9話:四脚
4度目のリロードを行い、ミーハの手持ちの弾丸はいよいよ底を尽きかけていた。
「──あと少しっ……!」
ケンタウロス型のセィシゴは動きが鈍りつつあった。装甲の至るところに傷がつき、左の前脚は動きが悪くなっている。
対するミーハは、弾薬の消耗以外に目立った損失はなかった。
20分。
戦闘が始まってから、既にそれだけの時間が経過していた。
接近戦を仕掛けようとするミーハと、それを嫌って動き回るケンタウロス型での間合いの押しつけ合いは、ミーハに軍配が上がりそうである。
跳んで跳ねてと、近間に踏み込ませまいとするセィシゴに攻めあぐねたが、彼女は粘り強く戦った。
モレススで弾丸を撃つのは確実なチャンスのみと決め、じりじりと追い込んだのだ。
時に瓦礫で不安定な足場へ誘い、時に砂の山へと転がり込み、ミーハは砂埃にまみれながら機会を待つ。
手応えからしてモレススの火力では決定打にはなり得ない。これは六脚のセィシゴ相手でも同じであるから予想していたことだ。
故に、要は左手の【内蔵式パイル】。
ミーハがこれをコアに打ち込めるか否かで、勝負は変わる。
(当たれば、コアは打ち抜ける)
コアが装甲に比べて数段固いようなことさえなければ。
さすがに序盤から弱点攻撃用のギミック持ちは出てこないだろう、という希望的観測にミーハは一点賭けをした。
ケンタウロス型が体を低く沈める。何度も見た跳躍の構えに、ミーハはチャンスが近付いてると直感した。
大きく回避をしていては次の攻撃に繋げられない。そう判断した彼女は、ここが勝負所だとその場に踏み留まる。
グオン、と跳び上がったケンタウロス。ミーハはそこに連続して発砲し、バランスを崩させようとする。
しかし、勢いに負けるのか。放たれた銃弾は装甲を歪ませるも、ケンタウロス型はそのまま突っ込んできた。
ミーハの眼前に巨体が迫る。
「やばっ……。
──なんてね!」
至近で発射された弾丸がコアに直撃すると、セィシゴは硬直した。ガクン、とダウンモーションに入りそのまま力無く落下する。
ミーハからわずかに逸れた。
不自然な姿勢で落ちたセィシゴから装甲の砕ける音が響く。
好機到来。
ミーハはそのコアにパイルを打ち込まんと左手を大きく振りかぶった。
「もらったぁ!」
笑みとともにミーハが叫ぶ。
コアに掴みかかり……。ガシュン、とパイルが打ち出された。
仕留めた。その直感にミーハの頬が緩む。
だがそれはまだ早かった。
ケンタウロス型が最後の力を振り絞るように暴れ、前脚がミーハの腹を蹴り飛ばす。
凄まじい勢いで吹っ飛ばされるミーハ。
砂の上を二度三度と跳ねて、数メートル転がってようやく止まった。
呻き声を上げながらミーハが顔を上げると、ケンタウロス型のセィシゴは機能を停止するところであった。体が崩れて灰へと変わっていく。
左の脇腹に鈍さを感じながら彼女は身体を起こす。
それから、若干左足を引きずりながら、ケンタウロス型の残した灰の山に近付いた。
「これは……?」
灰に埋もれて何かがあった。
ミーハは、その煌めく何かを拾い上げる。
『ドロップ:四脚駆動の姿勢制御ユニット。解析完了によって解放されます』
「……なるほど?」
まさか本当にドロップアイテムがあるとは。
あれば良いなという程度の願いが叶ったことで、ミーハの中では喜びよりも驚きが勝っていた。
この姿勢制御ユニットとは、拡張用のアイテムであるようだ。
どうやら、降星城でユニットの解析を行うことで脚部の選択肢に四脚が増えるらしい。
ミーハは先ほどまで戦っていたケンタウロス型を思い浮かべる。
特別感があって良いかもしれない。彼女はそう思った。
さて、そうとなればすぐに帰るべきだ。
ミーハは素早くマップを確認して、拠点へと進路をとる。
急ぎ帰らんと駆け出した。
──降星城にて。
