37話:円環
「ほほう、これは……」
「いかにも意味ありげですね」
文字通り森を切り開いた先には、何やら曰くのありそうなオブジェクトが鎮座していた。
象牙色のそれは、二階建ての家ほどもある大きな輪っかだ。明らかな人工物である。縁は歯車のようになっており、表面はつややかで継ぎ目がない。
ミーハたちはそのオブジェクトから数歩分の距離をとって観察していた。
迂闊に触って良いものか判別がつかなかったのだ。
「自然のものじゃない」
「見りゃ分かるよ柚柚華。ミーハさん座標はー?」
聞かれたことでその存在を思い出したミーハは、マップを開いて座標の確認を行う。
ドンピシャり。ここだ。
正確には輪っかの位置が、情報屋から仕入れた座標の示す場所だ。
「……当たりだね」
「それ本物だったんですね」
微妙に辛辣なセリにミーハは萎れた。表情はまるで変化ないがショックであったらしい。
サラはそんなやり取りを無視して、近くの枝を折り取った。葉を落として棒に加工したそれで、輪っかをつつく。
「原始的」
「でも効果的っしょ?」
輪っかはうんともすんとも言わない。オブジェクトはただのオブジェクトのままだ。
石を投げつけてもみても、ミーハが剣で突いても何も起こらない。
おかしいな。四人はそう思った。
てっきりミーハの剣には反応すると考えていたのに、当てが外れた形である。
「あー、これ直接の接触じゃないとダメなタイプか」
ミーハの呟きに柚柚華が同意する。
セリもサラもミーハの言うところを分かっているようだ。
輪っかのオブジェクトには、イグナイターが触れなければならない。
起動をさせるにはまずそれが条件だった。彼女たちが見抜いた通りである。
しかし何が起こるのか分からない以上、軽々しく触れる者などいない──。と思われた。
「それ」
一番に触れたのは柚柚華だった。
輪っかの側面にぺとりと掌を当てる。
変化は劇的だった。
ブウン、と低い音を立てて、象牙色の表面に青い紋様が浮かび上がる。線が幾重にも交差する複雑怪奇な紋様は、何やら電子回路にも似て。
周囲を薄ぼんやりと青く照らすオブジェクトは、ビリビリと空気を震わせる。ざわざわと葉鳴りが辺りを包んだ。
ミーハたちも思わず感嘆の声を漏らした。
青く照らされた森は幻想的で、普段の戦場とはかけ離れた光景だったからだ。
輝くオブジェクトに見とれていた彼女らは、周囲への警戒を怠っていた。
それが一つの失敗を引き起こす。
「すげー! なんだよこれ!」
後ろから聞こえた少年の声に、はっと正気を取り戻してミーハたちが振り向けば。そこには四、五人のイグナイターが。
森にまで辿り着いた痕跡が残されていたのだ。その近くに切り開かれた道が見えれば、やって来るのは当然と言って良いだろう。
「あ」
騒ぐ声につられなかった柚柚華はその変化に気付いた。輪っかの一番近くにいた彼女は、発せられている重低音が徐々に大きくなっていることを察知したのである。
「すげーじゃん」
「オレらにも見せてよ」
「え、てかみんな可愛くない?」
近寄る闖入者に反応するように、輪っかの放つ輝きが強まっていく。彼らはそれに気付かないようだが、ミーハたちは最初から見ているのだ。
イヤな予感に突き動かされ、その場を離れようとする。
「いやいや待ってよ、話聞かせてよ」
しかしそれを止められてしまう。
唯一の入り口である道を塞がれ、一瞬睨み合うような形になる。それが良くなかった。
青い輝きは一気に光量を増して、辺り一帯を閃光で塗り潰す。
世界が青に包まれた。
センサー系が異常な光線による不具合から復帰する。
それよりも先にミーハは自身へ生じた異変を感じ取っていた。
足元が土ではないのだ。
それなりに固くスベスベとした……、例えばリノリウムのような床材へと変わっている。
さらには空気の感じ。屋外の解放感は失せて、埃っぽく長く閉鎖されていたように思える。
「まさか……」
その予感はすぐに答えと照らし合わせることが出来た。真に喜ばしくないことだが。
復帰した視覚が、全く様変わりしてしまった周囲の様子を伝えてくれる。
木々など一本たりとも生えていなかった。
無機質な空間と大扉。それから壁に貼り付いた巨大な円環。それだけがここにある。
