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【ハイファンタジー 西洋・中世】

後に地獄へ行く天使の話

作者: 小雨川蛙

 

 その天使は働き者だった。

「あなたは本当に善人ですね。だから天国に連れて行ってあげましょう」

 そう言って、多くの人々を天国へ導いた。

 子供も、大人も、生徒も、教師も。

 乞食も貴族も王も奴隷も。

 善人であれば、立場も国籍も何も気にすることなく天使は人々を天国へ連れて行った。

「お気づきでしょう。この世界は悪のものなのです」

 天使の言葉に人々は。

 善人達はどうしようもないほどに納得してしまう。

「善人が何をしてもどうしようもない。いや、善人であればあるほど苦しむ。これは事実なのです」

 不正が横行していた。

 嘘吐きが人々を騙していた。

 力がある者は平然と暴力を振るい、時には命さえも奪った。

 そして、時には助けた人々にさえ裏切られることも珍しくない。

 そう。

 それが、人々が生きる世界なのだ。

 故に、多くの善人が天使の言葉を受け入れた。

「天国に連れて行ってください」

「もちろんです」

 天使は喜んで彼らを天国へ導いた。

 無論、中にはこんな善人も居た。

「ありがとうございます。それでも私はこの世でもう少し生きていきます」

 そんな時、天使は強行したりせず微笑みながら告げるのだ。

「かしこまりました。では、あなたが死す時にまた参ります。あなたの人生に幸多からんことを」

 善人達はそんな天使の言葉に勇気づけられて、またこの残酷で醜悪な世界を生きるのだ。


 さて。

 ある時、天使は神様に呼びつけられた。

「いかがいたしましたか?」

 問いかける天使に神様は告げる。

「お前は勝手に善人を天国へ連れて行っているな?」

「はい。彼らが少しでも苦しむことがないように」

 自分自身がしていることが正義の心からだ。

 そう確信しているからこそ天使は堂々たる態度で答えた。

 しかし、そんな天使に対して神様は怒鳴り声をあげる。

「愚か者! お前は何故、勝手にそのようなことをしたのだ! あちらを見てみよ!」

 神様が指差す方を見てみると、遥か下界、人の世界で大きな戦争が起きていた。

 そこでは悪人も善人も、そしてどちらでもない人々も皆一様にしてゴミのように死んでいく光景があった。

 天使は思わず嘆息する。

 なんと悲惨なことが起きているのだろうか……。

 そんな天使を神様は睨みつけて言った。

「この光景はお前が招いたことだ」

「はい?」

 思わず問い返す天使に対し、神様は天国に居る人々を指差して言った。

「お前が連れて来た者達の中に、この戦争を止めるために人生をかけて働く者がいたのだ。それをお前が勝手に連れて来てしまったために、戦争を止める者がいなくなりこのような結末に繋がったのだ」

 その言葉を受けて天使は思わず泣き出した。

 自分はあの醜悪な世界の中で生きている善人を救おうとしただけなのに。

 目先の命に囚われ大局を見ることを忘れ、人間の世界を酷い有様に変えてしまったのだ。

 大泣きをする天使をしばしの間、神様は見つめた後に優しい声で言った。

「お前の自愛に満ちた心は私の宝だ。しかし、今後、軽率に動くことを私は禁ずる。良いか。天命を全うした者の下にだけお前は行くのだ。そもそも天使とはそれが役目なのだから」

 神様はそう告げると泣き出した天使の肩を何度かさすると、もう下がっても良いと告げて神様もまた踵を返して歩き出した。

 しかし。

「かみさま」

 天使はその背を呼び止めて言った。

「ひとつ、おねがいがあります」


 その翌日。

 数え切れないほどの死体が無残にうち捨てられ地獄の様相となった戦場に一人の青年が降り立った。

 青年はしばし言葉を失い立ち尽くす。

 ぽつり、ぽつりと雨が降り出し、それに体を打たれながら、彼はようやく言葉を口にしていた。

「これが私の罪か」

 かつて背中にあった羽は最早ない。

 彼は今や天使ではなく、ただの人間だった。

 他の人間と同様に生きているだけで痛みや苦しみを感じるし、誘惑にだって負けそうになる。

 唯一、人間と違うのは。

 彼は地獄を元の世界に変えることが出来る知識と知恵を持っている点だけだ。

「必ず戻してみせる」

 そう呟いて、かつて天使だった青年は地獄の中を歩き出した。

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