前線拠点から帰還したミーハは、ユニットを得たことで解放された解析ルームに来ていた。
いくつもある機械の1つに、ドロップアイテムの姿勢制御ユニットを置く。ちなみに、戻る途中でも六脚と戦闘を行ったミーハだが、アイテムは何も得られず今回の戦果はケンタウロス型から得たものだけであった。
まだアイテムとしてはランクが低いからだろう。解析は程なく終わった。
『実績解除:四脚』
ピコンと通知が届く。
これで無事、四脚が選べるようになった。
ミーハは解析ルームを出たその足で、モディフィケーションエリアへと赴く。
目的は、今解放したばかりの四脚を試すことだ。
モディフィケーションエリアの混雑は、多少軽減されていた。
するすると人混みを抜けて中へとたどり着いたミーハは、2度目ながら慣れた手付きでメニューを操作していく。
まず見るべきは改造の項目だと彼女はタブを切り替える。
初期装備である現在の脚部が、どう派生するのか。姿勢制御ユニットを入手したことで派生先に変化があったかどうかを確認するためだ。
ざっとスクロールしていくと、最後のところに1つ派生先が追加されているのをミーハは見つけた。
四脚だ。
【汎用機甲四脚『淡路』】。
4つの脚で身体を支える悪路踏破性に優れたパーツ。
劣悪なコストと操作性に代わり、高い耐久性と出力を得た。
壁を登れるほどの登攀能力を誇る。
すぐに決めることなくミーハはスクリーンショットを撮って、パーツの購入欄へとタブを切り替える。
比較しながら、選別するためだ。
要件は、コストパフォーマンスの面で彼女が納得出来ることである。
直感も交えて、3つあった購入可能パーツを1つに絞り込んだ。
少し悩んでからミーハが決めたのは、初期脚の改造であった。
【汎用機甲四脚『淡路』】を選択すると、瞬く間に脚部が換装される。
まず、ぐんと目線が高くなった。
それから足元がバタついて、ミーハはたたらを踏んだ。
「おっとと」
ケンタウロス型よりも、アラクネのような見た目だ。
先端が鋭利な爪状になった脚部は長く、ミーハの視点の高さは2メートルを優に超えている。
この視点の変化は期待通りであり、予想以上であった。
遠くまで見通せる索敵範囲の向上は期待通りであり、周囲と脚との距離感を把握しづらい点で予想以上なのだ。
うっかりすれば、周りのイグナイターを蹴飛ばしてしまいそうである。
(……近接戦は厳しそうかも)
ガチャガチャと動く脚に彼女は違和感を覚えるものの、何とか歩くことは出来そうだった。当分は動かす順番を意識していなければ転びかねないが、そこは慣れで克服出来るだろうか。
大きな変化とあまりにも悠然とした態度に、周囲のイグナイターはただ見ていることしか出来なかった。彼らが呆気にとられている内に脚を鳴らしながら退室したミーハを、その場の皆が見送り、それから大いに騒がしくなった。
四脚など始めてみる面々が大半だったからだ。
(通路や扉が大きいのは、こういうパーツを想定してたのかな)
悠々と移動するミーハ。
イグナイターもアドジャストメンターも、誰も彼もが彼女を見るがそれを気にも留めない。
(これ絶対、アバターとかあるでしょ。服の意味ないもの)
彼女の思考は別のところにあった。
最初に容姿を設定させておきながら、それを無意味なものとするパーツに今後の展開を勘繰っていたのだ。
身長や体格を無視できる点は素晴らしい。
それだけで他のゲームよりも一歩先んじていると言える。
ただそれはそれとして、ミーハには不満があった。
(自分の見た目は最悪見えないからいいんだけど……。セリみたいな可愛い子が、四六時中メカメカしくなるのは困る!)
⚫【汎用機甲四脚『淡路』】
前後を逆向きにした【汎用機甲脚『津軽』】を連結、調整したもの。
腰周りが倍になり、脚の長さも180センチまで大型化。
主に重砲の運用に向けて設計され、近接戦は随伴機に任せる思想である。