学校の教室ほどの大きさと言えば伝わるだろうか。ただ、天井はミーハの背丈の倍ほどもあるからかなり高い。
「……ああ、これはしまったね」
小さく呟きながらミーハは転移させられた面々を確認する。
先ほど光に包まれた全員のようだ。
セリサラ柚柚華の三人に加えて、未だにパニックから復活しない男が五人。
「通信が阻害されてる」
「マップが開けませんね」
柚柚華も存外冷静で、想定外の事態に見舞われながら早速情報収集に努めていた。
セリもサラも手持ちの武器の動作を確認し始めている。
「君たちちょっと優秀すぎるよ」
ミーハは苦笑した。
もう少し慌てても良いと思うのだけど。彼女がそう言うと、お前が言うなと突っ込まれる。
まずは輪っかを再起動出来ないか。
これが動いてまた転移出来るのであれば、元の場所に戻れる可能性は大いにあるだろう。
そう考えたミーハが柚柚華とともに壁際の円環に近付こうとしたその時だ。
反対側にある大扉から不穏な物音が聞こえた。
ガチャガチャと何かの擦れる音に、部屋内の誰もが口をつぐみ息を潜める。
十秒、二十秒と静寂が部屋を満たす。身動ぎ一つ、許されなかった。大扉の向こうから感じられる圧力は、仮に発見された時の恐ろしさを想起させる。
まるでホラー映画の登場人物になったかのようであった。殺人鬼から必死に身を隠すあれだ。
二分以上たって、大扉の前から圧力が離れていこうとする気配がした。
ゆっくりと遠ざかろうとしているのが皆に分かった。
ホッと気が緩む。
その瞬間だった。
──フォォォン。
沈黙を貫いていた円環が音を発する。
恐らくは起動音だろう。再び転移が出来るとしたらありがたい。だが今は。今だけは。
数瞬の間を置いて。
大扉に何かが叩きつけられた。あまりの轟音に一人の男が腰を抜かす。
一度や二度ではない。何度も何度も叩きつけられ、分厚い金属の板がメキメキと変形していく。
鍋を叩く何倍も大きな爆音は、ビリビリと肌を震わせた。
大扉を見ていたミーハは、振り返って輪っかを見た。
円環の発する光はまだ弱々しい。青の燐光が部屋を照らしているが、転移するには程遠い。
一際大きな音を立てて、大扉を何かが貫通した。耐爆扉にも匹敵するだろう数十センチの金属塊をぶち抜いたのは二本の角だった。
人の腕ほどの太さの双角。
水晶のごとく煌めくそれは、大扉を貫いたままゆっくりと持ち上げられていく。当然、貫かれた金属扉もそのまま動く。
強引にひっぺがすつもりなのだ。
「アタシが前、後ろは頼むよ」
ミーハの言葉に三人は頷いた。
恐ろしくはあった。戸惑いもした。だが、ここで立ち向かうのが最善であるのは理解できている。各々射撃の体勢をとった。
彼女らは一緒に転移させられたイグナイターにもう期待していない。生き残って帰るには、自身の手を事態をどうにか打開する必要があった。
「来るよ!」
ひどく歪んだ扉が無理やり引き剥がされていく。軋む音がひどく耳障りで、ミーハもセリたちも顔を歪めた。
大扉の向こうに居たのは"鶏"だった。
いや、少し違うが全体のフォルムがよく似ている。角だと思っていたのは嘴で、全身を金属の鱗に覆われた二足歩行。四枚の翼と長い尾羽を持つ。
"鶏"は人の倍ほどもある巨躯を誇らしげに翻し、破壊した大扉を打ち捨てて部屋の中へ侵入しようとしてくる。
その姿を見た瞬間、ミーハは頭の中で組み上げていた作戦を破棄していた。
無理だ。敵わない。
それが直感できたからこそ、彼女は己れを捨て石にすると決めたのだ。
斬機刀の長い柄を肩に当てがって即席の騎乗槍に見立てる。馬は彼女自身だ。
継続戦闘能力を度外視して、出力を全開にする。ジェネレータが叫びを上げた。
ミーハの変容に三人が目を剥く。
迎え撃つのでは? 彼女らの戸惑いをミーハはねじ伏せる。
「"バハードゥル"!!!」
脚部の装甲がスライドし、内蔵されていたスラスタが露になる。瞬間的な加速しか出来ないが、今はそれこそが最も求めているものだった。
爆発的な加速とともに、ミーハが砲弾のように撃ち出された──。
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