43話:召集
──アップデートから六日目である。残りは四日だ。
ミーハたちは森にある転移装置の前に集まっていた。ちなみにこちらは晴天だ。
円環を囲む全てが敗残兵である。いやさ、既に敗北を喫し一度は命を散らせている彼女らは敗残兵ですらないだろう。
彼ら彼女らは死兵となって、推定ロゾルの攻略を行うことになる。
総勢五十一名。
バルサミ=ゴ酢によってかき集められたイグナイターは、一丸となってとある目的に邁進する。
それはミーハたちを最奥へと送り届けること。
一番奥の情報は不足している。だが、十中八九難敵が待ち受けているだろうと予測が出来た。そのために、ゴ酢は精鋭を当てる策を立てた。
三隊に分かれたイグナイターたちで道中の安全を確保。極力消耗を減らした状態でミーハたちを目的地まで進ませた後に、余力のある部隊から順次合流を果たす。
大筋はこの通り。
ゴ酢はそこから担当区域やメンバーの割り振り、指示役の指導などをこなしたがそれは良いだろう。
大切なのは、ミーハたちの背中が多くの人によって支えられているということである。
「──緊張しますね……」
へらりと力なく笑ったセリに、柚柚華は困ったように肩をすくめて見せた。
セリのふんわりとした髪は心なしかボリュームを失っているように見え、その顔色は緊張からか白く、また表情は強張っている。
ミーハが確認すればサラも同様であり、柚柚華も落ち着きなく周囲の様子を伺っていた。
(……これは良くないね)
三人は集まったイグナイターたちの熱気に乗りきれていないのだ。むしろプレッシャーとして受け止めている。
萎縮した仲間たちをどのように励ますか。ミーハは数瞬静かに悩み、それから辺りに視線を巡らせた。
目立つ物はと言えば、この場ではあれしかあるまい。ミーハは唯一と言って良いオブジェクトに視線を向けた。
それから彼女はゆっくりと身体を沈ませてから瞬間的に内蔵されたスラスタを展開、ぐうんと大きく跳躍してみせた。三メートルを超える巨体が嘘のように宙を跳んだ。予想外の動きに誰もが目を丸くする。
イグナイターたちの頭上を越えて、転移装置の円環の上へと彼女は着地した。
何だ何だ、とイグナイターはざわめきながらミーハを仰ぎ見た。今の動きだけで実力を測れるような連中ばかりが集められていたために、自然と皆が注目している。
ミーハが斬機刀を掲げると、彼らはピタリと動きを止めて言葉を待った。この察しの良さこそが、ゴ酢の選ぶ基準となっていたことを誰が知っていただろうか。
「さあ、アタシらが楽しんでいるところを見せてやろうね」
ただ一言。それだけでイグナイターたちは理解した。
誰に見せる? 決まっている。仲間たちに、それからこの世界を用意した運営にだ。
感謝とともに、こんなに楽しいんだと全身で表現する。それだけで十分であるのだ。
まずは楽しく。
それが何よりも優先される。
セリたちの元へ戻ってきたミーハはにっこりと笑いかける。
ゴ酢から託された期待、集まったイグナイターから寄せられた期待。それらは大切なものであるが、自分の楽しさを二の次にしてはいけないよ。
彼女は三人に向けてそう言った。
「なんか、大人みたいだね」
うっすら赤くなった頬を誤魔化すように、サラがミーハのことを茶化す。
「ああ、大人だとも。アタシは大人だから、こういう時くらいは頼って良いんだよ。慣れてるからね」
何故か周囲がどよめいた。
セリとサラは目を逸らして地面を見ている。称賛の眼差しを向けているのは柚柚華だけだった。
ミーハがむっとした表情を浮かべて辺りを見回すと、誰も彼もがサッと視線を外す。
その内に、転移装置が起動されて周囲は青の光で満たされた。
◆
イシュ・ケリヨトはしがない一般人である。
さして強くない、さりとて珍しい装備を持っているわけでもない彼は、運の良さだけでそこに居た。
偶然、本当にただの偶然で連盟に知り合いが出来た彼は、指示に従えるからという一点で『森の転移装置攻略戦』に召集された。
(なんか凄いイベントだから来たってのに……っ!)
本音を言えば、彼もロゾル本体の方へ向かいたかった。だが、手持ちの武器では有効打になり得ないことを知り、活躍を諦めたのだ。
どうせなら良いところを見せたい。それは当然の思考で、数十分前の自分を責めるに足る軽々しさだった。
爆音が響く。
怒号が、炸裂音が、砕ける音に、叫ぶ声。
波濤のように押し寄せる敵の群れに、嬉々としてそれへ立ち向かう仲間たち。
──そこには彼の知らない地獄があった。
その只中を駆ける四人に追随してイシュ・ケリヨトも必死に足を動かす。
成り行きで着いて行くことになった彼は幸運なのかどうなのか。
四人は鏃だ。撃ち込まれた矢の先は切り裂くように敵群を貫いていく。
彼女らの作戦の成否が今後を左右する。そう聞いたイシュ・ケリヨトは重圧に震えた。我が事でない彼であっても、彼女らの肩にかかる重みを想像するだけで気持ちが低迷する。
なんと恐ろしいことか。
しかし四人の足取りに淀みはなく、後に続くイグナイターの士気は高い。
真に先頭なのは別のイグナイターたちであるのに、誰もが四人の動きに追従する。
この場の戦士たちの頂点は決まっているのだ。序列が形作られていた。
どうしてか、自然と彼女らを上へと戴いてしまったのだ。
有名だからか?
イシュ・ケリヨトは一瞬そのように疑念を抱く。だがそうではないと彼は知っている。
掲示板をろくに見ないイシュ・ケリヨトですら彼女たちを知っている。それは知名度の高さを物語っているのだが、後ろを走っている最中の彼はそこに魅力がある訳ではないと理解していた。
──背中だ。
何をも置いて、ただ前へと進むことしか考えていないその背中が美しいから、追いかけたくなってしまうのだ。
イシュ・ケリヨトは、四人の少女の中でも先導を務めている四脚の乙女を見た。
彼の瞳にはどうしようもない熱が浮かんでいる。
彼女だ。
ミーハという彼女が、四脚を自在に駆る彼女が、三つの腕で多彩に武器を操る彼女が、余人には許されぬ正道を外れた強さの彼女こそが。
この場この作戦のみならず、連盟の思考の中心に据えられている。
「ふひ」
イシュ・ケリヨトの口から笑みが漏れる。
凄いなと、憧れると。称賛が口をついて出そうになるのを手で塞いで抑え込んだ。
今はその時ではない。今はまだ。
蹴散らしても蹴散らしても湧いて出てくるセィシゴの群れを、数と装備のごり押しで捩じ伏せたイグナイターたちは、ついに動力室へと辿り着いた──。
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