38話:蜘蛛
外部装甲の展開と内蔵スラスタの露出、その稼働による爆発的な推進力は停止状態にあるミーハをコンマ二秒で最高速にまで届かせる。ただの踏み込みでは成し遂げることの叶わないその挙動は、その場の誰をも置き去りにした。
動き出した、と認識した次の瞬間には間合いを食らい尽くしているのだ。"鶏"のセィシゴすらも反応出来ずに白刃が喉元へと迫る。
──直後、鈍い音とともに双方が弾き飛ばされた。
轟音だった。
あの瞬間、金属を打ちつけた音に擦れる音とひしゃげる音。歪む音に貫通する音とが同時に重なりあっていた。あまりの不協和音に耳が痛む錯覚を覚える。
まるで車の衝突のような、実際それに近しい出来事であるのだが、耳障りで肝を冷やす音が部屋を揺らしたのだ。
そうして、莫大な運動エネルギーを受け取ったセィシゴは部屋の外へ吹き飛び、ミーハは壁際の円環すぐ手前まで転がされた。
「ぅぐ……、やってくれるっ!」
軋みをあげながら起き上がるミーハ。彼女の左腕はだらりと垂れ、盾として機能するはずの装甲には大きな穴が開けられている。
ベスピナエの格納部まで破壊されていた。
対するセィシゴは無傷といかないものの、その身に余裕が溢れている。四枚の翼を広げ威嚇する姿は意気軒昂そのもので、首に傷こそあれどまだまだ健在であった。
ミーハの斬機刀はセィシゴの鱗を砕いたものの、外骨格を形成するフレームによって刃を止められ、さらには柔軟な構造によって衝撃を和らげられたことで致命傷とはなり得なかったのだ。
それまでのセィシゴとは一線を画す耐久性に、ミーハたちの顔が険しくなる。
衝突の瞬間にミーハは見た。
セィシゴの反応は上回っていたのだ。しかしそれでも反射は振り切れなかった。
その頑強な機体でミーハの攻撃を受け止めながら、カウンターで右脚の蹴りを"鶏"は放ったのである。強烈な一撃は、ミーハを左腕の盾ごと吹き飛ばしたのが先のやり取りの真相だ。
──ガチャン。
ミーハは左腕の接続を切り、重石となった鉄クズを投棄する。
その瞬間に生まれた隙を狙い、踏み込もうとするセィシゴ。しかし同時にセリと柚柚華が発砲することでその出足を挫く。威力ではなくタイミングで動きを阻害するのだ。
立ち止まったセィシゴへサラが何かを投げつける。
パッと広がる投網。セィシゴを絡めとるも、ほんの数秒で引き千切られてしまった。
だがその間にミーハは体勢を整えていた。
左腕の投棄を終えて、さらには脚部に修復キットを使えるだけの猶予が生まれたのだ。バハードゥルの内蔵スラスタは消耗が激しい。こまめな修復が必要なのだ。
息の合った連携に足を止めたセィシゴは低く唸りながら四つの翼を広げて威圧する。
その体を覆う鱗は弾丸を弾き、火花が宙を舞った。
サブマシンガンでは威力が足りず、ショットガンでも鱗を砕くには至らない。セリのライフルは辛うじて通用するラインにあるが、有効打とまではなり得ない。セィシゴを打ち倒せるだけの火力に届かないのだ。
外骨格のフレームを破壊出来る可能性があるとすれば、──それはミーハの特大剣しかないだろう。先ほどフレームに刃が食い込むところまでは行ったのだ。威力を逃がされなければ叩き割ることも視野に入る。
ミーハは下がり、決定的な隙が生まれるのを待つことにした。三人ならそれを作れると信じて。
柚柚華が前に出る。ショットガンで鼻先を抑えるのが彼女の役割だ。
サラはその後ろを支える。火器ではなくアイテムに頼りながら、セィシゴの自由を奪う。
セリは最後方で備え、ここぞという時に一撃をかます。三人組の生命線が彼女だ。乱射するのではなく機を見定めることが求められるために、最も精神的に負担のかかる役割であった。
