表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/35

エピローグ4・だけどね

週の初め。熊谷切子の日常は溜息から始まる。

床に乱雑に捨てられたビール缶。何に使ったかわからない汚いティッシュ。酷いのはカップラーメンのゴミまでもが床に散乱している。

整理ができないだらしない人、であればまだいい。良くはないが、自分の怠惰さを自分で請け負うのだ。

しかし乱雑にやりたい放題暴れた張本人はパソコンで動画サイトを視聴しているのだから、これをゴミ人間と言わずなんと言うのか。

追記だが、ここまで汚くなるのは日数を要する。

代わりに掃除するはずのデブメイドがサボっているツケを払わされる身にもなってみろと言ってやりたい。

「やあ切子さん。会いたかったよ」

「でしょうね」

早く片付けろと言う嫌味にしか聞こえず、それでも仕事なので渋々とゴミを拾い上げて行く。

主のパソコンの画面はあまり見ないようにする。

AVを流されるセクハラ好意程度ならまだ我慢はできるが、蜘蛛の捕食動画を見た時は本当に嫌悪しかなかった。

この日はどこかのバンドの動画が流れていたが、今回は偶然にも切子も知っていた。

「へえ、主殿。ゆかりを聞くんですね」

今人気のあるインディーズバンドだ。

人気沸騰のきっかけは『燦歌を乗せて』のモデルになった背景があるのだが、切子はそこは知らなかった。

「良いバンドだよね」

「はい。私も好きです」

箱と言うのだろう。ライブハウスいっぱいになり観客全員が一体になって歌うそのパフォーマンスは、誰もが彼女に陶酔する。

音楽は楽しいんだ。

その一点のみで勝負する想いをぶつけるバンドに人は共感をする。

「かっこいいですよね。ゆかり」

「うん。そうだね。ボクも大好きなんだ」

腕をかぜせば会場が湧く。マイクを向ければ歌がこだまする。ギターを握れば……うん、ギターは変わらず上手くはない。

それでも、音楽が大好きなんだと伝わってくる。

「かっこいいですね」

うん。と頷く。本当に、なんでこの場にボクがいないかと後悔するほどだ。連絡してくれればいいのに。

画面越しのゆかりはキラキラして祝福され、誰よりも輝いてかっこいい。

「ゆかりと主殿は同世代ですよね。すごいですね。主殿も人から認められるように、頑張ってご自身の部屋の片付けから始めるのはどうでしょうか?」

「光一様の場合、ご自身で掃除機まで済ませており使用人である私がもてなされていると感じるほどです」

「前々から申しておりますが、この汚いティッシュを女性に片付けさせる事を喜ぶ特殊性癖でもお持ちなのでしょうか? 一度病院にかかる事を推奨します」

「朝から夜まで生産性のないネットニュースに意見をするだけの怠惰な毎日。良いですよねえ久慈の主様は。そうやって自分の人生に当事者意識を持たないまま何の責任も取らずに歳を重ねていけるのですから」

「今日は蛇の脱皮動画は見ないんですか?」

「ねえ切子さん。人は言葉で死ぬんだよ?」

グチグチと説教をされても、画面の中に釘付けだった。

キレイな嫉妬と言うのだろうか、日本語を十分に扱えない自分の未熟さが悔しい。

かっこいい。

誰よりもステージの上で祝福されている彼女はまさにスター。皆の憧れであり、誰もがかっこいいと心を奪われる。

かっこいい。こうなりたいと、その場に居たいと妬まれる。

かっこいい。だけど、だけどね――。

狂う惜しいほどかっこいい。

「けどね――」

自嘲する。

あはは、と笑うと不意に漏れたその言葉の先を紡いだ。

毎週火曜日・金曜日・日曜日に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