45話:脱落
落ちていく瞬間を、ミーハはゆっくりと引き延ばされた感覚によって克明に捉えていた。
宙を掻く手、踏み抜いた足、迫る暗黒。
彼女の思考はその全てをはっきりと認識し、彼女の身体はしかしそれに着いていけない。
あるいは、真に電脳空間と一体であったのかもしれないくらいにミーハは自由だった。同時に、不自由な枷を嵌められていることも理解が出来た。
彼女に許された猶予は精々が一挙動。
前へと倒れ込む彼女の身体はもはや制御が効かず、ただ暗黒に呑まれる他ない。
ミーハに取れる選択肢はあまりにも少なかった。
(──詰み、だと思ったよね)
誰もが目を見張る明らかな終わりに、メレディエリは勝ち誇る。
ミーハは確かにその様子を視界に収め──。
──だからこそ勝利を確信した。
一条の光線が迸る。
それはミーハの背中から飛び出した。
前へと倒れる彼女の背中から、進行方向へと真っ直ぐに伸びる弱くか細い破滅の光。メレディエリの肩口に突き刺さった光条は、内から弾けて標的を吹き飛ばす。
その衝撃に、ミーハを呑み込もうとしていた暗黒とメレディエリとの接続が切れた。
ワームホールが解除され、元の床に戻ったところへミーハが倒れ込む。
鏡映しの"メレディエリ"には能力が二つある。
一つは複製。自己を際限なく増殖させられる。それは神にも届き得る悪魔の所業。理を乱す奴自身の罪の証。
それからもう一つが時空間侵食。無から有を生み出すためのエネルギーを、メレディエリは時空間への侵食から用意している。早い話が余所から引っ張って来ているのだ。暗黒はただの副産物。侵食された時空間の跡形である。
持っていたエネルギーで時空間を侵食してそこからエネルギーを引き出し、それを用いて自己を複製し、空いた分で更なるエネルギーを持ってくる。メレディエリはそのような真似をしている訳だ。
つまり、奴は複製も時空間侵食も一度始めたら止められない。止めてはいけない。自転車操業なのだ。途切れた瞬間に破滅する。
ミーハとて理解してのことではない。知らぬのだから当然だ。
だが、メレディエリが何かしらのイカサマを働いていることは確信していた。そのイカサマを止めてやれば、取り立て屋が出てくるのは自明の理だ。
ミーハからの想定外の反撃によって、メレディエリのサイクルは僅かな時だが邪魔された。すぐさま再開されたものの、影響はメレディエリを確実に蝕んでいる。
複製の不全が発生していた。四肢の欠損、平衡感覚の欠如、エトセトラ。人型ならざる人型が緩慢に生成される。不具合はメレディエリが抑えきれる範囲から逸脱を始めていた。
「大丈夫ですか!?」
セリとサラがミーハを助け起こす。
彼女の四脚は前脚部分が消失していた。暗黒に呑まれたためだ。
「……今のは何?」
柚柚華は油断なくショットガンをメレディエリへと構えながら、悶え苦しむ人型に戸惑っているようだった。
「どっちのこと?」
「……とりあえずビームの方から」
「ああ、あれは簡単さ。ベスピナエを搭載したままだったからね。最大出力でズドン、とやってやったんだ」
突然の襲撃に飛ばすだけの余裕がなかったこと。あまりの数に群がられないよう発進を控えたこと。動力室のスペースの無さから運用を諦めたこと。
偶然がうまく働いての戦果であるが、そこはぼかしてミーハは笑った。
結果オーライである。
「ニードルガンは?」
「手をつこうとしたら持っていかれてさ。ヤになっちゃうよ」
ハハハ、とミーハは力なく笑う。
左腕は上下ともに肘より先が失われていた。右手は無事だが、斬機刀も半ばほど消失している。
柚柚華は人型を指差すが、そちらはミーハにも答えようがない。肩をすくめて首を振れば、柚柚華も追及の手を止める。
応急処置としてエネルギーの漏出を止めてもらったミーハは二人に礼を言い、それから予備として持っていた短針銃へと持ち変える。
「さて──」
複製体は本体の不調に影響されてか、次々と動きを止めていく。自立しているのはたったの三体。それらが悶え苦しむ本体の元へと集まった。
試しに、とセリが撃ち込んだ銃弾は噴き出した暗黒に呑まれて消えた。
邪魔は許されないらしい。
「──第二段階みたいだね」
夥しい数の複製体が同時に粒子へと変じた。
合わせて暗黒が緞帳のように持ち上がる。
『──"WARNING"! 時空間への高次侵食を確認。■■■■粒子が急速に溢れ出す。ティエラジェネレータへの干渉が発生。活動限界まで残り五分』
『──"CONFIRM"! 星食み"ロゾル"の各動力室と紐付けられた"メレディエリ"、"ビアッゾ"、"オゴ"、"ユーギェン"を撃破せよ』
『──"NOTIFICATION"! 鏡映しの"メレディエリ"が真の姿を現にする』
『三面鏡"メレディエリ"』というそれは、とても人とは思えない姿をしていた。
