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第十五話:線香花火の超連打

最近色々あったなー。

筆を進めながらも、思考が入っている事に気付く。

邪念がある。

なんで?

「……」

確かに、最近色んな事があった。

ホームレスになって別の日常が始まり小学生と交流ができて……

何もかも初めての事ばかり。指が寒くなると動かない事すら忘れていたし朝日は紫色だとも初めて知った。

色んな出来事。

その全てはボクの想像の範囲から出なかった。

ただ一点。

あの不可解な言葉がどうしても頭から離れない。

『当たり前だろ。無給だったらこんな奴隷労働やるかよ』

どうしても、どうしても――ひっかかる。

金が欲しいからバイトをする。

アルバイト。即ち自分の時間を売って対価を得る等価交換だ。

彼女は良い演奏をした。

技術的な側面は置いといて、ボクは彼女に心を奪われた。

お捻りをもらうべきである。

それに演奏をリクエストした際も「高いぜー」と笑っていた。

結局、金は受け取らなかった。

ホームレスに気遣った……それもあるかもしれない。ゆかりさんは優しい。良い子だ。

でも彼女はお金が欲しいんだ。ボクは彼女に感動して払いたいんだ。

それでも、受け取らない。

何故?

ビリリリリリ。

絵を破ると立ち上がる。

会いに行こう。

今が何時かわからなかった。お昼寝を繰り返し、昼夜の概念があまりない。

とりあえず太陽がないので、19時かもしれないし24時を回っているかもしれない。

会いたい。

「おっと」

タイミングが悪くパラパラと雨が落ちて来た。

橋の下なので荷物が濡れる心配こそはないが、これで外に出にくくなった。

風邪を引かないといいなあ。


「しみん」はちょうど閉店準備をしていた。

売上チェックと掃除をするらしく、外で待つよう言われた。

雨宿りをする横に置いてある銀色の灰皿。あまり汚れていない様子を見るに、今日の客入りはイマイチなのかもしれない。

雨が激しくなる。

防犯のためかまだ看板を照らす白熱灯は付いている。

光に照らされた雨粒が壁を伝って光を帯びて落ちる。

まるで工事現場を連想する溶接の光の粒だ。

「これは役得だ」

時間つぶしの雨宿りが一転、自然のパレードを楽しめる。

「何見てんだよ?」

顎でくいっとそれを指すと、微笑んでいるのが顔を見ないでも伝わった。

「線香花火の超連打だな」

「面白い」

線香花火か。

確かに線香花火が最後のひとしずくが連続で弾けるような、そんな光景だ。

同じ物を見て同じ様に感じている。

それなのに表現は人間が通ってきた知見と感性に基づくのだから、つくづく言葉というのは面白く、そして難しい。

「キレイだな」

「キミの方がキレイだよ」

「ばーか」

これは手厳しい。シミュレーションではこれでラブラブになれるはずだったのに。


「おいよ。注文のビールお待ちー」

戸締まり後に店内に戻った。ゆかりが店舗の鍵を預かったらしい。

「ありがとう。これがボクの全財産だ。これで適当に頼む」

「いらねーよ。これ廃棄用なんだ」

「え?」

「ビールサーバーあるだろ。これ、大将は2日以上置かねえんだよ。なんか鮮度悪くなるとかで」

「だから余ったらあたし"ら"がガブ飲みできるってわけ」

ポイッとおしぼりを投げられる。

「役得だろ?」

「これは役得だ」

なるほど。何故学生含め多くの若人が飲食のバイトをやるか疑問だったが、これは凄く納得した。

「ってわけで。シオシオの塩キャベツとやわらかーーーいトマトも出せるぜ」

「嬉しいね。酒の宛てまでありつけるなんて予想外だ」

一通りのまかないと、サバ缶を空けて大人の居酒屋が始まる。

「よっと」

足を組んでギターを乗せる。

「嬉しいな。なにか弾いてくれるのかい?」

「後でな。ちょっと練習させろ」

確かに彼女の演奏は未熟だった。

未熟。ただ、それも時間の問題だろう。

「ぐあ……痛……!」

「……」

時間はかかるだろうが、時は無限だ。折れなければいつかは到達するだろう。

「A…B……B……ビーーー……いっと。C…D…E…エフ……F……G……」

「素人はFコードに苦戦すると聞いた事があるね」

「アレ誰が言ったんだろうな。どう考えてもBの方がムズいぞ」

「人差し指全部で弦抑えんだよ。バレーコード? だっけ? まあそういうので、それがBとFがあって……」

美味しい酒だ。

極寒の中、雨に打たれた。体温が取られるかと危惧していたが食料にありつけたので意外となんとかなった。

(ゆかりさんは温かいな)

エレキギターの空弾き。

クラシックギターやアコースティックギターと違い、エレキギターはアンプ前提で繋ぐ事の楽器である。それなのにアンプ無しで弾く事を空弾きと呼ぶ。

静かではあるが、それでも会話の声量に近い音量はある。

「あー、悪い。暇だよな。何か弾いてやるか」

「おや。何かと言うほど曲数を持ち合わせているとは嬉しい誤算だ」

「うるせえ。まだ一曲しか弾けねえよ」

人は努力に惹かれる。

野球なんて良い例だろう。同じ日本人であるプロ野球より、世界最高峰のプレイが見れるメジャーリーグより、未熟なエラー満載の高校野球を好む。

「構わない。苦しみながら葛藤するゆかりさんを見ながら酒を飲むのは心地よい」

「性格最悪だな」

A~Gまでのコードの紡ぎが少しずつ滑らかになっていく……気がする。

「……」

ゆかりと会うと、色助は温かい気持ちになる。

気遣って店内に入れてくれた。それから店のまかないを出してもらい、更には自分が勝手にやっているぞとギターの練習。

まあ最後は少し強引ではあるが、本当に繊細で親切な子だ。

等価交換。お礼をしなければ――。

おっと。

あまりにも心地よいからか、ここに足を運んだ目的を忘れるところだった。

「何故お金を受け取ってくれなかったんだい?」

「まかないだって言ったろ。え? くれんの? くれるなら貰うぞ」

「うん。貰ってほしい。ボクはこの前の演奏のお礼をしたい」

「……あー」

バツが悪そうに視線が泳いだ。

「じゃあいらねーや」

「……?」

そう。これだ。何故断るのだろうか。

「音が外れた演奏でもボクは満足したんだ」

「うるせえうるせえ、ハズレてるフリ……そういう曲だ!」

ジャカジャン、練習が続く。

「暇だろ? 金あるんだったらもうちょい飲もうぜ」

ゆかりは自分の財布から500円を置くと瓶ビールと唱えた。

「なるほど。かしこまりましたお客様」

彼女に習い、500円玉を置いて瓶ビールを二本取ってきた。

毎週火曜日・金曜日・日曜日に投稿します。

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