42話:悪辣
降り注ぐ豪雨の中、バルサミ=ゴ酢は信じられない話を聞いた。
「全滅だって!?」
思わず聞き返してしまう彼を誰が責められようか。それほどに想定外の事態だった。
──アップデートから六日。
タイムリミットまでの折り返しを過ぎてなお、『星食み"ロゾル"』の攻略の目処が立っていない。
手順は判明しているのだ。
外で引き付けている間に中へと侵入して、ロゾルを内側から破壊する。
言葉にすればひどく簡略なそれも、実際に行うとなれば話は別だ。ようやく目的地らしき場所に辿り着いたという報告をゴ酢が受けたのは、最初の部隊が侵入してから数日過ぎてからのことである。
四基の転移装置からは続々とイグナイターが送り込まれている。戦力は十分だと誰もが思っていた。むしろ外でロゾルの注意を引く役割が不足するのでは、そんな懸念が持ち上がっていたほどだ。
その懸念は杞憂ではなかった。いや、そもそも注意を引くことなど出来ていたのか。
ゴ酢が期待していた面々も含めて皆がロゾルから叩き出されてしまった。
彼は改めて敵の威容を見る。
視界も霞む土砂降りの中、ゴウンゴウンと地鳴りのような音を立ててロゾルは掘削を続けていた。
背に生えた十二本の煙突からは絶えず黒煙を吐き出し、見ていて目が眩むような複雑な機巧が常に稼働している。唸りを上げて回転する歯車。蒸気圧で動くピストン。縦横に巡らされたパイプからは余剰分のガスが吹き出し、巨体の周囲に小さな雲を生んだ。駆け回る台車がパーツを運び、ロゾル自身が体を組み立てて増設していく。
巨大な工場が一つの生命体となっていた。
そうして止まらずに大穴を掘り進める。
奴が星の中心を目指しているのは明白だ。そこに届いた時に果たして何が起こるのか。
ゴ酢はそれを目にすることなど御免だった。勝てないゲームのなんと虚しいことよ。
視線をロゾルから離さずに、ゴ酢はメニュー画面を立ち上げてフレンド宛にメッセージを記す。
報告連絡相談。これらはどこでも有効だった。少なくともゴ酢の知る限りでは。
まずは報告を集める。ゴ酢が聞いた話では全滅とのことだが、もしかすれば誤りであるかもしれない。こういった時のために彼は普段から交友関係を広げているのだ。正しい情報へアクセスするためのアンテナの感度を高く持っているのである。
それから連絡だ。やはり力任せな動きを許してくれるほど甘い相手ではない。この点はゴ酢の判断ミスだ。イグナイターを主導しないことで自分たちの立場を守ろうとしていた。声の大きな連中に手柄をくれてやれば目の敵にされることも減るかと思ったのだ。しかしそれは違う。誰の目にも明らかな活躍をして連中を黙らせる方を選ぶべきだった。ゴ酢は無意識の内になあなあにしようとしていた。実生活で出来ないからこそ、せめてここでは誇り高くあるべきだったのに。
報告を求めるメッセージと連絡事項をまとめるメモを並行して用意したゴ酢は、思い当たる限り片っ端からフレンドに助けを求めた。
ここから自分たちがまとめ役を担うと告げ、ガンガン陣営へと引き込んでいく。
停滞と後退。それらを好む人間は少ない。
彼らはゴ酢たちが先頭に立つことで事態が前進するのではと期待した。
少々強引になっても事を進めると決めたゴ酢は、驚異的な速度でグループをまとめ上げた。
情報集積と分析と指示と実働。主に四つの班へと分けて、メンバーを素早く割り振る。
転移装置はまだ一つも攻略できていない。ゴ酢はまず森から始めることにした。
「どうしてだ?」
合流した『ウス異=本連盟』の仲間であるにゃるらとホイップが、ゴ酢にその理由を問う。とは言え彼はおおよそ察していて、これは思考を共有するための一種のパフォーマンスであった。
「まずは勢いをつけたい」
普段より幾分か真剣みの増したゴ酢の声色に、集まった仲間たちの表情が引き締まる。
