20話:吶喊
駆け出した機影が1つ。土煙を上げて巨大な怪物へと迫っていく。
ミーハだ。
右腕を失っている彼女は、セリやサラから無理をしないように止められていたが、直感の命じるままに走り出していた。
狙うのはザルボバータの足元に潜り込むこと。
四つの足を忙しなく動かし、二脚のイグナイターでは出せない速度でミーハは進む。
ぐんぐんと近づく彼女に、当然ザルボバータも反応した。
ビーム兵器の狙いがつけられ、砲口にエネルギーが集中する。
「……どうして?」
その奇妙な振る舞いに、セリは思わず呟いた。
ザルボバータの巨体であれば、叩き潰してしまう方が遥かに確実で手っ取り早いはずだ。何故わざわざ、不確実なビーム兵器で迎え撃つような真似をするのか。
一方、ミーハは自身の直感が正しかったことに目を細めた。
スピードを緩めずに駆け抜けていく。
ある程度の距離まで寄れば射角がとれなくなる。ミーハの目算ではそれもあと数十メートルだ。
(きっとザルボバータは、足元にビームを放つことが出来ない)
確証のない予想でしかなかったが、想像した通りに動くザルボバータ自体がミーハに確信を与えてくれる。
肉弾戦を仕掛けたがらないことも、近づくミーハにビーム兵器で迎撃しようとしたことも、全てミーハの想定した通り。
そして今、射角がとれなくなったビーム兵器が稼働を止め、放たれていた余波による圧力が消えた。仕掛けるべき時が来た。そう思うと同時に、ミーハは叫んでいた。
「──吶喊ッ!」
一際強く踏み込んだ足が、瓦礫を粉々に砕く。
ほんのわずかな停止、いや溜めの直後、それまでに倍する速度でミーハ自身が砲弾と化す。構えた盾ごとザルボバータの脇腹へと深く突き刺さった。
ミーハの全身が飲み込まれるようにめり込む。
棘が割れて弾け飛んだ。
装甲が撒き散らされ、バリアが大きく明滅した。
「効いた……っ!」
目に見えて分かる有効打にイグナイターたちが沸く。
身をよじるザルボバータ。苦しむようにその排気音が大きく荒くなる。ダミーの棘が一部脱落していく。バキバキと音を立ててエフェクトを纏っていた棘が折れて残り2本となった。
その時、何かを引き剥がそうとザルボバータが大きく体を揺する。吐き出されるようにしてミーハがその体内から排出された。
地面を転がりながら彼女は叫んだ。
「ゴ酢! 近接有効!」
「応! 3班に分かれてヘイト回して接近するぞ!」
ザルボバータがもがいている隙に全体が動き出した。ビーム兵器の狙いを逐次変更させながら、もしもの時にはどこかの班が犠牲を引き受ける。そうして追い詰めて袋叩きにするのだ。
再編成が行われている間に、セリたちはミーハを回収していた。立ち上がるのがやっとな有り様の彼女を、3人がかりでザルボバータから遠ざける。
ボロボロのミーハを見て、セリは怒りを露にした。
「どうしてそんなになってまで……!」
「いやごめん、楽しくなっちゃって」
楽しい。ミーハの答えはセリにとって予想外のものであった。
しょぼくれた様子で運ばれるがままになっているミーハに、セリは追及の手を止めた。
楽しい? それは少し混乱していたためでもある。
ミーハは至る所が傷ついていた。
右腕と右目に加えて、左腕と右の前脚までダメにしていた。仕方無しに、動かせなくなった2ヶ所を投棄して軽くする。どうせひしゃげてしまっていて使いようのないスクラップである。惜しくはないさ、とミーハは嘯いた。
最初にセリたちがいた辺りまで下がり、一行はようやく腰を落ち着けた。
見ればイグナイターたちはザルボバータにジリジリと接近しており、衝突は時間の問題となっている。
最初の混乱具合はどこへやら。
堅実な戦闘を見せていた。
「で」
一息ついて、まだ戦っている様子を見ながらサラが口を開く。セリは不満顔で、柚柚華はミーハの壊れた手足を観察している。
「どうして突撃なんてしたの? 危ないのに」
気のないような口振りだが、サラの目は真剣だ。
ミーハがセリに聞かれたのと同じように答えると、彼女は「そうじゃなくて」と言った。
「突撃がいけると思った理由を聞きたいの!」
サラが質問していたのは判断材料についてだった。何故したのか、ではなく何故出来ると考えたのか。それが聞きたかったのだ。
ミーハはそこで直感と答えようとしたが、一拍考えて言語化を試みる。直感と言えど根拠はあるはずだ。自身の感覚に理由をつけようと話し始める。
