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47話:離反


「ふひ」


 イシュ・ケリヨトはそれを見ていた。

 まじまじと克明に、きっちりかっちり最初から最後まで。

 この場でその余裕があるのは彼だけだったから。


 迷彩とジャミングによって姿を隠した彼は、戦場から離れて観察していた。

 ずっと見ていた。見るだけに徹していた。

 求められた役割とは異なる、裏切りに等しい行いだ。イシュ・ケリヨトも申し訳なさを覚えつつ、それでも必要なことだからと沈黙を貫いていた。


 イグナイターにも色々なグループがある。派閥と言っても良い。

 主に戦線を率いているのは『ウス異=本連盟』だが、それに対抗しようという面々が皆無ではない。反発している者も反目している者だって存在はしている。

 イシュ・ケリヨトはその内の一派に属していた。

 連盟を快く思わない仲間たちから、敵情視察として差し向けられたのが彼である。


「……ふひ」


 再びイシュ・ケリヨトが笑いを漏らす。先とは違い、どこか皮肉げなそれは向けられた相手が異なるのだ。


 運が良いだけだと主張する彼とて、潜入工作員として選ばれるだけの実力は備えている。特別な武装もレアなアイテムも持ち合わせていないが、裏を返せば汎用品の扱いで選抜されるような腕前であるのだ。

 能力は置かれている状況が証明していた。むしろ、能力があるからこそ彼は面倒な状況に置かれていたと言おうか。ゲームであっても生きるのが下手くそだったのだ。


 今回の動力室制圧作戦に参加したのも、命令からだった。ゲームなのに柵から逃れられない自分に辟易としながら、イシュ・ケリヨトは情報を盗むために先導隊としてここにいる。


 情報を盗む。成功しそうなら隠れて妨害する。


 課せられた使命は二つ。

 イシュ・ケリヨトは馬鹿馬鹿しいと感じつつ、それに従っていた。

 こっそりマッピングしたルート。消極的な対応。戦闘の放棄。

 なんかすごいイベントだから邪魔してやろう。そんな軽いノリで一人歩ませられる地雷原。

 彼の心には常に苛立ちがあった。


(……どうして俺が)


 楽しさなど欠片もない。

 苦しい社会生活など仕事と変わりないだろう、いや報酬が存在しない分仕事にも劣る。


 初めは仲良くやれていたはずだ。和気あいあいと攻略に勤しんでいた。負けては頭を悩ませて作戦を練り、強敵に勝っては祝賀会を開いて徹夜で語り合ったものだ。

 歯車がズレたのはいつ頃だったか。

 いくつかの派閥の台頭に押され、他のグループと合流してから空気が悪くなっていった。中核からは外れたイシュ・ケリヨトらは、良いようにこき使われるようになってしまった。



 イシュ・ケリヨトの瞳が床の穴を捉える。

 焼け焦げ燻り煙を上げるそれは、動力炉が爆発した跡だ。

 強引に突っ込んだティエラジェネレータの暴発で内から弾けたのである。無秩序に暴れたエネルギーが炉の致命的な部分に触れたのだろう。イシュ・ケリヨトは細かな設定への理解を放棄する。

 あんな真似をしていては前線から遠退くに違いない。普通なら選ばない手段だ。……だが。


(俺も──)


 あんな風にありたいと思ってしまった。

 あんな風に笑いたい、と。楽しみたい、と。楽しんでいるのだと知らしめたい、と。誰でもない自分自身に。


 イシュ・ケリヨトは見ていた。ずっと見ていた。

 だから彼は知っている。爆発の瞬間、ミーハがどんな表情であったのかを。

 だけど彼は教えない。他の誰もが知らないそれを、ミーハ本人にすらも内緒にしていくつもりだ。





 残り時間が一分を切っていることは、イシュ・ケリヨトも知っている。アナウンスをしっかり聞いていたからだ。

 メレディエリは未だに倒れず、踠き苦しみながら暴れまわっている。

 動力炉が破壊されたことで何らかの悪影響はあったのだろう。だがそれによってもたらされた発狂モードで、跳びはね駆け回る不規則な動きに付いていけず時間の浪費に繋がろうとしていた。


