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39話:観察


「あらら、呆れるほどに大きいね」


 渓谷を越えてすぐの位置からでも目に入る威容に、ミーハは半笑いだった。

 それもそうだろう。数キロ先からでも明らかな人工物。林立する塔とその土台である小山のように大きな"何か"はゆっくりと、だが確かに蠢いている。ビル街そのもののような超巨大構造物が丸ごと敵なのだと思うと、流石のミーハも遠い目をせざるを得ない。

 どう見ても正面から戦うような相手ではないだろう。あれはそんな次元に存在していない。

 針の刀で象を殺せるのか。そのような例え話とも比べ物にならない。

 人はあまりにもちっぽけだ。


「いやはや、どうすんのよ。……ねえ?」


 ミーハは傍らに立つバルサミ=ゴ酢に視線をやった。彼とて苦笑を隠しもしない。お手上げであるからだ。

 あんなサイズの暴力を捩じ伏せられるイグナイターはまだどこにもいない。


「まあ、動き出したら弱点とか分かるんじゃないかな」


 投げやりに答えるゴ酢に、ミーハはその心を問う。あのデカブツは動いているように見えるのだが。


「まだあれ休眠状態みたいでさ。こちらが手を出しても無反応なんだ」


 多分アプデ入ったら動きあるんじゃない?

 ゴ酢は直近に控えたアップデートを示唆する。

 なるほど、とミーハは頷いた。恐らく彼にはその仮説を補強する情報が用意出来ているのだろう。だからこそこうも余裕がある。


 ミーハは視線をデカブツの下方へと移す。バイザーの望遠機能で拡大すれば、そこには複数のイグナイターが居ると分かった。

 戦っているのだ。……見る限り、全く相手にされていないのだが。

 ゴ酢がその彼らにまるで注意を払わないのは、ちょっかいをかけたところで無駄と知っているからだろう。

 ミーハだって一人ならあの中に加わっていたかもしれない。そうでもないか。流石に考えなしで近寄る真似はしないだろう。大きいというだけでミーハの警戒心を煽るのに十分だ。身動ぎ一つでこちらを圧殺出来るような相手の下に潜り込むなど正気の沙汰ではない。




「ところで」


 険しい顔をしてデカブツを観察するミーハに、ゴ酢は笑顔で声をかける。

 彼はミーハの左腕があった(・・・)場所を見ていた。


「いつまでそのままなのかな?」


 "鶏"相手に左腕を投棄(パージ)したのが昨日だ。降星城に戻って他のパーツの手入れを済ませているのに、欠損をそのままにしているのはおかしな話であった。交換なり何なり済ませれば良いのだから。

 それをしないだけの理由があるのかと、ゴ酢は視線で探っていた。


 彼は知っている。

 森の転移装置のことをミーハから伝えられた時に、セィシゴによって彼女の左腕が破壊されたことも聞き出したのだから。


「その内戻すわよ」


 ミーハは素っ気なく返した。

 何でもかんでも開示する気はない。


 ゴ酢もその辺りは弁えている。細かな詮索はマナー的にご法度だ。

 彼は軽く頷いて話題をアップデートに戻す。


「天候が追加されるらしいけどそちらへの対応は大丈夫かな? 何なら伝手を紹介するけど」


「ありがたいけれど必要はないかな。最近、腕の良い職人と知り合えてね」


「へえ。それこっちにも紹介してくれない?」


「伝手を辿ってみては如何かしら?」


 アップデートの目玉要素に挙げられるのは天候だ。基本が晴天で風のあるなしくらいしか変化のなかった現状に、雨と雷が追加される。それがどの程度影響するのか。イグナイターたちは大きな関心を持っていた。

 気の早い者では既に対策装備を売りに出すほどだ。

 ミーハにも一つ考えていることがあった。


「……分かっていると思うけど、ビーム兵器の運用が難しくなるよ」


「まだ未確定でしょうに」


 そうは言いつつミーハも同意見だった。



 ビーム兵器は人気の武装だ。その格好良さとロマンは人を惹き付けて止まない。

 だが、同時にとても扱いの難しい武装でもある。

 大気圏内での運用は、ビームの減衰と拡散を招く。しかしこれまでは主となる戦闘距離の短さが良い方向に働き、悪影響に関しては目を瞑ることが出来ていた。砂嵐の時を除いて。

 しかし次のアップデートにより追加される雨や雷は、ビーム兵器にとって無視できないファクターになるものとイグナイターたちに目されていた。ビームの減衰や拡散に大きな働きかけをするだろうからだ。



「ここで使いにくくなるのは痛手だけどさ。これって宇宙での戦闘も視野に入っている裏返しだと思わない?」


 ゴ酢はにんまりと笑う。先を見通す彼の瞳は、既にこの『α-vida』を飛び出してからのことに釘付けだ。賢しげな笑顔は小憎たらしい。

 この様子では宇宙空間での活動に向けて準備を始めているのだろうと、ミーハにも軽く予想が出来た。


「……足元を掬われたら盛大に笑ってあげるわ」


 小柄な彼を見下ろして、ミーハは呆れたように言った。いや真実、呆れていた。

 彼女の心配をゴ酢は笑い飛ばす。そんな時は来ないさ、と。







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