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第二十三話:凡人の唯一の武器

光一はウイスキーに入った氷を遊ばせながら思いを馳せる。

蓮乃木舞夜を名乗る女の提案はとても打算的だった。

「思えばこうやって切子と飲むのは初めてだね」

「はい。今日、私は夢が一つ叶いました」

「そう言ってくれるのはとても光栄だな」

バーの空間はほの暗い間接照明が作り出す柔らかな陰影に包まれていた。磨き上げられた黒いカウンターには鮮やかな琥珀色のウイスキーグラスがいくつも並ぶ。背景としてジャズピアノの旋律が静かに流れる。

話し声を邪魔しない程度の音量で空間に溶け込む配慮の相手は絶世の美女。

そんな贅沢にお酒を愉しむ時間でさえ、光一の心はここに有らず別の事を考えていた。

(あの女を切って目論見を全て画廊兄さんに届けたら――)

すると画廊はすぐに手を打つだろう。

舞夜の持つ第二作品『頂山の澤日路』を手中に収め、反旗を翻した不届き者を追放。

そしてこの功績を認められた光一はと言えば、用済みだと梯子を外されて使い捨てられる。もちろん序列は色助が変わらず引き継ぐため、久慈家の人材も厚みを増す。

逆に舞夜が光一を裏切る事はない。そうなれば色助は久慈の家に収納されるとなれば目的である金の卵を産むニワトリは再びゲージの中に囚われる。

ニワトリの管理者は画廊。そうなれば今までと何ら変わりはない。もう少し疑えば光一への嫌がらせも考えられるが、既に序列を持たない自分など色助にとっても画廊にとっても、なんなら舞夜にとっても脅威にもならない。

(あの女がブラフで実は第二作品『頂山の澤日路』を持っていなかったら?)

全くもって問題はない。

唯一の可能性として全ての事を順調に終え、色助を舞夜の管理化に置く事ができたとして、金を出すのは光一であり債権者も光一である。

そうなれば舞夜が欲しがる金の卵を産むニワトリの保有者が光一になる。どのルートを辿ろうが実質的に舞夜の手は及ばない。

互いに裏切る損を被る完璧な信頼関係と言える構造だ。

「筆丸兄さんは相変わらずかな?」

「ええ。もう永い間アトリエから出てきておりません」

苦笑しながらお酒を煽る。人は変わらないらしい。

「ボクもこうやって立場が出来て初めて学ぶ事がいっぱいあったな。切子は凄いな。メイド長とは部下を束ねているんだろ?」

「いえ、そんな大層なモノではありません。仕事に全力で取り組まない者もいますが、それも私の不徳の致すところです」

「蓮乃木さんか」

「もしかして、あの豚なにか粗相を?」

ハハハと笑って応えた。

粗相か。それはイエスと答えるべきなのだろうかとおかしく思う。

舞夜の手を及ぶための約束の代物、第二作品『頂山の澤日路』を得て初めてその権利の行使を許可する。

画廊が第二作品『頂山の澤日路』のお土産を画廊が拒否した場合はどうだろう?

自分へ一度でも牙を向いたとして許さない可能性はもちろん存在する。

だが画廊が色助への陶酔っぷりも把握しているし、仮に拒絶されたとしても燦歌彩月の絵画の価値は計り知れない。

世界で12人のプライム・アーティスト。二十歳以下でこの名を獲得したのは僅かに二人。

フランスのシエル・リュミエールと日本の燦歌彩月。

特に燦歌彩月はたったの四作でその地位に辿り着いたと言うのであれば、尚更その絵画の持つ希少性は計り知れない。

そうなればわざわざ画廊に献上する必要もない。仮にそれを引き換えに序列を得たとして何らかの形でまた梯子を外されればバカを見る。

逆に一度入ってしまえばというわけにもいかない。画廊を失墜させるのはそれこそ不可能に近い。

つまり燦歌彩月の絵が報酬というだけでこの話の価値は生まれる。

「そういう仕事に向き合わない人に対して、切子はどうするんだい?」

「きちんと仕事をしてくださいと注意を促しています。私は注意を促す事しかできません」

「届くといいね」

「はい……!」

届いているさ。認めたくはないがあの女の仕事は完璧だ。

「切子はプライベートでお酒を飲むのかな?」

「あまり飲みませんね。こういう機会でなければ~~」

連続で探るのは尻尾を掴まれるので当たり障りのない話題を振って相手に喋らせる。

笑顔で頷くも、光一の思考は別の女性にあった。

田中ゆかり。

調べるとなんとまあ都合の良い事に父親には事業失敗の借金があった。

色助は女に弱い。

作品が完成した後、もしくは既に手を出しているか。

理想としては勢い余って子でも宿してくれれば最高だが、それは流石に高望みだろうが、チャンスはないとは言い切れない。

後はなし崩し的に田中ゆかりの両親に侵食していけば操り人形が完成する。

『次男坊パイセンが債権の移動を行った場合はどうなる?』

舞夜の質問は的を得ている。

確かに田中家の借金を肩代わりするだけで牛耳れるほど簡単な話ならば、同じ金のフィールドでは画廊に軍配が上がる。

そこでこちらの長所。

「私みたいな雇用者の話なんて、わざわざ愚痴を聞いて頂けるだけでも幸せです」

「そんな事ないよ。ボクは切子の事がもっと知りたいんだ」

「……ッ」

人間力だ。

ある程度の資金力があり、人間力がある。

だからこそ蓮乃木舞夜は光一を選んだのだ。

久慈光一が久慈画廊を不可逆的に上回る唯一の要素。

好感度だ。

人誑し(ひとたらし)ならば自信がある。

もちろん考えなかった事ではないが、切子を籠絡させ色助に充てがう事のお礼に序列を、なんて安易な妄想もしなかったわけではない。

彼の場合、興味がないとか言って首を縦に降る可能性も多いにあるだろうが、結局は最後の防波堤である画廊を突破できない以上、妄想は妄想で終える。

「ボクも同じだよ」

「切子には……切子だけには、正直に悩みを伝えたいんだ」

力強く頷くと、しっかり聞くぞという意気込みが伝わってくる。

今更言うまでもないがと、自嘲を付け加えて、本心。

「画廊兄さんに認められたいんだ」

毎週火曜日・金曜日・日曜日に投稿します。

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