めた。

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