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51話:抱擁


「──私はあなたを尊敬しています」


 そう言い切ったセリのことをミーハは真正面から見ていられず、視線を横へと逸らしてしまった。

 恥ずかしげもなく何を言うのか。

 誤魔化すように呟けば、セリはゆるゆると首を振った。


「恥じる必要なんてありません」


 目が潰れそうなほどの眩しさに、ミーハはくらくらとする思いだった。あまりにも理想的すぎる。

 心穏やかで芯が強く真っ直ぐで理知的な美少女。かつて思い描き、何度も否定されてきた理想像そのままな物言いだ。

 暖かな慈悲にミーハは心を委ねたくなる。


 しかし、それはしない。

 それは出来ない。

 それはあまりにもミーハにとって都合が良すぎる。


 そんなミーハに警戒の色を見てとったのだろう。

 セリの表情が曇る。

 捨てられた子犬のような哀しみを見せる彼女に、ミーハの心はぐらついた。


「……私は、あなたを尊敬しています」


「それは何度も聞いたよ」


「だから力になりたい。話を聞きたい。私だけで足りないなら、みんなを呼んできます。だから一緒にお話しましょう。そうすればきっと──」


「──きっと良い考えが思い浮かぶ?」


 我ながら意地悪な物言いだとミーハは呆れていた。先回りして結論を言う。そうやって出鼻を挫いてセリの気持ちを折ろうとしているのだ。

 実際、良い考えなど浮かびはしないとミーハは思っていた。浮かんでたまるか、とも。

 彼女の二十余年の人生で得られなかった答えを、三月にも満たない付き合いの仲で導き出されてしまっても困る。いや、そうなっては許せないかもしれない。


 故に、ここで気持ちを折る。

 ……どちらの意味においても。


 傷を深くしないように予防線を張っていく。

 我ながら狡い真似だと思いながら、ミーハは双方が傷つかないように安全圏の構築を図る。

 彼女自身はその不器用な振る舞いの滑稽さに気づかぬまま、必死に距離を置こうとした。


「尊敬してくれるのは嬉しいけどさ、それはアタシの欲しいものじゃないのよ」


 視線を外してミーハは言った。

 心ない言葉を投げ掛けるには相手が悪い。いや、相手が良すぎる(・・・・)

 セリを相手に拒絶を示すのは、ミーハの心が軋みを上げた。理想云々を抜きにしても、親しくなりすぎていた。


「どうして……」


 その弱々しい呟きに、ミーハは下唇を噛んだ。

 セリをひどく傷付けたのだと思ったからだ。悲嘆に暮れる、そういう悲しみの吐露であると感じていた。

 しかしそれは違っていた。


「どうしてこっちを見てくれないんですか?」


 セリの瞳はブレずにミーハを見据えたままだ。

 折れず曲がらず毀れず、真摯な輝きを宿して友人を離さない。


「どうしてこっちを見てくれないんですか!」


 繰り返しセリが問い質す。

 初めて聞く大声に、ミーハは肩を震わせた。

 ミーハの異変に、身勝手な態度に、セリは向き合うことを止めていない。


「私を! 私を見てください! あなたと共に遊ぶ私を! 一緒に笑っている私を!」


 セリにも感じるものはあったのだ。

 ミーハは自分を通して何か別のものを見ていると。

 うっすらと察しながらも踏み込まずにいた。

 悪いことではないとして、どことなく疎外感を覚えながらセリは我慢していた。ミーハにはミーハの交友関係があるのだから、そういったこともあるのだろうと理解ある振りをしながら。


 だが、セリにだって思うところはある。

 本音を言えば面白くなかった。愉快でなかった。不愉快だったとすら言える。

 自分を知らない誰かに重ねられて、そこに喜びを感じる者が居ようか。


「──私を見て!」


 叫ぶような言葉に、ミーハは終に正面を向いた。

 躊躇いがちにセリと向かい合い、視線が絡み合う。




 ミーハの理想(一人の少女)が泣いていた。




 その瞬間、ミーハは己れの過ちを悟った。

 セリへの理想の押し付けは、──セリだけでなくこれまで出会った少女たち全てがそうだが──、相手の人格を無視したお人形遊びにも等しいものであった。

 結局、ミーハが見ていたのは相手ではなく己れの願望であったのだ。そこに人格は不要で、ミーハの望むように動きさえすれば満足だったのである。


(……なんて、なんて醜い)


 おぞましさすら感じる思考だ。

 何が潮時だ。何が彼女たちは弱い、だ。

 自分の思い通りに物事を進められなければ満足できない傲慢さが表に出ていただけであった。


 一人がお似合い? そりゃそうだ。お似合いも何も最初からミーハは一人だったのだから。

 ずっと一人きりで勝手に楽しんでいただけなのであるのだから。



 気づけばミーハは床に膝をついてその場に蹲り、セリが近くに寄ってきていた。


 心配げな表情を浮かべた少女を仰ぎ見つつ、ミーハの頬に一滴の水が伝う。

 力が抜け、抗う気力も失った彼女をセリが優しく抱き締める。


「大丈夫、大丈夫ですよ」


 セリはミーハの思いを察した訳ではない。内心を読み取ることなど誰にも出来ない。

 ただ、彼女は何かショックを受けたらしいミーハを、彼女に出来る方法で慰めようとしただけだ。

 彼女がしてもらって嬉しかった行いを、大切な友人にしてあげたのである。







 ──その夜、ミーハは初めてセリとゲーム外での通話をした。

 何を話したかは秘密である。

 ……ただ、沢山話して沢山泣いて沢山笑ったことだけは確かだった。




ご覧いただきありがとうございます。

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