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第七話:プロンプトを欲する傀儡

「夢をー乗せてー」

彼女の、少しハズれた音のフレーズを口ずさむ。

良い曲だった。

お金があれば赤スパを投げれたのにと悔やまれる。それほどの価値があった。

橋の下。

誰もいない夜は光もなく虫の鳴き声が反響する空間に異世界さを感じる。

そこだけ闇が切り取られたような、そんな別世界でも何気ない言葉が引っかかった。

『ギターやってるよ。音楽が芸術かはあたしにゃ知らねえけどな』

なるほど。

なるほど、なるほど、なるほど。

芸術。

確かに。ボクはわかっていた気でなっていたが、言われるまでこんな些細な事も知らなかった。

(もっと精進せねば)

求めるのは答えではなく線引。ボクはまだまだ未熟だ。

「あ」

あのハイカラ店員の名前聞くの忘れた。

「ふー」

指を温める。

彼女の名前は……そうだな。

知らない方が良いかもしれない。

次に会う楽しみにもなり、妄想も捗る。

眠気はなかった。

こういう眠れない時、朝まで描き続けていたが今は画用紙もない。

それどころか光もない。イーゼルどころか画板もない。

「……」

ミュージシャンに親近感を覚えるのは『降りてくる』のを待つ感覚を知っているからだろうか。

ソレが降りてきた時、ボクは傀儡になる。

そうなるとソレはボクの絵なのだろうか。降ろした人……いや、人かわからないけど、降ろした側の作品とも言えるのではないだろうか。

この仮説を肯定する場合、ボクのやる事は生成AIとなんら変わりはない。

彷徨って探して待って、待ちきれなくなった者は酒やドラッグに手を出しプロンプトの命令を欲する。

そこからは合格点に達するまで、プロンプト通りに作業を行うのはまるで傀儡。

「んー」

少し穿った表現だなあ。

もう少しロマンチックに表現すると……無から生まれる。

ビッグバン理論……が正しいかわからないけど、イメージとしては近い。

何もない空間から突如として生まれる宇宙。

降りてくるのは世界ではない。宇宙そのもの。

「ふむ」

そうなると、UFO召喚で何か降りてくるという仮説に繋がるかも。ミステリー系もちょっと触れたいな。

描きたい。

イメージは出来てきた。

キキキキキキ、と虫の声が鳴る。

苦境も人生初の野宿も虫の声も、予想通り気にはならない。

描きたい。

少し、イライラしてきた。

闇の中で眼が慣れてくる。

眼が慣れても、郊外に明かりはない。凍てつく寒さはまるで空間だけ切り取られた異世界空間。

ここに、もしさっきの歌が乗れば。

きっと光が灯る。

どういう光だろう?

じんわりとした温かい光だろうか。夜を消し飛ばす太陽の輝きだろうか。

笑みが溢れる。

考えるだけで楽しい。

久しぶりだ――嗚呼、本当に久しい。

今、ボクは生きている。

それからしばらく浸っていた。

黒が紫に変わる。

ただの地球の自転だとなんの捻りもない答えを知っていても、それでもここから一日が動き出すのを実感する。

河原の霜が日差しにほころび、キラキラと世界が構築されていく。

昨日も一昨日も見た景色だ。この時間は起きていた。

それなのに、今日は全く違う風景だ。

光が、ゆっくり、ゆっくりと。

それでいて一度動けば世界を照らし、音が生まれ生活の声が演奏される。

吹き抜ける風の寒さはもう感じなくなった。

道具に拘らなければ20,000円ほどで油絵一式は作れる。

もうちょっと言えばペーパータオルやパレットナイフも欲しいので30,000円は欲しいところだ。

アルバイトでもやってみようかと思ったが、すぐ描きたかったので近くに位置する大学に向かった。


朝6時。

大学敷地内に入ってからもしばらく歩みを続ける。

目的の部屋にだけ光が浮かんでいた。

紫の空、世界が動き出す最中に既に存在するのは奇遇にも先程のような異空間を感じさせた。

部屋に入る前に誰が居るかわかったのは漏れてくる音楽。

RPGや旅番組で流れそうな陽気な音楽はバッハのブランデンブルク協奏曲。

鳥のさえずりや風の音を表すような管楽器と弦楽器の響き合いは朝の時間にピッタリだ。

そこにはキレイな長髪の後頭部が見える。

先日と全く同じ構図。それでも時間が戻ったと感じないのは、一人称である色助の心境の変化だろう。

優雅な曲を背に向き合っている画用紙には何も描かれておらず、ただ対面して座っている。

扉を開ける音に一度視線を投げられたが、先日とは違う。彼女に対し色助の興味は無い。

「久慈色助」

ポツリと、それだけ呟いたが色助の耳には届かない。

目的のブツを物色する。

(えーっと、筆と、キャンバスと、溶き油にこいつの絵の具とー)

