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第四話:雑学の敗北

雑学には長けていると自信があった。

物を見るのが好きで、知識が増える事も好きだった。

頭が良いとか勉強ができるとは違い『知る』事にはある程度の自負があったのは確かだ。

そんなボクが――!

「ぐう……」

コンビニのトイレ。戦いは五度目に突入し六度目もないとは言い切れない。

皆は知っているだろうか?

河の水は安全ではないという事に。

(ううう、未熟だ……)

「トイレばかりですまないね」

外国人の店員に話しかける。

深夜、客がいないのもあって幸いにもトイレが使えた事を不幸中の幸いだと思わなければならない。

もし日中で先約が居れば、この先の人生パンツ無しで過ごす事になる。

「……」

待てよ。では逆説的にボクは今後の人生パンツ一枚で過ごすべきなのだろうか?

コンビニでパンツを購入する。ディスカウントショップの方が安いという知識は得たが、それでもお金がないなりに僅かなお礼がしたかった。

ふう。

時刻は午前3時。日の出までもうしばらく時間があるが何処に行くかと言えば場所もなければ相手もいない。

本来は太陽が登るまでここで暖を取るのが良いのだろうが、連続トイレ利用もあり少し気まずい。

(ふむ)

この時間から。そうなれば一つ良いところがあった。


少し歩くと目的地に到着する。

通っている国立大学。よくある普通の大学で、特に語るほどの特徴はない。

久慈家を勘当されたとは言え大学までは除籍されていないはずだ。

とりあえず、となれば部室を目指そう。

画材や筆でも眺めて時間を潰すとしよう。

少し道に迷った。

大学なんてサボって留年をしたが、それよりも部室自体数回しか行った事がなかった。そもそも自分の大学で迷うとはどれだけ自堕落な生活をしていたのか少しだけ痛感した。

当時はどうだったかと記憶を辿るが、あまり記憶になかった。

入学式にも出ずに作業していた。

第四作品『彩色架け橋第三世界』に取り掛かっていた。

(あの時は楽しかったな)

間取りや部員は覚えていないが、確か入った時には――、

漏れてくる音楽。

RPGや旅番組で流れそうな陽気な音楽はバッハのブランデンブルク協奏曲。

鳥のさえずりや風の音を表すような管楽器と弦楽器の響き合いは朝の時間にピッタリだ。

(ああ、そうだった)

まだ変わらずにバッハなのかと思ったが、当時も今も見覚えのあるキレイな長髪の後頭部が目に入った。

キレイだと思う後ろ姿。

髪が美しいと思うのは若さの示唆であり、オスは本能的に若さを象徴する要素に心を惹かれる。

部屋は彼女一人。

優雅な曲を背に向き合っている画用紙には何も描かれておらず、ただ対面して座っている。

「……」

集中しているのだろう。

イメージを受信する彼女の邪魔をしないように音を立てずに適当な椅子に腰をかける。

「珍しい」

彼女はポツリとそれだけ呟いた。

「キレイだね」

そう言うと、怪訝そうに顔をしかめた。それもそのはず、何故なら彼女のキャンパスは手つかずの白だった。

「違うよ」

「キミがキレイなんだ」

「……」

呆れるていますと表現するように溜息を漏らす。

嫌われちゃったかと思い、すこしおどけた笑みを見せると、色助は今度こそ視線を外した。

「ねえ」

すると意外にも彼女は声をかけてきた。

「私の事、どう思う?」

「……?」

視線を合わせずキャンバスを向いたまま投げるその言葉は、どういう意図なのだろう?

「確認をすると、動画撮影やsiriに話したんじゃなくてボクに問いかけたって事でいいのかな?」

「siri?」

ふむ。どうやらITには弱い子のようだ。

しかしどう思うか? か。中々に主語が広い問いに思考を巡らせた。

「髪がキレイだ。顔が整っている。おっぱいが大きい」

「……」

「今度はボクの質問だね。それは何カップなんだい?」

「……」

難しい。どうやらコミュニケーションを誤ったらしい。

年頃の子。と言っても同世代だろうが、彼女は何を思いこの問いを投げたのだろうか?

「集中するなら出ていくよ。邪魔はしたくないんだ」

「そうじゃないならお喋りなんてどうかな?」

視線だけ、少しこちらを向いた。

「まずは自己紹介にしようか。ボクは久慈色助。好みのタイプは髪がキレイでおっぱいが大きい子。つまり、キミって事かな?」

「……ッ!」

出来もしないウインクを投げてみると、彼女は右手を高々と突き出し、ペンを投げた。

大きな音がして、バッハの音楽にノイズが入る。

(え、え――)

あまりの行動に一歩後ずさる。

どうしよう。

ウインクが下手だったのか、おっぱい大きいとかそういう下ネタに過剰に怒る子だったのか。

とにかく、彼女はとても怒っているらしい。

……ふむ。

とりあえず退室しようか。

気まずいのでいそいそと出口に向かうと、

「園田由美子」

吐き捨てるように、名乗られた。

「園田由美子よ――覚えておいて」

二度名乗られ、うんうんと頷いた。

「由美子さんだね。良い名前だね」

「……ッ!」

不服そうな顔で睨まれる。

ふむ、と考える。

部室内に二人きり。このシチュエーションで彼女が激怒した原因の推論を行う。

(本当は超喜んでてそれを隠そうっていうツンデレの類なのかな?)

そうなると、だ。

もしもボクがギャルゲーの主人公ならヒロインはメイドのツンデレと部活動のツンデレになる。バランスが悪いなあ。

(しかしそうなると、やはり男としては渇望するハーレムルートを――)

「久慈色助」

「あ、はい!」

「……」

「……?」

それではと次の言葉をしばらく待つが、その先は無かった。

結局この日、彼女園田由美子との最後の会話になった。

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