49話:二律背反
悔やんではいない。目映く輝く日常にこそ救いはあったのだから。
ただそれでも、もしもが尽きることはない──。
『──結局、一人がお似合いなのよ』
脳裏に浮かぶは忌まわしき記憶。それを告げるは他でもないミーハ自身。
彼女から彼女へ向けての呪いの言葉。
ミーハという女は自分のことを好いていない。しかし嫌っている訳でもない。
ただただ自身の好みの範疇から、己れが逸脱してしまっているだけのこと。
好きでもないし嫌いでもない彼女は、極端な話になるが自身のことなどどうでも良かった。積み上げた努力を軽々と投げ捨てられるのはこれに由来する。
大柄で、色黒で、骨太で、筋肉が付きやすい体質で、髪の毛は針金みたいで、口より手が先に出るような性分で、飽き性で、散財癖があって、そのくせ妙に潔癖で……。
そんな自身をミーハは常に冷めた目で見ていた。そういう生き物なのだからしょうがない。そんな胸中だったことだろう。
諦念が芽生えたのはかなり早く、小学校の低学年にまで遡る。なんのことはない。同級生に理想的な少女がいたというだけの話だ。
ミーハは自分がどれほど憧れても決してなれない存在を目にして、心を折られてしまったのである。
その後に広まった『仮想現実の世界において理想の自分を形作ろう』という動きに、ミーハは乗れなかった。
どう足掻いても自分は自分。
心底から理解させられてしまっていた彼女は、現実を模しながらもどこか違う新しい自分を作るようになった。それは角が生えていたり四脚だったりする外見的な部分から、口調だったりロールプレイング的な要素だったりに至るまで。
不思議なことに、そうして飛び込んだ仮想現実でもミーハは理想的な少女と何度も出会いを果たす。
入れ替わり立ち替わり、ミーハの思い描いた美しさを携えて彼女の前へと立って見せるのだ。
時に仲間として、時に敵として。
その都度ミーハは困りつつも笑った。
何度となく理想が、逃げた先のはずな仮想現実でまで追い縋ってくるように思えたからだ。
しかし嫌いになんてなれない。
あの日思い描いた理想は、好きになれる要素をたっぷり詰め込んだ珠玉の逸品。それをミーハだけは否定できない。
どうにか気持ちに折り合いを付けつつ、ミーハが辿り着いたのが『Mechanical Microcosm』である。
そしてここでも出会った。
セリという少女は儚げで、眉尻を下げた表情がよく似合い、接してみれば芯の強さを感じさせて、穏やかながらアグレッシブだ。
可愛さにクラクラする思いを抱え、ミーハは請われるままに行動を共にした。
『だけれども、彼女たちは弱かった』
セリは、それからセリの仲間たちは、ミーハを基準に見るとどうしても弱いと言わざるを得なかった。
並みのゲーマー程の腕前はあろう。だが精々が並み程度。
状況の打開にミーハを必要としてしまうくらいには、セリたちは弱い。
悪いことではない、とミーハは知っている。セリたちは楽しんで日々を過ごしている。それは何にも勝ることで、ミーハ自身の救いでもあった。
最大効率を叩き出さずにいても罪悪感に駆られない。ある意味、手を抜けるのだ。肩の力が抜けると言っても良い。
頑張らない、自然体でプレイできるのはミーハにとってもありがたいことであった。
『それでも時々考えるでしょう?』
ミーハがミーハであるが故に考えないではいられない。
例えばこれが、一分の隙もない全身全霊の集中力で駆け抜けるとしたら。最初から最後までをフルスロットルで、持てる全てを費やして出せる限りのパフォーマンスを発揮したならば。
──果たしてどうなっているのだろうか。
それは傲慢だ。
他者を見下して、己れを特別だとする思い上がりでしかない。
『今なら大義名分がある』
そう、今この時はミーハが個人で好き勝手に動ける。
足並みを揃えるためにセリたちと動くのは難しく、追い付くためには全力を振り絞る必要があり、楽しさではなく成果が求められている今ならば。
風呂場で余計なことばかり頭の中を廻るように、単身で動くことになったミーハの思考は止まらない。
不要なはずの物思いが幾度となく立ち上がり、答えの出せない迷宮へと彼女を誘う。
人は悩んでいるときほど悪い方へと思考を進めてしまう。かけた保険に引きずられたり、疑心が暗鬼を生じたり。
ミーハもそれだ。自分を悪く見すぎている。そしてそれを仮の自分、あるいは別の自分へと投影してさらなる印象の悪化を呼んでいた。
自身を責め立てているのである。
思い当たる節があったために、彼女はそのループから抜け出せなくなっていた。
思い悩みながらもミーハの身体は動き続け、プラズマナイフはセィシゴのコアを正確に貫いた。
七分十二秒。
かつて大勢で挑みかかったザルボバータも、今や単機のミーハに圧倒される側へと回った。
──なお、この攻略時間は単独行での最速である。
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一面では真実であるから、彼女は苦しさを覚えている。生来の潔癖さ故か、己れの思考の揺れでさえも許してやることが出来ないのだ。
それは完璧主義の成れの果て。
ああなんと生きづらいことか。




