2話:遭遇
格納庫から少し行ったところにあった空き部屋らしき空間。おそらくは倉庫であろうそこに入り込み、ミーハは少女と向き合った。
おどおどした様子の少女は戸惑ったようにはにかむ。
咄嗟に腕を引いて強引に連れてきてしまったが、何か困らせていないか、手助けなど要らなかったのでは、むしろ私の方が不審者なのでは。ミーハの頭の中で思考が渦を巻く。
「あの!」
黙り込んでしまったミーハ。そんな彼女へ少女は意を決して声をかける。
見た目は少々恐ろしいが、助けようとしてくれたのは分かっている。ミーハの気持ちは伝わっていたのだ。
「ありがとうございました! わたし、セリって言います」
「いや、いきなり引っ張ってごめんよ。びっくりしたでしょ」
「……ええ、はい。でも、あの部屋の雰囲気はちょっと怖かったので」
「そう、次はもう少し気を遣うからね。ああ、アタシはミーハ、よろしくね」
穏やかな会話。
イベントの、それも撤退戦などという物騒な内容の出来事の最中と思えないゆったりとした空気が流れる。
ミーハはそれを心地よく感じながら、セリとフレンド登録を交わす。
そのやり取りの中でミーハはセリを改めて観察していた。
長い亜麻色の髪はふんわりとしていて、見た目にも柔らかそうである。ぱっちりとした大きなたれ目に小振りな鼻、まるでお姫様のような少女だ。ドレスで着飾ればさぞ見栄えすることだろう。
ミーハの思い描いた存在がそこにいた。
いや、それ以上だ。鈴を転がすような声は、ミーハの低い声とはまるで違う。
あまり運動が得意そうでなかったところも、らしいと言えばらしいものであり、ミーハとしては高評価だった。
とにかくセリは、全体がミーハのドストライクなのである。
ただ、ミーハが観察していたのと同様にまた、セリもミーハのことを観察していた。
セリよりも頭一つ分は高い身長に、意思の強そうな三白眼。鮫のように尖った歯が並んだ口許にニヒルな笑みを浮かべ、颯爽と自分を連れ出してくれた優しい女性。プリンのようになったウルフカットの髪もよく似合っている。
そう、セリはセリで格好いい女性というものに憧れを抱いてた。
それが今、ミーハという形で目の前に現れたのだ。
類は友を呼ぶ、と言うべきか。
ミーハもセリも互いに浮かれていた。
しかしそれも長くは続かない。
今はイベント中。プレイヤー同士の交流ではなく、本サービスへ向けてのセィシゴのお披露目がメインなのだ。
のんびりしていることは許されない。
『通達。商業用宇宙港が陥落。居住区W-1~4、S-2、3にセィシゴが侵入。迎撃せよ。軍用港より避難船が発進中。イグナイター各員、奮闘されたし』
衛星コロニー全体にされたアナウンスは、状況が絶望的であることを告げていた。
衛星コロニーは主に三つの構造物から構成されている。
円柱を縦に四等分した形の居住区。その上端を繋ぐコロニー基部。そして下端のコロニー生産部。
居住区はN、S、W、Eに分かれ、さらにそれぞれ四つのブロックで形作られており、全部で十六ブロックからなる。
コロニー基部には軍用港やソーラーパネル、重力制御装置などがあり、生産部には商業用宇宙港や農産施設などが置かれていた。
セィシゴはコロニー下端の生産部から、上方向へ向けて侵攻をしているのだ。
そしてそれはコロニーの至るところに進んできていた。
ミーハたちがいる場所は、廊下の表示によれば居住区N-3である。
通路を挟むように住居が建ち並ぶが、人々が避難したことで閑散としていた。壁のようになったマンション群は薄暗く圧迫感があり、どこか死体安置所を思わせる。
まだここにはセィシゴがやって来ていないが、それも今のうちだけであろう。そもそも、ゲームをしていて状況が変わるのを座して待つというのも味気ない。
そこでミーハは、セリの背に担がれた武器を見る。
狙撃銃だ。単発式の取り回しがききにくそうな品である。