「まず気になったのは、狙いがおかしいことだよ」
ザルボバータの登場を離れた位置で見ていたミーハは、当然ビームの一射目と二射目も目撃している。それは近い順から放たれたように思えたが、三射目のセリたちに向けたものは最も離れた位置へ撃たれていた。
「それで優先順位が違うことは推察出来たんだよね」
1番目と2番目は隣り合っていた。だが3番目だけは離れている。となれば、そこには理由がある。
近さと人数で、近い方を優先しているとミーハは判断した。
サラたちは話を聞き、頷く。
「次に思ったのはバリアが、……なんかショボかったんだ」
「それは確かに」
柚柚華も感じたことだ。
バリアの範囲こそ驚異的だが、その効果は弾道を歪めるだけ。厄介ではあれど、そこに驚きはない。
飽和攻撃の前には削られるばかりだったのだ。その出力は推して知るべし。
思い返せばその通りだと、他の2人も口々に同意を表す。
「最後に、バリアの形かな」
「……形ですか?」
「そう。あの毛虫は地面に触れてるからそこはバリアが張れてないだろうなって」
毛虫と言われて、サラは視線をザルボバータの方へやる。既に大半の棘が折られてしまったところで、うねうねと身をよじる様は芋虫のように見えなくもない。
そう思うと途端に気持ち悪く感じてしまい、彼女は目を逸らした。
さて、ミーハの説明によって何となくは理解が進んだ。3人はそれぞれ思うところはあれど、ミーハが彼女なりの勝算を持ってザルボバータに向かっていったことは納得した。
そんな3人を見てミーハは言う。
「君たちはさ。なんか、……真面目過ぎないかな」
「真面目?」
耳慣れない評価にサラは照れ笑いを浮かべる。
「もっといい加減に、大雑把に、適当にやれば良いんだよ。ゲームなんだし楽しくいこう」
迷惑かけない範囲でね、私は出来てないけど。
たはは、と笑うミーハ。
セリたち3人は黙り込む。
言っていることは理解できる。納得も。確かに自分達はバカ正直に向かい合い過ぎているのかもしれない。もう少し肩の力を抜いた方が良いのかも、と。
遠くで、ザルボバータのバリアが剥がされた。悲鳴のようなけたたましい音を立てて、ビームがチャージされる。最後の抵抗だ。
コアであるジェネレータが激しく稼働し、余剰のエネルギーがぶちまけられる。
「じゃあ」
それを見ていたセリが言った。
「じゃあちょっと、仕返ししますね」
「仕返し?」
楽しげに口元を歪めるミーハに問い返され、セリは口の端を吊り上げた。続けて言う。「三脚代わりにちょうど良いものがありますものね」と。
「……え、マジ?」
ザルボバータはバリアを剥がされたことで、全身を大きくうねらせ暴れに暴れた。
ビームを吐いて地表の虫を焼き払い、巨体でゴミどもを蹂躙する。
最後の抵抗であることは明らかで、イグナイターたちの士気も高いが、如何せん目標の位置が高すぎた。コアを破壊せねばセィシゴは止まらない。
全長80メートルを超えるザルボバータは、上体を持ち上げればビルにも匹敵する高さになる。その先端のコアを破壊するには、体の下に潜り込んでいては困難であった。
「どうすんだ、これ!?」
「届かねえぞ!!」
あちらこちらで悲鳴が上がるが、それも順に踏み潰されていく。
大したことない誤算が、ここに来て足を引っ張る。
どうしたものかと彼らが頭を悩ませていた時のことだ。
──ガキュン!!!。
それはやけに大きく響いた。
何かが壊れる音だ。
大きく聞こえたのはその一瞬で辺りが静かになったからだということを、ほとんどの者は後から気がついた。
排気音が、止まった。
バルサミ=ゴ酢はしかと見ていた。一条の光が、コアを貫く瞬間を。
狙撃。
必殺の一撃が、ボスの巨体にダウンをもたらす。
軋みを上げて、ザルボバータが大地に崩れ落ちる。砂煙をもうもうと立てて、弱点部位が手の届く所へとやって来た。
後はもう語るまでもなく、ザルボバータは破壊された。
天文台は攻略されたのである。
⚫『うねる巨躯の"ザルボバータ"』
→天文台を囲むように砂地に潜んでいたボスエネミー。
バリアの出力は低く、弾道を歪めることが精一杯である。そのため、歪めても当たるほどに近づかれることを嫌う。接近戦用の武装を防ぐほどの出力もないため、胴体下に張り付くように戦うのがベスト。
特に前面下部分は、主武装であるビーム砲が射角の問題で届かないこともあって狙い目である。




