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50話:孤独


 結論から言って、ミーハは追い付けた。

 追い付けてしまった。

 それが彼女の懊悩を解消することはなく、むしろ深めるだけであったことは想像に難くない。




 たったの三日で渓谷までを踏破してのけ、セリたちの待つ前線に到達出来たことには当然理由がある。


 まずミーハが再走組であること。道中は一度見ているどころか体験しているのだから、面倒なやり取りやギミックはスキップできる。答えを知っているのだから頭を悩ませることなくノータイムで通過して行ったわけだ。また、楽しむことではなく攻略に重点を置いている状態で、二度目の敵にリソースを割くことはない。処理に近い具合で彼女は進んでいった。

 それから、ミーハが支援を受けられる立場なこと。彼女は積極的に頼ろうとしなかったが、セリたちにパーツの融通をしてもらうことは可能であったし、そうでなくともフレンドを当たれば何某かの手助けは受けられた。実際、ジェネレータをランクアップさせるために要求された物品を手配してもらってもいる。攻略情報を聞くことも出来たし、支援を得られたことでミーハの攻略再走が加速したことは間違いない。

 そして、イグナイターの行動範囲が広くなかったこと。あくまでも彼らの攻略したエリアは降星城から向かえる距離でしかない。その中で近い遠い強い弱いの区別はあれど、自らの足で移動が出来る範囲であるのだ。極論になるが、レベル一縛りのような真似も出来なくはないのである。と言うより、ザルボバータを単身で片付けたミーハがそれだ。


 こうした要因にさらに細かな要素が加わり、ミーハの単独行は成功に終わったわけである。

 ザルボバータもオグテデフも車輪も鶏も牛も山羊もメレディエリも。

 全てを平らげ、ミーハは機体の強化に勤しんだ。

 ……平らげてしまえたのである。

 あれだけ苦戦した連中も、種が割れればこの程度。いや、種が割れたからと言ってそう簡単にはいかないはずなのだが、ミーハには出来てしまった。軽々とはいかなかったが、それでも単独で打ち倒せたのである。


「──そろそろ潮時、かな」


 渓谷を越えてすぐの場所。以前にバルサミ=ゴ酢とロゾルを眺めた廃墟の屋上。そこで黄昏ていたミーハは、ぽつりと呟いた。

 薄々感じていたことである。

 今は協力を請われている身であり、途中で投げ出してしまうつもりなど欠片もないが、セリたちと別行動をとっている間は常々それが頭にあった。



『ほらね、一人がお似合いなのよ』



 呪いの言葉は根強く彼女の心に張り付いている。

 仲間と協力することが出来ない訳じゃない。ただ、それと同じくらいのことを単身で行えてしまうだけ。

 誰かに合わせるとパフォーマンスが下がってしまうミーハ個人の資質の問題。

 その虚しさは計り知れない。

 この空虚さが、いつだってミーハとミーハの理想の少女たちとを引き裂いてきた。


 空を仰いで目を瞑る。

 ミーハの脳はありありと思い起こせる。



『いつもそうやって手を抜いてたの?』

『なに? 当て付け?』

『こんなに一緒にいるのに全然一緒じゃないね』

『あなた一人で十分じゃない。あとはよろしく』

『なんで頑張ってくれないの?』

『私たちのことを見てないじゃない』

『一緒に頑張ろうとしてたのは私だけだった』



 ミーハの理想は、ミーハにとっての理想でしかなくて──。

 かつて出会った少女たちはみな、描いた理想とは異なる姿を見せて離れていった。


 仮に。

 仮にミーハが、誰かと力を合わせることが出来たならば。他者に合わせてパフォーマンスが低下しない人間であったならば、彼女の悩みは悩みという形にすらならなかったことだろう。

