7話:粉砕
衛星『α-vida』での最終目的は、セィシゴに襲われた基地の奪還である。
セィシゴは人員の排除に積極的であったが、施設への攻撃には消極的であった。恐らく、奴らの目的はそちらにあったのだ。
衛星基地は一部が損壊しているものの、原型は保ってそこにある。
これが良くも悪くも大きなポイントで、人類としては損得勘定がうまく働かなくなってしまった。……あるいは、しっかりと働き過ぎてしまったのかもしれない。
莫大な資源や費用といったコストをかけて建造されたこと。施設の大半が残されていること。救助を待つ人員が残っている可能性。などなど。
最も確実で安直な手段を軽々しく採れないだけの理由が積み上げられ、アドジャストメンターはイグナイターを突撃させるという原始的な手立てを講じることとなった。
(まあ、ゲームだしね)
ミーハは思う。
そりゃ降星城を基地に直撃させれば、けりは付くだろう。しかしそれをしてはお話にならないのだから仕方ない、と。
いくら謎の機械生命体であっても、大質量体の衝突には耐えられないはずだ。いや、もしかしたら潰れないようなのも居る可能性はあるが、さすがに序盤で登場はしないだろう。
イグナイターたちの拠点である降星城『エデルリッゾ』は、衛星基地から200キロ離れた位置に着陸していた。
城本体での基地への突撃強襲作戦は見送られ、セィシゴの数が少ない地点で安全な陣地構築を優先したためだ。
落着時の衝撃によってわずかに存在したはぐれも一掃され、周辺に敵影はない。
「で、これね」
光子変換式空間転送機、通称テレポーター。
『α-vida』のテラフォーミングは進んでおらず、衛星基地の近くまで行かないと植物は見当たらないと基地内のNPCは話していた。メニューの用語事典でも岩と砂の星と書かれていた。
さらに、この周辺は降星城の着陸によって耕され、見渡す限り何もない。
敵ごと全部吹き飛んでいるのだから当然だ。
その何もない空間をショートカットするための設備である。
光に変換して打ち出すとNPCから聞いた時、ミーハにはビームと何が違うのか理解できなかった。その疑問は今も解消されていないが、とりあえず高速で移動できることだけで彼女にとっては十分である。
このテレポーターによって前線の拠点に飛び、衛星基地を目指して進む。それが基本的な方針だ。
「それじゃあ、お願いするわ」
「ご武運を」
操作係であるNPCに見送られ、ミーハは光となった。実際にやってみた感想は、よく分からない、だ。
転送された先である前線拠点は仮組みだ。
まずイグナイターはここを安定化させることを目指して、ミッションをこなしていく必要がある。
資材集め、セィシゴの排除、機材の運搬配置などを行い、降星城とのホットラインを構築するのだ。自由に行き来できる範囲を少しずつ広げ、敵の陣地を塗り替えていく形となる。
「星1つ使っての陣取り合戦とは豪気なものね」
ゲーム故に成立する規模にミーハは笑う。
テレポーターの原理のような話は理解が追い付かずに困ってしまう。だが、こういう分かりやすい話であれば大好きだった。
衛星『α-vida』を取り戻すまでに多くのイベントが巻き起こることだろう。彼女はそれらが楽しみでしょうがなかった。
「まあ、まずは足場を固めないとね」
イベントを楽しむためにも前線拠点は必須だ。
ここの構築が覚束ないようでは、先に待ち受ける事象を目にすることさえ叶わない。
ミーハは早速、1つのミッションを受けた。
『ミッション:セィシゴを排除せよ
条件:三機のセィシゴを撃破
報酬:イグナイター用初期武装1種(選択式)』
ソロ向けではなくパーティ推奨だろうが、とりあえず腕試しだ。
これがいけるようなら仲間集めでのセールスポイントとなるし、無理であれば急いでパーティを組む必要が出てくる。
【モレスス-68】の装填と【内蔵式パイル】のリチャージが済んでいることを確認したミーハは、1人前線拠点から歩み出た。
《ラウジンム荒野》。
メニューのマップで地名が確認できるものの、見渡す限り全て荒野でどこからどこまでの話なのかミーハには見当もつかない。
武装に変更のない彼女は、見た目の面では大きな変貌を遂げていた。
タクティカルベストを捨てたのだ。正確には売り払っただが。
それで得た少額のクレジットも加えて、ミーハはブーツを購入した。茶革のそれは、足の甲から側面にかけて根をはるような刺繍が施されている。初期から入手可能な割には造りも丁寧で、履き心地もミーハを満足させるだけのものがあった。
ライトブラウンの簡素なシャツとズボンに、茶革のブーツ。それが今の彼女の格好である。
(……地味ね)
