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44話:鏡像


 ──パンッ、と乾いた音一つ。




 動力室へと飛び込んだミーハたちは壁際のモニュメントを守るように立つ人影を見た。

 針金のように細い手足、三角形の身体と異様に小さな頭部。明らかな異形、人の形を真似ることしか出来ない怪物の姿だ。

 味方ではない。イグナイターとしての識別が出ない以上、間違いなくセィシゴであるのだから。


 だからミーハは躊躇うことなく撃ったのだ。

 左手の短針銃で。牽制のつもりで。


「……え?」


 果たしてその結果は、大方の予想を裏切るもので……。

 人型は躱す素振りも防ぐ素振りも見せることなく、ただ無抵抗に撃ち抜かれて倒れるのであった。


 扉の開いたままロックして退路を確保した先導隊が合流する。五人がそろそろとミーハたちへと近づいてきた。


 人型は全く動きを見せない。

 物言わずに倒れて、それきりだ。


「状況は?」


 先導隊を率いていたヨシムネがミーハに問う。

 彼の問いにミーハは見ての通りだと答えた。


「これで、終わりなのか……?」


 あまりの呆気なさに先導隊の一人がぼやく。

 そうは言っても人型に動きがない。


 釈然としないものを感じつつ、ミーハたちは人型に近づいて行く。先導隊の五人は入り口付近で安全確保だ。

 ミーハが目配せすれば、三人は終わりだなんて欠片も信じていない目をしていた。


 黒く焦げたような色合いの人型は、胸に針を突き立てたまま仰向けに倒れている。四人の接近に反応を返さない。

 試しにミーハが斬機刀で突いてみたが、それでも沈黙を貫いたまま。まるで死体のようだ。


「……変ですね」


 セリが呟く。


「どうして消えないんでしょうか?」


 撤退。ミーハがそう叫ぼうとした瞬間だ。


 天井が一斉に剥がれ落ち、大量の人型が頭上から土砂崩れのように殺到してくる──。






 ミーハが思うに、物量で押されるのが一番大変だ。

 弾薬にも体力にも耐久力にも限りがある。

 だと言うのに、相手が数の暴力で蹂躙しようとしてくれば、イグナイターにはどうしようもない。

 何故なら参戦している人数という限界があるからだ。それは総数の話でもあり、限定空間での話でもある。そう、例えば今この状況もまたそれと同じ……。



 モニュメントを背にして陣形を組む。

 ミーハが前、左をサラ、右を柚柚華が受け持ち、セリが後ろから援護をする。

 長くは持つまい。先導隊の五人も囲まれる位置取りだが、それ以上にミーハたちのポジショニングが悪すぎる。奥に押し込まれた現状、ほぼ全てが敵なのだ。


(──それでも)


 それでもミーハの闘志は衰えない。

 彼女は光明を見出だしていた。


 人型が雪崩込んでくる一瞬、ミーハは確かに見たのだ。

 『鏡映しの"メレディエリ"』。

 ボスとしての表示は逃れ得ない『Mechanical Microcosm』の摂理によるもの。それがあったと言うことは、少なくとも戦う想定が為されていることには違いない。


 振るわれた斬機刀が人型を破断し、放たれる銃弾が手足をバラバラに捥いでいく。


(……弱い)


 メレディエリの恐ろしいところは閉所での力押しか。ミーハはそのように判断する。

 火力が低めに設定されているサブマシンガンでも数発で倒せるのだ。サラは二丁で楽しく弾丸をばらまいている。トリガーハッピーな弾幕によって左側の処理は安定だ。

 柚柚華だって負けてはいない。ショットガンを器用に振り回し、鈍器と銃器を行ったり来たりだ。殴りつけることで五、六体をまとめて至近距離でズドン。少ない弾数で片付けていく。



 ──だが。



「……嘘!? 補充されてます!」


 セリからの悲痛な報告。

 一向に減らない人型は、ミーハたちが倒すよりも早くに増殖していた。

 直に動力室そのものが埋め尽くされる。どれだけ倒そうと物量で押し潰されるのだ。


「吹っ飛ばす!?」


「まだ!」


 サラの持ち込んでいる爆発物は虎の子だ。脱出するにせよ、ボスを叩くにせよ、使うには確実を期したい。

 ミーハは逸る彼女に待つよう命じつつ、打開策を練る。


(単純に考えよう)