 そうであれば、とミーハも願ったことはある。

 しかしそうではなかった。

 どれだけ力を振り絞っても、集中を注いでも、神経が焼き切れるほどに気を配っても、結局ミーハは一人きりが一番強い。


 また同じような思いをするくらいなら逃げ出してしまうのもありなのでは。そう考えながらもミーハは『MM』の世界に踏み留まっている。


 ──だがもしも。

 セリたちに嫌われたら。

 セリにこれまでの彼女たちと似たような言葉を投げつけられてしまったら。

 そんな想像はするだけでもミーハの心を凍てつかせる。

 肩を震わせて彼女は大きく息を吐いた。


「──あんたのそんな顔は見たくなかったよ」


 背後、ミーハから数歩離れたところで穏やかな声がした。疲れを感じさせつつも、しかしどことなく静かなやる気を滲ませた男の声だ。

 ただ、声の主はやるせなさも漂わせていた。


「……おや、そんな風に思ってくれるとはありがたいね、イシュ=ケリヨト」


 ミーハが振り返った先には誰もいない。

 いや、少し遅れて空間が不自然に波打ち、忽然と男が姿を現す。


「一度しか会ってないのに覚えていてくれたのか」


「まあね、人を記憶するのは得意な方でさ」


 メレディエリの攻略戦において肩を並べたとは言え、ミーハが覚えている彼の印象はほとんどない。ジャミングで索敵を掻い潜れることくらいか。

 それでもすぐに思い出せたのは、バルサミ=ゴ酢から聞かされていたことがあるからだ。


「連絡員になってくれたんだって?」


 ミーハがそう問えば、イシュ=ケリヨトは肩をすくめた。両手を広げ首を傾げ、そんなアメリカナイズなリアクションは存在感の薄い彼と結び付かず、僅かにだがミーハの目頭に力が入る。


「そんなもんが必要だとは思わなかった」


「ゴ酢は色々複雑に考えるきらいがあるからね」


「全くその通りだよ」


 イシュ=ケリヨトがバルサミ=ゴ酢たちに降ったことは聞かされていた。たかだかゲームで大仰な表現だが、敵対的な派閥の出身であるというのだからこのような表現となるのだろう。

 ミーハは、ゴ酢たちのやっているシミュレーションめいた社会構築ごっこをあまり好いていない。中でもこのような派閥的やり取りは特にだ。

 否定するつもりはないし、仕掛けられた以上は応じないわけにもいかないことは理解しているものの、彼女としては極力距離をおきたい事柄であるのだ。


 その真っ只中に立つ人物がやって来たとあれば、心中穏やかとはいかない。


「……もう万全みたいで良かったよ」


 イシュ=ケリヨトはミーハの機体を見てそう言った。

 彼の言う通りだ。

 ミーハは出来得る限りのカスタマイズを終えていて、すぐにでもロゾルの攻略戦線に参加できる。

 ……十分な働きが出来ると知ったゴ酢は喜んで駒としようとするだろう。彼女にとって今はそれが煩わしい。


 自然、ミーハの表情が険しくなった。


「ああいや、待ってほしい。別にゴ酢の使いじゃない」


 少し慌ててイシュ=ケリヨトはミーハの想像を否定する。

 さらに付け足して言った。

 様子を見に来たのは俺の意思だ、と。


 ミーハは困惑を露にする。

 動機が分からなかったためだ。


「悩むあんたを見るのは忍びない。……いやもう、見るに堪えない」


 イシュ=ケリヨトはミーハの戸惑いを無視して話し始める。


「昨日もここで空を眺めていたな。飽き飽きした。そんな表情で。俺はあんたのそんな顔を見たいと思わない」


「……覗き見していたのかい」


「悪いと思うよ。すまなかった。でも俺はどうにかしたいと思ってしまった」


 ミーハの表情が変わる。

 驚きに目が見開かれ、口元までが緩くなる。


 イシュ=ケリヨトの背後の景色が乱れ、そこから一人の少女が出現した。

 セリだ。


「だからちょっと動かせてもらった。余計なお世話さ、でもあんたに必要だろ?」


 イシュ=ケリヨトは、ミーハの悩みの中心にセリが居ると見抜いた訳ではない。ただ、相談するなら親しい相手であるべきだと気を利かせただけである。

 ただそれが効果的に作用したのだ。しかもこの上なく。


「──私は」


 セリが口を開いた。

 真っ直ぐにミーハを見据え、澄んだ輝きを放つ瞳が顔を背けることを許さない。

 常と変わらぬ可愛らしさに、普段以上の凛々しさを備えて、ミーハの理想(セリ)は力強く言い切った。


「──私はあなたを尊敬しています」







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