地についた二本の足までは良い。視線を上げていくと、奴は腰の辺りで分岐しているのだ。
一、二、三、四。一つの身体に四つの胴体。向かい合うように、花開くように。
そして、強引に繋ぎ合わされた身体が中央に戴くのは暗黒の瞳。
中空に浮かんだ瞳は時空間を認識するためのもの。そこから涙のように赤黒い粒子が滴り落ちる。
ミーハはその赤黒い粒子に見覚えがあった。
似たようなアナウンスもその時に聞いていたはずだ。
「オグテデフと同じか……」
かつてオアシスで戦ったボス、その第二形態とよく似ている。見た目ではなく纏う雰囲気の話だ。
みるみるうちに空間が汚染されていく。赤黒く染まっていく空気にサラと柚柚華は一歩後ろへ引いた。
言い様のない圧迫感に気圧されたのだ。
ミーハもそれは感じている。オグテデフの時に経験をしていなければ、きっと戸惑ったに違いないだろう。
複製体が倒れたことで解放された先導隊がミーハたちに合流する。
彼らもまた困惑を露にしながら、しかしそれを問いただす真似は控えるのであった。
「前は任せるよ! 後ろも任せる! アタシは放っておいていいから!」
ミーハが一声放つと、ハッとしたように先導隊の面々は各々の役割に合わせて動き始める。
前衛はサラと柚柚華、それから先導隊のボレスとサッチマーだ。
後衛はセリ、先導隊からは非情Belleとイシュ・ケリヨト、ニレが担う。
暗黒の瞳がギョロリと辺りを見回し、メレディエリが身震いした。
「来るぞ!」
攻撃の予感にボレスが叫ぶ。
先手を打つために前衛が走り出し、メレディエリの判断を乱そうとする。
瞬くマズルフラッシュ。
サブマシンガンが、ショットガンが、アサルトライフルが。それぞれ銃口から弾丸を吐き出し、しかし全てが不可視の力場によって軌道を歪められてしまう。
後衛もただ見ていた訳ではない。
ビームならばと照射をしたり、ジャミングと迷彩により撹乱を狙ってみたり。セリは狙撃姿勢を作るためにミーハの背後に回り、ミーハは盾と観測手を担当する。
──そしてメレディエリが動き出す。
まず狙われたのは柚柚華だった。
跳び上がってからの叩きつけ。弾丸を物ともしないで迫るそれを、柚柚華は後ろに転がって回避する。
だがさらにストンプ、薙ぎ払い、ストンプと連続して攻撃が行われ、柚柚華の足が踏み砕かれた。
「このッ!!」
柚柚華は苦し紛れに引き金を引く。至近での散弾は逸らしきれずにメレディエリの左太股を叩いた。
効果は薄い。だが、命中した。
「近づかないとダメなのか!?」
「結論急がない! とにかく試してみよう!」
ボレスが嘆く。
それをサラがたしなめた。
彼女は弾丸をばらまきながらメレディエリの方へ駆けていく。
ぎゅるん、と瞳が回りサラを捉える。
それを待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべ、サラは小さな筒のような物を放り投げた。
「スタングレネード!」
その声に、イグナイターらは保護機能をオンにした。
直後、百万カンデラの閃光が辺りを白く染め上げる。まともに見てしまえば失明を免れないような光の爆発も、相手が機械生命体となれば話は別だ。すぐに復活するに違いない、という確信を胸にサラはその場を飛び退いた。
まるで見えているかのように、サラの居た場所を狙ってメレディエリが叩きつけを行ってきたのだ。
間一髪、それを躱した彼女は右手一本でサブマシンガンを乱射しながら、左手でスイッチを押した。
スタングレネードは注意を引き付けるための見せ札。サッチマーが柚柚華を回収し、立ち上がれるように応急処置をするための時間稼ぎが彼女の狙いだ。
スイッチにより起動したトラップがネットを射出する。足元からの攻撃とも呼べない抵抗は、しかしメレディエリの動きを止めて見せた。
至近からでは射出物を逸らしきれない。ネットは足に絡み付き、それを引き剥がそうとメレディエリがその場で暴れる。
網はすぐに千切られてしまった。だが、役目は十分に果たした。
ボレスによる突撃銃での接射。
メレディエリにこれは防ぎようがない。
たっぷりワンマガジン吐き出しきった彼は、勝ち誇って言った。
「俺たちの勝ちだ」
その瞬間、その場の誰もが思った。
やってしまった、と。
「さ────」
下がれ、と警告は間に合わない。
後衛が叫ぼうとした時には既に遅かった。
あっという間にボレスは死んだ。
倒れなかったメレディエリに全身を握り潰されて、引き千切られて、毟り取られてバラバラにされた。
『──残り四分』
無情にも、カウントダウンが進んでいく。
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