6話:散策
「と、友だちもこのゲームを始めたんですけど一緒にどうですか!」
本サービスを開始した『Mechanical Microcosm』にログインしたミーハを出迎えたのは、何やら意気込んだセリの一言であった。
いくらか言葉の抜け落ちているそれに、ミーハは戸惑いを隠せない。
友だちと一緒に始めただろうことは予想できていた。セリは、あまりこの手のゲームに親しんでいるような様子でなかった。そのため、誘いをかけた人物がいることは想像に難くない。
では、一緒にどうとは何なのか。
果たして、何をどうするのか。
会うのか、プレイするのか。パーティを組むのかフレンドになるのか。
順当に考えれば会うだけだと、ミーハは考える。
だが、言い出したのは推定世間知らずなセリだ。
それに話を持ち出すタイミングもよく分からない。身内で集まるなら、最初から部外者を迎えようとするのだろうか。
ミーハがごちゃごちゃ思考を巡らせていると、セリは慌てたように説明を始めた。
大学のサークル仲間に誘われてこのゲームを始めたこと。あまり興味はなかったが、やってみたら案外楽しめていること。友人たちにミーハのことを自慢したこと。合流するのにミーハも誘うように勧められたこと。
内容をまとめずに事の始まりから丁寧に説明するものだから、ミーハは困りながら優しく聞き取りをした。
「アタシと会いたいって友だちは言ってるのね?」
思いの外、簡単な話だ。あまり気は進まないが。
こくこくと頷くセリを可愛らしく思いながら、ミーハは悩む素振りを見せる。
(アラサーが若い子たちに混じるのはなぁ……)
1人くらいなら良い。可愛がってやれる。妹が出来たような嬉しさすら感じるだろう。
2人でも堪えよう。ジェネレーションギャップはそこかしこで感じる羽目になるだろうけれども。
だがそれが3人、4人と増えてくるとさすがにきつい。元々知らない相手であるのだから、なおのこと辛い。
故に、ミーハの答えは決まっていた。
「ごめんね────」
すなわち、ノーである。
これがゲームを始めてしばらくしてからの話ならまた違っていただろうが、最初から仲良しグループに混じろうとするほどミーハは空気の読めない人間ではない。
部外者は大人しく去るべきなのだ。
とりあえずまた今度一緒に遊ぼう。友だちと会うのはその時に考えようね。
そうセリに告げて、ミーハは彼女と別れることとした。
1人歩くミーハに誘いをかけようとする視線が飛ぶが、それらを華麗に受け流してリスポーン地点である広間を出る。
やりたいことはいくつか浮かんでいた。
機能が開放されたシステムの確認であったり周辺地域の地理を確認したり、つまり情報収集だ。
──まずミーハがやってきたのは、ショップエリアである。
ここでは主に消耗品の買付けが出来るようだ。
売り物のリストを確認すれば、ずらりとアイテム名が並ぶ。
分かりやすいところで言えば応急手当キットのような回復アイテムから、ナ軽四ウトミダハなんて用途の予想できない謎アイテムまである。
2つほど応急手当キットを購入して、ミーハはショップエリアを後にした。
次に訪れたのはモディフィケーションエリアだ。ここではパーツの購入やボディの改造が出来る。
このゲームのメインコンテンツとも言える改造。頭部、右腕、左腕、ボディ、右足、左足、心臓部の全部で七つのパーツをカスタマイズして、最強の機体を作り上げるのだ。パーツごとに細かな調整が出来て組み合わせは無限大と言うのが売り文句である。
今のミーハは初期機体。外を探索する前にボディを整えるのは大いにありだと彼女は思った。
同じような考えなのか。モディフィケーションエリアにぞろぞろとイグナイターたちが集いつつある。
少し考えた後に、今あるパーツだけでも確認していく。
当たり前なことだが、初期パーツからの派生はどれも似たり寄ったり。明確な差異が表れてくるのはもう少し先なのだろう。改造先もわずかな形状の違いが主だ。
ただ、ミーハの機体を構成する中に、唯一初期パーツではないものがある。【アタウラ=フラゴール式ティエラジェネレータ】だ。
惑星『Tierra』の名を冠する心臓部は、初期の物より出力が高い。これの改造を試みることとした。
多くの初期パーツ同様、まず目につくのは名前の後ろに『改』と付いただけの物だ。性能としてはお察しのもので、ポイントは更なる改造を見込めるというところか。『衛星コロニー8号撤退戦』の報酬で改造が出来るのはありがたいが、保留とする。
その下に並ぶのは【アタウラ式壱型ティエラジェネレータ】。出力はほぼ変わらないが、ビーム兵器へのチャージが早くなっている代物だ。
ミーハは存在が確約されたビーム兵器に心躍らせた。宇宙の騎士が振り回す光の剣も、白い悪魔が撃つライフルも、幼少期のミーハは震えて見ていた。恐怖ではなく、興奮でだ。
同じことが出来るその可能性だけで、ミーハはこれを選びたくなってしまっていた。
即決を我慢してさらにリストを見ていく。
【弐型】。これは最大稼働時間が延びる物だ。
【タイプ・フラゴール】。こちらは基礎設計が変わるらしい。性能に大きな変化がないスライド進化みたいな品だ。
【ボーチェス式】。安定性を捨てて出力を伸ばした。
【ソイブ式】。量産性が向上している。
(組み合わせ無限大は強ち間違いでないかもしれない)
売り文句の正しさにミーハは戸惑いすら覚えていた。こういうものは大なり小なり誇張を含んでいるものじゃないのか。
ゲームを始めてどころか、ゲームが始まってすぐの今でこの数だ。
この先を考えて彼女が少しうんざりしたのも無理のない話かもしれない。
──色々と悩んだ結果、ミーハは現時点での改造を見送った。
すぐに出来るのは『改』だけということもある。他はどれも何かしらの条件が引っ掛かる。準備を整えてからの方が良い、と彼女の建設的な部分が囁いていた。
リスポーンをする時のペナルティも考えなければいけない。ここは温存を選ぶのが丸い、と冷静に考える。
今はまだその時でない。そう思えるから我慢するのだ。
改造候補をメモ帳に記し、ミーハはさらに他のエリアに向かう。
クロッシングエリア。
ここでは、ゲームアバターであるイグナイターの機体を飾ることが出来る。
「ふうん」
今ミーハが身に付けているのは、簡素なシャツとズボン。それから武骨なタクティカルベストのみである。とてもじゃないがお洒落とは言えなかった。
特にベスト。利便性を追求したデザインは格好良さに繋がっているとは思うものの、お陰でイグナイターの姿は画一的であり、見映えの良さという観念はどこか遠くに置き去りにされてしまっていた。これに合わせるとなれば、自然ミリタリーチックなファッションに限定されてしまうに違いない。
インベントリ機能が解放された今、ベストの収納性に頼る必要はない。それはつまり、デザインを優先して服装を選択できる自由度の拡張を示している。
ミーハは格好良いのも好きだが、可愛らしいものも大好きであった。
リアルでは似合わないからと敬遠してしまうようなファッションでも、ゲーム内であれば出来るタイプの人間だ。
そんな彼女からすると、軍人は軍人でも実働部隊ルックはあまり心惹かれない。
そこに個性は無縁だからだ。
「……うーん」
故に悩む。
序盤の序盤で装甲を捨てるのは愚策でないか。いやしかし、直撃すればベスト程度でどうこうなるようなものではなかろう。
そうした意見の鬩ぎ合いが、ミーハの脳内では為されていた。
結局、彼女は15分もの間悩んだ挙げ句、ベストを脱ぐ決意をする。