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25話:罪人


 青い空と灰色の砂。

 彼の世界は長らくそれら2つによって構成されていた。多少の変化はあれども変わり映えの無い景色を眺め続け幾星霜。

 身動きは取れず話す相手もおらず、ただただ思索に耽る日々を過ごした。

 ここへ来た理由を、そうなった経緯を延々と再生し続け、怒りと絶望を常に新鮮な状態で維持していく。


 忘れはしない、あの笑顔を。薄れはしない、この憎悪は。


 無力感を噛み締めいつかの未来に希望を託した毎日は、唐突に終わりを迎えた。

 分かたれた彼の半身は眼前にある。


 待ち望んでいた瞬間が近づいていた──。







 石碑を起動させると、ミーハとセリは見覚えの無い空間に跳ばされた。

 落ちている岩やわずかに残る水から、ここがオアシスであるらしいと推測出来たが、あまりの変わりように言葉が出ない。

 細々と繋げられてきた命の営みは完全に断ち切られていた。


「これは……」


 一変した光景は、そこにいるだろう敵の恐ろしさを物語っていた。

 明らかに特殊なフィールドだ。それに相応しい敵がいるに違いない。

 渦を巻く鉄錆色の雲、ごうごうと吹き荒れる砂嵐。薄暗いそこは、あの世と繋がっていると言われても信じられるほどに不吉さが漂っている。


 何もかもが変わり果てたかつてのオアシスで、唯一変わらずに残っている物があった。

 種子だ。

 オグテデフは砂塵の影響を全く受けずに宙に浮かび、先ほどミーハたちが挑んだ時と同じように3本のコードを揺らしている。


 2人はその様子を注視する。

 揃って同じ感想を抱いていた。すなわち「なんかヤバそう」と。


 びゅうびゅうと風が鳴る中でも、それはハッキリと2人の耳に届いた。

 ヒビの音だ。

 バキバキとオグテデフの本体(・・)に亀裂が入っていく。ああ、それは本体ではなかったのだろう。

 それは種子のようであり、器のようであり、きっと拘束具であったのだ。


 下から上へとヒビが伸びていき、それが二重三重になっていくと、やがて音は鳴り止んだ。


 上部から徐々に砕けていく。

 種子は割れ、その中身がさらけ出される。

 解放されたのだ、真なる姿で。


 ぼろぼろと崩れ、風に吹かれて消えていくオグテデフから、何か黒い影が落ちた。

 ばしゃりとわずかに残る泉へと落下したそれは、モゾモゾと動き出す。


「ミーハさん、あれ……」


 セリの声は震えていた。

 その気持ちはミーハにもよく分かる。肌を刺す威圧感は『Mechanical Microcosm』を始めてから味わったことのないもので、それはつまりミーハたちが出会したことのないレベルであることを示していた。


(これ、まだな奴かも)