 イシュ・ケリヨトはそれを見て、あることを決めた。

 一つの選択を行い、彼は前へと踏み出す。


 メレディエリの瞳は閉じられ、四つに分かれた上半身は一つに癒合しつつある。常人の四倍はあろうかという上半身に、弾丸は徹らず傷はろくにつかない。力場が消失して、多少はダメージを与えられるようになったものの焼け石に水だ。

 しかも、暴れまわるために狙いをつけにくいときた。


「ふひ」


 準備を終えたイシュ・ケリヨトは軽く笑う。

 晴れやかな表情で、芯のある力強さを兼ね備えていた。


 そうして彼は姿を晒す。

 迷彩を切り、ジャミングを停止させ、突如として現れた彼に、しかし戦場の誰もが目を向けない。


 予想され得る当然の事態に焦ることなく、イシュ・ケリヨトはジャミングのスイッチを入れた。

 ……ただし滅茶苦茶なパラメータで。




「「「!?」」」




 全ての注意がイシュ・ケリヨトへと向けられる。視線が刺さる。感知装置が作動する。

 己れを探知させないためのジャミングを、逆に注目させるために使ったのだ。

 その場の誰もが一瞬動きを止めて、イシュ・ケリヨトの方へと顔を向けた。


「ふひひひひ」


 ある種致命的とも言える大きな隙に、イシュ・ケリヨトは笑うだけだ。

 これにて一段階目の条件を達成。


 それから二段階目。

 突如として姿を現したイシュ・ケリヨトに、一番に反応したのはメレディエリであった。不快な妨害電波に怒り狂い、発狂モードそのままに彼の方へと突進してくる。

 猛然と突っ込んでくる巨躯に、イシュ・ケリヨトは二段階目の条件を達成したと確信する。


 そして三段階目。

 接近したメレディエリがイシュ・ケリヨトの身体を掴もうとしたその瞬間。がくんとその巨躯が下へと落ちる。

 床が抜けて片足が膝まで沈んだのだ。

 すぐさま引き抜こうとするメレディエリ。だがそれは間違いのない遅滞であり、明らかな隙だ。



 ミーハの巻き起こした動力炉の爆破によって、イシュ・ケリヨトは床の厚さを把握していた。開けられた穴によって、どこまでなら貫通しないかを測定できたのだ。

 彼が使用したのはトラップアイテムの一つである簡易落とし穴。瞬間的に落とし穴を生成できる優れものだが、貫通させられないという制限が設けられている。

 それを、観察していたことでクリアしたのだ。



 両手を着いて脚を引き抜こうとするメレディエリの脇腹に砲口があてがわれる。イシュ・ケリヨトが構えるは、『二十三号装薬発破式重徹甲杭砲』と言った。つまり、パイルバンカーだ。

 彼の腕と同じくらいの太さ長さの杭を叩き込むそれは、あまりの重量に移動がままならないという欠点があった。イシュ・ケリヨトの知る限り二脚では不可能だ。


 ──故に、罠へと嵌めた。


 動きを誘導し、足場を潰し、隙を作って、一撃で仕留める。

 それが出来れば苦労しないと言われかねないような真似を可能とするから、彼はこうして此処に居る。


 四つの顔それぞれがイシュ・ケリヨトの視線とぶつかる。

 驚愕に目を見開いたメレディエリに、イシュ・ケリヨトは冷めた表情を浮かべた。


 特に何か言葉をかけるでもなく、彼はあっさりと引き金を引いた。

 ガボン、という金属を強引に撃ち抜く音と擦れる金属音を聞きながら、粒子へと変わるメレディエリを見送る。




 イシュ・ケリヨトは手を出すつもりなどなかった。それは彼に求められた振る舞いではなかったのだから。

 だが、見過ごす訳にはいかなかった。

 見ているだけでは堪えられなかった。


 これはある意味で決別の一撃。


 嘆くばかりでなく、楽しかったあの頃への回帰を己れの手で実現する。笑顔への憧れがもたらした心変わり。



 反動でお釈迦になった右腕を投棄しながら、イシュ・ケリヨトは一人呟いた。


「……次は一緒に遊びたいね」







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