出来ることならもっと華やかにしたいが、今は我慢する他ない。ショップの品揃えはまだまだであるし、手持ちのクレジットでは足りないだろう。
「だから稼がないと」
ゴツゴツとした岩場を踏み越え、ミーハは1人で駆けていく。足元を優先してブーツを買ったのは正解だったと己れの判断を褒めながら。
初期装備の布靴ではすぐ駄目になっていたに違いない。
降星城が落着時の衝撃で周囲を丸ごと吹き飛ばしてしまったが、前線拠点の辺りからはさすがに影響が薄くなっていた。地面は撹拌されておらず、熱に焼かれてもいない。
巻き上げられた砂ぼこりによって空が覆われ、巨大な瓦礫が点在して、飛礫が降り注ぐ地獄のような状態ではある。だがそれも、高熱にガラス化した地面や稲光を発し始めた隕石雲を見ればだいぶマシであった。
「ほんと、足元整えて正解だったわ」
脆くなった瓦礫がミーハに踏まれたことで割れる音がした。
先ほどからこの調子だ。さすがに機械の体で瓦礫を踏んで怪我をするようなことはないだろうが、それでも足を守っている安心感は元の布靴と段違いである。
ミーハはマップを頼りに降星城から離れるように駆けていく。
一応衛星基地の方角に向かっているのだが、中々敵に出会さない。
ミーハが《ラウジンム荒野》に入ってから5分ほどになるか。彼女は一旦足を止めて辺りの様子を窺うこととした。
視界内全ての範囲が荒野であることには変わりない。
はるか後方に見えるのは前線拠点だろう。人工物らしき影がある。ただ、既に2キロ近く進んだため、はっきりとは見えない。
「……ん?」
前線拠点を背にして右の方から音がするのを、ミーハの耳が捉えた。風ではない。ザクザクと砂を踏むそれは、間違いなく移動の音だ。
(イグナイター、ではなさそう)
ガサガサとかき分けるように進む音は、人の足音よりも虫のような印象を受けた。
多脚、という単語がミーハの脳内に浮かぶ。
自然とレッグホルスターから【モレスス-68】を抜き放っていた。
まだ音の主は姿を現さない。大きな砂山があるのだが、恐らくその向こうに居る。
じっと耳を澄ませば足音だけではない。モーターの駆動音のような甲高い唸りやカシャカシャと装甲の擦れる音も聞こえてくる。
ミーハは腰を落とし銃を構え、セィシゴが姿を現すのを今か今かと待ち受けた。
(……来た!)
砂山の向こうからニュッと棒が伸び、それがいくつも地面を踏みしめてセィシゴがやって来た。
瓦礫の陰から、ミーハは落ち着いて狙いを着ける。
まだ距離のある状況でモレススが決定打とならないことは既に学習済みだ。だからこれは牽制になる。
ミーハが距離を詰めるだけの隙を生むために、なるべく反対側の遠い脚に弾丸を撃ち込みたい。イグナイターが機械であることも忘れて、息を止めて集中する。
パンッ、という軽い炸裂音の後に、セィシゴの紫の脚から火花が散った。命中したのだ。
狙いの脚からは逸れてその隣に当たったのだが、それを気にすることなくミーハは瓦礫の陰から飛び出した。
砂をかき分けるように走り寄り、セィシゴが反応するよりも早くその体の下に潜り込む。
「……キチキチキチ」
セィシゴは遅れて接近に気付いたようだが、もう間に合わない。
ミーハは奴の体を支える脚の一本、その関節部に銃口を押し当てて発砲した。
銃弾がセィシゴの中で暴れまわる。もう一発撃ち込めば、セィシゴは耐えられずに姿勢を崩した。
素早く銃をしまったミーハは目一杯跳び上がり、脚部の上、セィシゴ胴部によじ登る。
「これで、……1体目!」
ガシュン……!
左手から打ち出されたパイルは、衛星コロニーの時のようにセンサーユニットをあっさりと破壊した。
セィシゴが機能を停止する。そして、モロモロと粉状に崩壊を始めた。
「な、……うわ!」
よじ登っていたミーハは、セィシゴが崩れたことで地面へと投げ出される。崩れた粉がクッションになったことで彼女にダメージはない。
衛星コロニーでの戦闘時にこのようなことは起こらなかった。あの時のセィシゴは、撃破されるとその場に残骸が残っていたのだ。
この粒子状に粉砕される現象は、先刻のメンテナンスによって追加されたものである。設定上では、セィシゴたちが戦闘データから敗北時に自壊する機能を獲得したとされている。
……なお、ゲーム開発側の意図としては、戦い終えた時に何かそれと分かるエフェクトが欲しかっただけであった。
粉末になる、という結果を選んだ責任者は後に語る。爆発は派手で良いが絶対に悪用するプレイヤーが出ただろう、と。
苦肉の策であったのだ。
⚫ブーツにしたことで安心感があるとミーハは思っていますが、服飾類は基本的にお洒落であって効果は持っていません。
つまり、プラシーボ効果です。