 セリを不安がらせないために口にはしないが、ミーハの内心に焦りが生じる。

 正直な話をすれば、彼女は舐めていた。オグテデフは雑魚だとする掲示板を信じ、相対した自身の感覚によって確信していた。甘く見ていた。

 強化されても勝てるものだと信じていたのだ。



 砂塵の奥で細身のシルエットが立ち上がる。

 さほど大きくはない。2メートルにも届かないだろう。大きさだけで言えば先ほどよりも小さくなっている。ミーハの方がよほど大きいくらいだ。


 だがそれが何の慰めになるのだろうか。


 吹き荒れていた砂嵐が緩やかに止み始めた。

 それによって、現れ出た何かの正体がハッキリと見えるようになる。




『咎に塗れし"オグテデフ"』。




 表示されたネームに新たな情報はない。

 知っている、予想していた相手が出てきたことにミーハは安堵を覚えられなかった。


 全体的に細身で非力な印象を受けるそれは、四肢を持つ人型だ。武器を持たず、だらりと力を抜いて立っている。

 針金細工のような手足は弱々しく、小柄な体躯はこれまでのどの敵よりも軽く見えた。

 だが放たれる存在感と圧力は段違いで、張りつめた空気はミーハとセリの肌を焼く。


 そんなオグテデフ最大の特徴は、やはり頭がないことだろう。首元で断たれており、あるべき物がそこにはなかった。


「ミーハさん、手筈通りに」


「……ええ!」


 一拍遅れてセリに頷いたミーハは、盾を構えて一歩前へと出る。

 それに合わせて、オグテデフが体の向きをずらした。まるで見えているかのような挙動だ。

 前に出たミーハと向かい合い、奴は体を低く沈める。


 奴がこちらを認識しているものとして、ミーハは対応することに決めた。

 覚悟を胸に、正面から目を合わせる。

 手足を地面につけ低く構えた姿勢は獣のようで、オグテデフの戦闘スタイルをそこから推測していく。


(非力には見えるけどビジュアルは信じない方が良さそうかしら。それよりもスピードね。直線だけが速いのか、それとも……)


 キ、キ、キ……。

 金属の軋む音が溜め込まれていく力を物語る。

 オグテデフへの警戒を最大に引き上げて、ミーハは盾越しに確と見据えた。


「来るよ!」


 ミーハがそう叫んだ瞬間だ。


 砂が爆ぜた。


 ああいや、それは正確ではない。オグテデフの踏み込みによって巻き上げられ、吹き飛ばされた砂が爆発のように見えたのだ。

 そして、それを引き起こしたオグテデフの推進力は凄まじく──。


「こ、んのぉぉぉ!」


 瞬きの内に十数メートルの距離を踏み潰し、ミーハの眼前へと迫っていた。

 反射的に突き出された盾が間に合い、鈍い音を立ててオグテデフと衝突する。あまりの衝撃に大楯が悲鳴を上げた。

 ザリザリとミーハが押され、砂に線を引いて後退させられる。それでもどうにか彼女はその突進を止めて見せた。



 一瞬の膠着。



 盾を挟んで、オグテデフとミーハ。力が釣り合ったことで、両者の動きがわずかな間停止する。


 それを確認するよりも前に、セリはすかさず銃を放った。

 隙を見逃さず、咄嗟に攻撃を選ぶ。ザルボバータを経験し、彼女はミーハに追い付こうと心に決めていた。それが活きた瞬間であった。


 放たれた弾丸が狙い通りにオグテデフの右の脇腹に突き刺さる。勢いよく横へ弾かれる姿に、ミーハは目を見開いた。

 彼女は戸惑っていた。

 まるで避ける素振りが見られなかったことに。

 無防備にただ受けるだけであったことに。


 故に遅れてしまった。

 無策で弾丸を受けたのだと思ってしまった。


 地面に転がったオグテデフが勢いを殺し、そのまま下から伸び上がるように蹴りを放つ。

 狙うのは盾。その下端を引っかけるような軌道を描いた。威力ではなく正確性を重視した一撃が鉄壁を剥がす。


「しまっ……!」


 浮き上がった防御の要。がら空きとなった胴。

 己れの失敗をミーハが悟った時には、後転の要領でオグテデフは姿勢を直していた。

 屈み込んだクラウチングスタートに似た姿勢は、突きつけられた拳銃のようで。姿勢が崩れたミーハには躱しようがない。


 脚力を十全に活かしたオグテデフのタックルは、まるで交通事故のような音ともにミーハは吹き飛ばした。


 大きさで勝っているミーハを軽々と打ち上げたオグテデフはさすがボスと言ったところか。

 ミーハはそのまま十メートル近く飛び、砂に突き刺さるように落下した。








⚫『咎に塗れし"オグテデフ"』

→傍観刑に処されたオグテデフは、己れの体が封じられた様を首だけで見続ける羽目になった。

それは全て己れの行いが原因であるのだが、彼だけはそう思っていない。

◼️◼️◼️◼️◼️◼️たちは後悔している。封印ではなく抹消を選ぶべきであった、と。




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