顔に散弾を浴びせられ思わず仰け反る"鶏"。反射的に繰り出された蹴りは空を泳ぐ。その爪にサラはワイヤーを絡ませた。
ばつん。力任せに鋼線が切断される。
しかしその隙に柚柚華が触れるほどの距離まで間合いを詰めていた。接射。顎下から撃ち込まれたショットガンにセィシゴもたたらを踏む。ふらつく身体にセリの狙撃が突き刺さる。
"鶏"が二歩後ろへ下がった。衝撃に押しやられたのだ。その足元でパリン、と軽い音を立てて瓶が踏み砕かれた。サラの置いた罠から溢れた中身が、酸素と反応して瞬く間に燃焼を始める──。
圧倒的だった。
三人はセィシゴをやり込めて、手玉にとっていた。
性能面で上回るはずの敵が後手後手になる姿はいっそ痛快ですらある。
ミーハは一つ反省していた。三人を甘く見ていたことをだ。
特にセリとサラはこの手のゲームに不慣れで、助けてやる必要があると常々思っていた。しかしそれは間違いであったのだ。
人は学ぶ。いつまでもミーハの手助けが要る訳がないのである。それは子ども扱いであり、侮辱的ですらあるとミーハは気づいたのだ。
セィシゴが叫ぶ。怒りのままに。
地団駄を踏み、翼を羽ばたかせる。嘴で柚柚華やサラを貫こうと暴れた。
それらは空振り、セリの狙撃の的となる。
しかし仕留めるには至らない。
結局、火力が不足しているのだ。どうやらコアが頭部にあると分かったものの、頭蓋を貫くだけの破壊力が不足している現状は覆せない。
ミーハは待った。己れが出るべきタイミングを。
飛び散る火花。壁や床には弾痕が刻まれている。
円環の光は強さを増すばかりだが、まだ転移が起動しない。先ほど送られてきた時のことを考えれば、既に起動していてもおかしくないのだが……。敵性存在が近くに居る状況では動かないのかもしれない。
であれば尚更、"鶏"の排除が重要になる。
翼を叩きつけるモーション。四枚が連続して振り抜かれる。柚柚華はそれを出始めに察して一気に後退した。代わりにサラが前に出る。
標的を範囲外に逃したことで僅かな硬直がセィシゴを襲った。飛来する弾丸。セリの狙撃だ。
極小のノックバックが生じた隙を延長する。大した時間はない。それでもサラが仕掛けるには充分。
至近で投げつけられた球体に、セィシゴは反射で応じた。嘴で払い除けようとしたのだ。
瞬間、視界を塗り潰す閃光。バキィン、という大音響。
サラが投じていたのはセンサー系を阻害する閃光音響弾だ。間近でモロに浴びたセィシゴの動きが、今度こそ完全に硬直する。
「さすが!!!」
称賛とともにミーハは踏み込んでいた。
初撃と同じく最高速での突進。
反応できない速さ。反応できない状況。
狙うは頭。白刃が迫る。
鋒が届くその寸前で──。
ミーハの身体がかき消える。
「ギッ……!?」
虚空を貫いた蹴爪。遅れて、誘いに乗ってしまったことにセィシゴが気付く。
先ほどと同じ軌道。同じ速さ。
同じように反射で対応しようとしたことが仇となった。
閃光の残滓に目をしばたたかせながら、それでもセィシゴは見た。
天井に張りつくようにして四脚を食い込ませた姿を。たわんだバネのように力を溜めた、あるいは獲物を襲う直前の蜘蛛のような死の導きを。
──セィシゴが絶叫をあげたと同時。
ミーハ諸共に斬機刀がドズンと床に突き立ち、セィシゴの頭部は粉砕された。
その十数秒の後、円環による転移が再度行われる。
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