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36話:直進


 近づいてみると木々の背丈はかなり低い。人の背丈と同じくらいしかない。

 それはつまり、ミーハよりも低いということだ。

 彼女が踏みつければ低木は簡単に折れた。だがそれは彼女でなければ出来ない真似で、セリやサラ、柚柚華は掻き分けながら進むしかない。

 胸から顔くらいの高さで広がった枝葉はひどく邪魔であった。



 少し進んでから、彼女たちは森の外縁部へと戻る。


「いや、ムリだ~」


「無理ですね」


「無理」


 とてもじゃないが進めない。

 視界は遮られるし、動きも阻害される。その上、葉擦れの音で聴覚もダメだ。まだ敵と遭遇していないが、この状況で襲われれば迎撃など出来ようはずがない。


「アタシも辛いな。足元が見えないのが怖い」


 一人だけ木々よりも視点の高いミーハだが、木の葉に遮られて足元が見えない点に頭を悩ませていた。四脚であるため転倒には至らないが、幹や枝に躓くのだ。きちんと踏みつければ折れるような木でも、引っかけただけではしなって受け流されてしまう。

 脚を高く上げて強く踏むという、普段とは異なる動作がミーハにとってストレスだった。


 ただの木立がこうも厄介なものだとは。ミーハたちは感心すらしていた。


 森に切れ目がないかを探して、縁に沿っていくらか歩いてみた彼女たち。すると、目当てとは違うものの発見があった。


「足跡ですね」


 ミーハやセリとは形の違う足跡だ。柚柚華の物が一番近い。

 セィシゴではない。イグナイターだ。


「他の人も来てるんだね」


「数は少ない」


 辺りを彷徨いた痕跡が残っていた。

 しかし森を前に断念したようで、それらは降星城の方へと戻っている。


「ベスピナエにも反応がないね。この辺りにはもう居ないみたいだよ」


 ミーハのドローンが空中を旋回した後、戻ってきた。

 少し離れた所の木々がいくらか薙ぎ倒されいたが、人やセィシゴの影はない。


 ゆっくりと考える時間が出来た訳だが、彼女たちが採れる択は二つしかない。

 進むか戻るか。

 留まるのはナンセンス。

 無理矢理にでも進むか、戻って準備を整えるかの二つに一つだ。


 ミーハがそう口にすると、他の三人は揃って進もうと言った。


「折角なら行ってみたいです」


「先越されたら悔しいし?」


「ここまで来たなら死に戻るのも誤差」


 となれば、どうやって進むかだが──。

 ミーハには考えがあった。

 木々が折れたり倒れたりすることから分かっていたのだ。破壊可能オブジェクトであることは。


 つまり、草刈りである。

 斬機刀を鎌の代わりにして、薙ぎ払っていけば道は開ける。と言うか、ミーハが道を切り開く。


「アタシもまさかこんな使い方するなんて思わなんだよ……」


 右から左へ、左から右へ。

 ブンブンと特大剣を振り回してミーハがぼやく。

 確実に進むことが出来ている。足元が見えるだけで違うのだ。歩きやすさが段違いである。

 ただそれはそれとして、想定と異なる運用に彼女は少しナイーブになっていた。拗ねているとも言える。

 新調した剣の活躍の場が草刈りになってしまったことを思えば、それも仕方のないことか。


「ありがとうございますミーハさん」


「……いいよいいよ気にしないで」


 気を遣ったセリの感謝に、ミーハは弱々しく答える。


「実体剣の強みが出ている」


 柚柚華は気にせず分析をしていた。

 木々を粉砕する特大剣は折れず曲がらず。鈍い光を放ちながら、密集した枝葉を伐採していく。

 尤も、装甲を貫通させるために鍛え上げられた刀身がそう易々と毀れるはずもないのだが。


 四つの脚が強靭な土台となり、腰の回転が余すところなく伝えられた刃が高速で振り抜かれる。それが連続して往復するのだから凄まじいものだ。

 例えばこれがビームソードであれば、このようにはいかなかっただろう。連続して振るう内に、陰となって当たらない箇所が出てくるに違いないからだ。そうなれば半端に木々が残って、進むのに手間取ったはずだ。

 実体のある剣だからこそ、取りこぼしなく切り開けている。

 柚柚華は感心していた。それを軽々と振り回しているミーハも恐ろしい存在だ。


 柚柚華は先頭を行くミーハを背後から観察する。

 ここまで四脚を使いこなし、異形なカスタマイズをしているイグナイターを他に知らなかった。上半身は左右非対称となり、さらに副腕を追加しようとしていたのだから驚きである。

 少なくとも柚柚華ならそのような真似をしない。もて余すのが目に見えているからだ。

 だというのにミーハは挑戦をし、腕の追加こそ見送ったもののドローンの運用という要素を付け足した。彼女は一体どこへ向かっているのだろうか。



 既に五百メートルは進んでいた。

 森に刻まれた真っ直ぐな破壊の爪痕。

 来た道を振り返れば、ずっと向こうに森の縁が見える。

 ミーハが脚を止めた。

 後を着いていた三人も自然と立ち止まる。


「ん~、休憩!」


 ミーハが斬機刀を地面に突き立てた。ガシャンと音を立ててその場に座り込む。


「どうしたんです?」


「ジェネレータが悲鳴あげてるの」


「あ、知ってる! "スタミナ切れ"ってヤツでしょ」



 木々を伐採しながらの行進。さすがにミーハの消耗が激しかった。

 基本的にファジーなシステムで動いている『Mechanical Microcosm』の機体だが、各部位には一応それぞれの役割がある。中でも心臓部でありながら存在感の薄いジェネレータは、エネルギー生産ということで他ゲーで言う"HP"を司っているのだが、生産されるエネルギーは"MP"や"スタミナ"としても活用されている。

 ガス欠、あるいはスタミナ切れとも呼ばれる状態は余剰エネルギーの枯渇によってもたらされるものだ。

 ミーハのように長時間かつ高強度の運動を行った場合に発生し、ジェネレータが余剰エネルギーを蓄積するまで静止が強要される凶悪な状態異常である。

 尤も、通常の戦闘では中々発生しないものであった。十数分に渡って大剣を振り回しながら歩き続けるような真似をしたとしても、エネルギーの枯渇などそうは起こらないからだ。現在のジェネレータに強化する前のミーハが、砂漠を横断した後に続けてザルボバータ戦に参加できたことからもそれは明らかである。


 その滅多に起こらないことが起きてしまった原因は一つ。新たに追加された装備にあった。つまり、ドローンだ。

 ベスピナエの燃費は悪い。それはミーハの想定をも上回るほどに。

 索敵のために離発着を繰り返し、その都度エネルギーを充填していたツケが来た。



「大丈夫ですか?」


 心配そうに見るセリに、ミーハはひらひらと手を振って答える。


「まあ大丈夫よ。空になる前だしさ」


 そこに柚柚華が冗談交じりに言った。


「じゃあもう動けるね」


「イヤよ、疲れたもの。少しくらい休憩させてちょうだいな──」









ご覧いただきありがとうございます。

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