 積み重なったタスクをそれぞれ切り離し、簡単な問題に変えていく。


 まずは動くか否か。

 これは簡単だ。この場に留まれば死が待つ以上、動く一択である。


「合図をしたら動き出すよ! 遅れないでね!」


 ではどこへ向かうのか。


 力任せに破壊した人型の群れの向こうに密集した塊が見えた。ミーハはその人型の集まった塊が一つでないことに気付く。


(一時方向には先導隊が居るはず。なら十時の方にある塊は?)


 ミーハたちの正面に出入り口があった。そちらが十二時の方向として、先導隊はそこからあまり離れていないはず。

 そう考えると、もう片方には何が居るのか。


 猶予はない。

 じきに単純な数の力で圧死させられる。


「セリ! 十時の方向、塊、距離を教えて!」


「──えっと、三十メートルはないです! 二十、八メートル!」


 動力室はやたらと広かった。その理由に今さらながらミーハは思い至る。ここはキルゾーン、あるいはバトルフィールドなのだ。

 ボスに抗うためだけにこれほど大きな空間なのである。


「サラ!」


「オッケー! 用意してあるよ!」


「柚柚華!」


「後ろ、任せて!」


「セリ!」


「いつでも動けます!」


 ミーハが声をかければ、心得たと言わんばかりの頼もしい返事が飛んでくる。

 にっ、と歯を剥いて笑った彼女はすぐさま合図を出した。


「カウント、3!」


 素早くサラが何かを投擲する。狙いは足元、転がすように。

 人型の群れの中に放られたそれは、すぐさま飲み込まれて見えなくなる。

 それは用意してあった爆発物だ。

 M87手榴弾と言う。


「2!」


 閉所での爆発物の使用は推奨されない。理由は当然、危険であるからだ。

 自爆、誤爆、誘爆。考えられるアクシデントは多岐に及び、そのどれもがゲーム内でも再現されている。


「1!」


 特に動的オブジェクトが密集しているエリアでの使用は自殺行為とも言われている。アクシデントの可能性が桁違いに跳ね上がるのだから。

 そもそもそのような状況下では爆発物の使用許可がまずおりないだろうが。

 つまり、無茶な事例であるのだ。今のミーハたちの状況で手榴弾を使うのであれば、それこそ自決にしか用いない。


 だが、サラはその無茶を通して見せた。


 投じられた爆弾は人型の足元を転がり、時に不規則に跳ねて、奥へと進んだ。恐ろしいほど精密に、狙い通りに。


「──0!」


 そうカウントしたと同時。

 ミーハは盾を構えながら突撃を始め、手榴弾が敵の海に穴を空ける。

 サラたちが爆発の衝撃に動じることはない。ミーハが庇ってくれると知っている。


 吹き飛んだ人型には目もくれず、ミーハは盾と剣を頼りに強引に道を開く。後に続くサラが弾幕で道を維持し、セリと柚柚華がそこを走り抜ける。


 完全な力押し。

 動揺を誘う一撃が見事に決まった。

 あっという間に包囲を打ち破る。



 ミーハの目が統率個体の名称表示を捉えた。

 『鏡映しの"メレディエリ"』というネームが浮かんでいなければ、他の人型に埋もれて分からなかっただろう。まるで同じ姿、まさしく鏡映し。

 ボスに似つかわしくない弱々しい姿そのままに、鈍い動きでミーハたちに対応しきれていない。


(このまま引き潰す──)


 ミーハが踏み込もうとしたその瞬間だった。








 突如としてミーハを襲う浮遊感。

 それは階段を踏み外した感覚に似ていて。

 スコン、と抜けた足元に、彼女は落下を予感した。



 剣先は届かない。前へと進む勢いなど失われた。


 確認する余裕などない。ミーハに許されるのは一挙動のみ。



 刹那の内に終わりがやって来る──。







ご覧いただきありがとうございます。

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