「スタートで弾みをつけて後は流れで……。そういうやり口なのは分かるがなんで森なんだ? すぐそこのじゃダメなのか?」
「森が一番奥まで進んでる。ミーハたちだ。彼女らのバックアップをして一気に押し込む」
「鉄砲玉やな」
「支援を途絶えさせないからビーム砲さ」
ゴ酢の言いように仲間たちはケラケラと笑う。彼女たちを使い捨てなどにする気はない。それは皆が分かっていた。
「打診はしてある。召集もかけた。あとは応援部隊と本命とを送り込むだけ」
「掲示板で話を広めておくか」
「実況させてお祭り騒ぎにするのもありじゃろ」
連盟の面々はそれぞれ自身のやることをリスト化していく。
ゴ酢の役割は統括だ。この状況を作り出した者として、まとめ上げてゴールへ運ぶ責任がある。
寄せられた報告からいくつか分かったことがあった。
まず、内部にはセーフゾーンが存在していること。これは転移装置が見つかった日の内に判明していたが、さらに付け加えて模様替えが一定周期で行われると分かったのだ。リスポーンポイントに設定出来るものの、三日ごとにその設定が破棄されるとなれば短期に集中して攻略していく必要がある。
それから、出現するセィシゴのパターン。
"鶏"、"豚"、"牛"、"馬"、"羊"。どれもが家畜だ。
これらは元々、ゴ酢を初めとした幾人かからの注目を集めていた。
造形が複雑すぎるからだ。
衛星基地までの道中で姿を見せた連中は、ほとんどが単純な図形と言って良い。それが突然高度な生命体を模したものになったことに彼らは頭を悩ませていた。理由はまだ分かっていない。それでもいくつか察するところはある。
"オグテデフ"というセィシゴが居た。名前つきでオアシスに出現するボスだ。ゴ酢も最近知ったことだが、あれの真の姿は人型であるらしい。
ロゾルは本命ではない。その内部に潜む人型のセィシゴ。倒すべきはそちらだ。ゴ酢はそんな直感を抱いていた。
それと、転移装置の繋がる先は動力室らしき部屋だと言う。そこで何者かに襲われてしまったということでその先の情報は無いのだが、どうやら行き止まりであったようなのだ。
ゴ酢の予想では──ゴ酢だけではないが──動力室に加えて、ロゾルの動きを制御するための管制室が存在するはずだった。あって当然だろう。あれほどの巨大構造物だ。
しかしそこへの道が見当たらない。
「一つ、考えがあるんだけど」
「なんだよ、どうした?」
ゴ酢はマップを指差す。そこには四つの転移装置とそれらを結んだ直線が書き込まれている。
彼の指はその直線をすうっとなぞり、ロゾルを越えて真っ直ぐに進んでいく。
「ここだ」
そう言ってゴ酢がマップの一点をトントンと叩く。ロゾルを跨いだ延長線上、ゴ酢たちの居場所の真反対だ。
そこには小さな池があった。
「……まさか」
「いや、ただの池じゃ?」
「けど怪しくない?」
戸惑う連盟員にゴ酢は更なる混乱の元を叩きつける。
「この場所をリークする」
彼の元へ一斉に視線が集まった。
怪しいなら調べれば良い、と連盟の仲間たちは意見する。
ゴ酢はそれを聞いて頷いた。それから首を横に振った。
「一から十まで自分たちでやる必要なくない?」
彼が言いたいのはこうだ。池の探索は他に任せて、今ある転移装置の攻略にリソースを集中させるべき、と。
それからこうも言った。
「いざとなればブン取れば良い。そうでしょ?」
連盟員は絶句した。
あまりにもあんまりだ。
だがしかし、風評を気にせずに行動するのであれば。
「……出来ますな」
「ああ、やれるな」
「良いのか!? さすがに卑劣だろ!」
「うるさいの、仮の話じゃろうに」
あくまで次善の策としてこっそり大義名分を探しながら、まずは転移装置の攻略に向けて動く。
連盟はその方向で一致した。
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