(いやいや、まだ下書きだけでいいかなー)

あ。

「ねえ由美子さん。袋あるかな?」

「……」

無視。

態度の悪い女性だけど美人だと絵になるねー。こういう時美人さんっていいよねー。

って忙しそうなのに声かけちゃったのが悪いか。ごめんね。

しょうがない。別の教室周って袋借りようか。

「……」

もしも。

「……」

もし、もしもぼくが後ろから回っておっぱい揉んだら――。

やめよう。怒られる。下手したら逮捕だ。

ホームレスもなんとかなるなら檻の中も行けるのでは? と少し過ったが捕まる前にせめて一枚描きたい。

ん……。

色助が部室を出た後、由美子はキャンパスから視線を外した。

「……ッ」


橋の下に到着する頃には太陽があった。

時間はあるようだ。

大量の画用紙をくすねてきた。これでしばらくは安泰だ。

「夢をー乗せてー」

同様に拝借したキャンバスを立てる。忘れ物がなければ作業による道具は一式揃っているはずだ。

「……」

椅子がない。

これは盲点だった……。

「ボクをー乗せてー」

うん。乗せてくれる椅子がだね。うん。乗せてほしいの。

と、今日の夕方返す約束のクーラーボックスに座ってみる。

うん。行ける。

今日は行けるが……明日以降、対策をせねばなるまい。

さて。

開始しよう。


太陽が突然消滅した――

なんてわけはないのだろうが、一瞬で夜に変わった。

「んー……」

足元に散乱する画用紙は10枚ほどだろうか。頭に意識が戻る。感覚的にようやく温まってきたところで中断を言い渡され不満だ。

電気がないのだ。

「んー……」

もうちょい描きたい。

だがこれ以上粘るとなると、本当に見えなくなるので……。

しょうがないので街灯の下に移動する事にする。

暗闇の中、光を求めるボクはまるでイカロスのような……。

ああ、悦に浸ろうと思ったのに街灯に群がる虫のせいで現実が見えてしまう。

住宅街の入口とでも言うべきだろうか。人の気配も少なそうでここならば描けそうだ。

画材や荷物をクーラーボックスに入れ、ガラガラと引きながら街を歩く自分に自嘲する。

「やどかりやどかりー」

やどかりの貝ってその辺で落ちてる貝なのかな? こだわりってあるのかな?

絵が描けない時は色んな妄想に駆られながら、街灯を目指す。

「お……」

作業を再開してからの時間はわからない。

脳みそがコロンと反転するような、かと思えば極寒に晒されているにも関わらず体中から汗が滲む。

そういえば昨日寝てないんだった。

それにしても誰一人通らない住宅街なんて、郊外とは言え田舎だなーって思う。

少し物足りないが、周囲に散らばる画用紙を拾い上げる。

半分近くは埋まってるんで、もう50枚だろうか。

片付けをしないといけない。

一番イメージに近いものを仕舞い、残りの絵を拾い上げる。

よし。

全て拾ったな、と周囲を確認する。

そして一枚拾い上げ、中央から亀裂を入れた。

ビリリ、と音を立てて破れて行った。

破る。破る。破る。

破る。破る。破る。破る。破る。破る。破る。破る。破る……。

一枚の画用紙が左右に別れ二枚に。それを重ねて四枚に。八枚に。

栄養不足からか、重ねた画用紙すら重さを感じた。

「よいしょっとー」

あれ、ゴミ入れる袋あったかなー。

今日はなんか袋を探してばっかりだ。

しかし安全。きちんとLサイズの袋をもらっていた。

「あー……お腹空いた。お酒飲みたい……」

ビリリ、ビリリ、と一枚、また一枚と破いていく。

結構数がある事に辟易した。

「よーーーし、全部おしまいっと」

手元にあった全ての画用紙を破り終えた。

もし間違えて本物を破いたらと思ったが、それでもいい。どうせまだ描くだろうし、そもそも一度描いた絵は全く同じ様に描く技はもう備わっている。

暗い夜の中、荷物を入れたクーラーボックスを引いて住宅街を後にした。

暗い夜に疲労。睡眠不足。

どんなにズボラでも先遅れ癖があろうとも、これだけは絶対にミスをしない。

再び改めて周囲を見渡す。

うん。大丈夫。全部破いた。ミスはない。

「あ」

ミスだ。

クーラーボックスを幸人君に返してない――。

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