移動をしながら、あるいは戦いをしながらの運用には向かない、現在の状況とまるで噛み合わない武装であった。
突スナ、なんて戦術もあるにはある。だが、セリにそれが出来るとミーハは思わなかった。
「セリ、その武器なんだけど……」
「あ、わたしこういうゲーム初めてで。あんまり動かなくても戦えるのを探しました!」
あまり動かないどころかずっと走り通しになることもザラだけど、とミーハは思ったがツッコミはいれない。
初心者が考えたことは言葉で矯正しようとしない方がいい。体験させて実感させてやれば自然と身に染みて理解するものだ。
まあ結局のところ、ミーハがセリに甘い顔をしているだけの話であったが。
ミーハが前衛を、セリは後衛を担う。それを伝えて、二人はすぐさま移動を開始した。
目指すはコロニー基部。避難船を背後にしての迎撃戦を画策していた。
初心者のセリは選択肢の少ない方が動きやすくなる。移動を極力排して、敵の攻撃を前衛に引き付けておけば成功体験を積めるだろう。なんてことはない、普通のパーティプレイ。
それが出来れば、きっとセリは楽しめる。
初心者は楽しむことが優先。ミーハの信条であった。
「でもなんで、敵のいる方に行かないんですか?」
走りながらセリが尋ねる。
その走り方にはどこかぎこちなさがあり、そもそもあまり運動に慣れていないことがはっきりと見てとれた。
その姿を見て、ミーハは自身の判断が正しかったと確信を強める。
「もう居住区まで来てるってことは遭遇戦になるの」
「そっか! わたしの武器だと相性が良くないんですね!」
思考の速さにミーハの笑みは深くなる。
ペースを調整して着いてこれるようにしながら、彼女は続けて言った。
「どうせ行き先は同じなんだから、先回りしてやろうじゃない」
「はい!」
彼女たちが居住区を駆ける間にもアナウンスは止まらない。
コロニー内の被害状況が伝達され続ける。
セィシゴたちによって、徐々に侵食されていくのが分かった。
『通達。居住区N-2にセィシゴ出現。避難船離脱率55パーセント』
思った以上に攻勢は苛烈だ。
遅々として進まない避難に、ミーハは舌打ちをしそうになった。ぐっと堪えて、セリを誘導する。
居住区内でも戦闘音が聞こえてきていた。まだ離れているが、そこまで遠くはないだろう。
このままでは、彼女たちが基部に到着するのとセィシゴが到達するのは、ほぼ同時になりそうである。
とは言え、あまりセリを急かすわけにはいかない。彼女なりに頑張って移動しているし、そもそもこの提案はミーハのものだ。
その責任を擦り付けるような真似をするなど、例えお天道様が許したとしてもミーハ自身が許さない。
それでも焦る気持ちはある。
しきりに辺りを見回しながら、ミーハとセリがN-4ブロックの中程まで差し掛かった時のことだ。
『通達。居住区N-3、4にセィシゴ出現。全居住区にセィシゴ侵入、注意されたし』
無情なアナウンス。
獲物が増えることをゲーマーなら喜ぶべきか。だが、無防備な横っ腹に食い付かれるのは御免被る。
ミーハの判断は早かった。
声をかける間も惜しんで、セリの腕を掴み全力で走り出す。
幸い、基部への入り口は近いはずだ。そこで他のプレイヤーたちと合流して籠城をする。
ミーハ一人であれば、戦いに行ったことだろう。だが、今はセリも居る。
この判断が正しいものであることを、彼女はせつに願うのだった。
居住区の建物の隙間を縫う道。それを勢いよく駆けていく二人の人影。
破砕音、爆発音、発砲音。
様々な戦いの音があちらこちらで響いている。
行く手を塞ぐように進路上に瓦礫が飛んだ。
「──キャッ!」
セリの短い悲鳴。足の止まった彼女につられてミーハもその場に立ち止まる。
突如、轟音とともに団地が爆ぜて、煙を突き破って巨大なロボットが姿を現した。
──セィシゴだ。
⚫セィシゴ
→機械生命体。ゲーム中の敵対mob。
飛び道具を使うようになるのは、イベント『衛星コロニー8号撤退戦』後から。