3話:撃破
居住区の通路沿いにある団地群をぶち抜いて、セィシゴが姿を現した。
土煙を浴びながら瓦礫を踏みつけ、わずかな燐光を発している。
その姿は昆虫のようだとミーハは思った。
中枢と思しきボディに、そこから生えた6本の脚。頭部に当たるだろうセンサーユニットはボディ上の中心付近に置かれている。全身が紫紺のつるんとした外見で、機械というより何かの結晶のような印象であった。継ぎ目のない様子がその印象を加速させる。
こんな蜘蛛がいたな、とミーハは思った。
しかし脚だけで3メートルほどもあり、弱点らしきセンサーユニットにはそう簡単に手が届きそうにない。
『通達。居住区N-4にセィシゴ出現。注意されたし』
タイミングが良いのか悪いのか。
ちょうど流れたアナウンスを無視して、ミーハは右太もものホルスターからモレススを抜く。
ゲーム故に簡略化されており、自動で安全装置が解除される。
撃鉄を起こし、ミーハはそのままセィシゴに向けて発砲した。
パンッ、と炸裂音が響き放たれた弾丸は、無情にもセィシゴの装甲によって弾かれる。
「効かないか!」
効果が薄いだろうことは予想していたものの、さすがにノーダメージと思わず、ミーハは苛立ちを露にした。
「わ、わたしが!」
「いや、セリは下がってから落ち着いて狙いをつけて! アタシが引き付ける!」
狙撃銃を構えようとしたセリを制止して、ミーハがセィシゴに向けて駆け出した。
発砲によって注意を引いたのか、ガチャガチャと脚を踏み鳴らしてセィシゴが向きを変える。その間にセリは団地の一室に飛び込んだ。
「こっちだ!」
さらに発砲。
続けて放たれた2発の弾丸が、セィシゴの体にわずかながら傷をつける。
ミーハの持つ【モレスス-68】は6発の弾丸が装填されている。これで3発。残弾は半分になった。
予備の弾薬はインベントリ内にある。しかしまだそれは使わない。
距離を詰めてくるミーハ目掛けて、セィシゴの脚が叩きつけられる。先端は杭のように尖り、当たればひとたまりもない。
ミーハはすんでのところでそれを躱しながら、道路に突き刺さった脚に至近距離で弾丸を撃ち込む。
ガキュッ。明らかに先ほどまでとは異なる音がした。
セィシゴは嫌がるように脚を引く。
ほぼほぼ接射であれば、確かに効果があった。
やはり距離の問題か。モレススでは至近距離でないと装甲を撃ち抜けないようである。
どうしたものか。警戒したようなセィシゴにミーハは思案する。
モレススの残弾は2発。リロードは出来ると思うが、動きながら慣れない動作をしたくはない。
その時、視界の端でキラリと光る物にミーハは気付いた。彼女の唇が緩やかな弧を描き、鮫のような歯が露になる。
(勝ち筋は見えた。となれば、アタシの役目は足止めだね)
足りない部分は補えば良い。そこにないなら他所から持ってくれば良い。
一人で出来ないのなら、手伝ってもらえば良いのだ。
付かず離れず。ミーハはセィシゴの攻撃を誘発しながら、その場に留まるように仕向ける。
声を発して、銃を向けて、注意を引き付け続けた。どうしても離れそうになったタイミングでのみ、モレススを発砲する。
しっかりと時間を稼いでいく。
そして、それは来た。
──ガァンッ!!!
頑丈なセィシゴの装甲が撃ち破られる。
セリの放った弾丸が、ボディを貫いたのだ。
大きなダメージにセィシゴはよろめき、動きを止めてその場に崩れ落ちる。
ゲーム的に言えば、スタンだろうか。一時的に行動不能になったのだ。
ミーハは一気に距離を詰めた。
セリの狙撃銃は連射がきかない。ここで確実に仕留めるにはミーハが攻撃をする必要がある。
モレススの残弾は0。リロードをしていてはセィシゴに復帰を許してしまう。
ミーハはボディに跳び上がり、センサーユニットに掴みかかった。
血のように赤い光を放つカメラアイに、左の掌を押し当てる。
「食らえ!」
ガシュン、と何かを打ち出す音と同時に、ミーハの耳に金属のひしゃげるような音が届いた。
左腕に内蔵されたサブウェポンのパイルだ。
射出された杭はカメラアイを貫き、センサーユニットの中をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
軋みを立てながら、力尽きたセィシゴは脚を投げ出して脱力する。
「わあ! やりましたね!」
「ナイススナイプ! 上手だったよ!」
「ありがとうございます。ミーハさんもすごかったです!」
セリがニコニコとした笑みを浮かべて、セィシゴの残骸に走り寄ってきた。
互いに健闘を称え合う。
初心者だと言うわりに、セリはよく動けていた。
ミーハでは火力不足と見るや攻撃に移ろうとしたり、指示にごねず従ったり、建物を盾にする判断が出来たり、落ち着いてしっかりと当てたりと、贔屓目抜きに良くできたものだとミーハは感心していた。
それをそのままミーハが伝えると、セリは顔を赤らめる。ストレートに褒められて照れたのだ。
穏やかな空気が流れる。
しかし突然の揺れが、それをぶち壊す。
ミーハたちの周りだけではない。居住区全体が揺れていた。
当然ながら、衛星コロニー内で地震は起きない。これは、コロニーの崩壊が始まった証であった。
『警告。コロニー生産部が完全に破壊され、基軸の一部が破断。コロニー居住区の脱落を確認。避難船離脱率94パーセント』
居住区がコロニーそのものから外れていっている。アナウンスを聞いて、ミーハの背筋に冷たいものが走った。ゲームであっても宇宙空間に投げ出される体験などしたくはない。
セィシゴを相手に、セリが戦力となることは確認できた。だが複数を相手取れるかは怪しく、囲まれれば確実に負けてしまうだろう。
ならば脱出が可能かは分からないが、避難船まで行こう、と2人は決めた。
敵の撃破を喜ぶのもそこそこに、コロニー基部へと急ぐ。
『通達。コロニー基部にセィシゴ出現』
先の戦闘が祟ったのだろう。
ミーハたちよりも先に、セィシゴがコロニー基部へと辿り着いた。
それが意味するところとは、すなわちミーハたちは敵の群れのただ中に居るということである。
「ひぃっ、来ました!」
路面を引き裂き、足元から続々とセィシゴが飛び出して来た。
あちらこちらで建物が倒壊していく。
十や二十ではきかない数だ。
ミーハはすぐに迎撃を諦めた。2人では無理だ。そもそもの手数が足りない。
だがしかし、逃げられるとも思えなかった。
前にも後ろにもセィシゴはいる。囲まれてしまっていた。
横をすり抜けようにも通路を塞ぐようにしており、またセィシゴもミーハたちを逃がすつもりはないようである。
(…………よしっ!)
ミーハは覚悟を決めることとした。
ここで死ぬ覚悟だ。
「セリ、逃げるか死ぬか。どっちがいい?」
「……それって、諦めるわけじゃないですよね?」
「当っ然!」
それなら、とセリは力強く頷いた。
「いっぱい道連れ、です!」