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16話:殿軍


「ここを抜ければ……」


 天文台までのショートカットルートの終わり、それは砂山に開いたトンネルだった。

 砂山の端をかすめるように存在していて、瓦磯が隠すように立ち並んでいるために一見してそこに道があると分からなくなっていた。

 もっとも隠されていたのは最初だけで、発見されてからは入口周りの瓦礫は撤去されている。

 今では補強までされた普通の通路になっていた。


「こっちが正規ルートだったりして」


「可能性はある」


 一行はそろそろとトンネルに入って行った。

 通路を守るボス、突然の崩落、その他のアクシデントなど、警戒していたようなことは起こらず拍子抜けだ。4人の間に弛緩した空気が広がる。


 だが、油断するにはまだ早かった。


 入り口を警戒するのであれば、出口も気にしてしかるべきであるからだ。




 暗闇の向こう。狭苦しい洞窟の先に光が見えた時、セリは内心でほっと安堵の息を吐いた。

 恐怖症とまではいかないが、暗いところが苦手であるからだ。

 嫌いであるからこそ、彼女は周囲に気を配る。却ってジャンプスケアに引っ掛かってしまう己れの欠点を自覚しながら、しかし警戒は止められない。


 そして今回は、その注意深さが功を奏した。


「……待って!」


 出口の影に覚えた違和感。セリは咄嗟に声を上げた。

 引き留める彼女の声に、他の3人が足を止める。


 ──刹那、出口の先を何かが高速で横切った。


「んなっ!?」


 空気を引き千切るようにして横断したそれは、間違いなくミーハたちが出てくるタイミングを伺っていた。

 もしもセリが止めなければ……。

 どうなっていたかは想像に難くない。


「ここでは迎え撃てない! 出て!」


「アタシに続け!」


 柚柚華が瞬時に判断を下す。

 ミーハは指示に従い、盾を構えて出口を飛び出す。

 3人はその後に続いた。閉所に固まっていては爆発物で一網打尽にされかねない。

 待ち伏せされていたことは明らかだ。それでも、ここで撤退するのは悔しい。彼女たちの誰もがそう思っていた。




 トンネルを飛び出した彼女たちを出迎えたのは、1体のセィシゴであった。

 頭上に煌めく銀色の王冠のアイコンは、ゲーム的に特別な敵である証だ。それに見合ったビジュアルではある。

 これまでに出会ったどれとも異なる姿形は、例えるならば車椅子だろうか。

 人の上半身に、2つの並んだ車輪で構成された下半身。その突進力で先ほど未遂に終わった待ち伏せ攻撃を仕掛けてきたのか。

 5メートルはあるその巨体に轢かれてしまえば、セリたちなどバラバラにされてしまうだろう。


 文字化けが解析されるように、ゆっくりと名前が明らかにされていく。

 その名前がアイコンに並んで表示される。


 『猛る車輪の"ヘスディガン"』。


 ネームドエネミー。

 ゲーム中、名前のある敵ばかりではない。いやむしろ、名前を持つ敵は少数になりがちだ。

 名前があるというのはそれだけで特別なことであり、そして相応に強敵であることが常である。


 ヘスディガンもそうしたネームドエネミーの1体である。

 足の代わりに車輪で高速機動をし、荒野を走り回りながら左腕のグレネードランチャーをばら撒くスタイルだ。接近されても右腕がアックスになっていて、叩き壊すか巨体で轢き潰すかを自在に切り替えてくる。


「……こいつ、火力が高い!」


「散開! サラは武器を持ち変えて!」


 前に出て榴弾を一身に受け止めていたミーハから警告が飛ぶ。盾越しでも爆発の威力は高く、彼女の腕は悲鳴を上げていた。

 その警告を受けて、柚柚華は素早く指示を出す。ミーハが足止めして、3人で集中攻撃をする。ぶっつけ本番にはなるが、そんな図式が柚柚華の中で描かれていた。


 盾役が攻撃を引き付け、仲間がその隙を狙う。それは基本的なゲームプレイであり、ほとんどの場合は正着だ。

 そう、ほとんどの場合である。


「回避を優先して!」


 叫ぶミーハ。それとほぼ同時に、ヘスディガンはサラへと向きを変えた。


「ふぇ!?」


 困惑が反応を遅らせた。

 グレネードランチャーが放たれる。2発はミーハが身を盾にして防ぐが、1発はサラに直撃した。さすがに即死はしまい。だが、動揺はする。

 スルリとミーハを躱して、ヘスディガンが走り出した。



 今回のミーハたちには、2つの要素が足りていなかった。それが失敗を招いてしまったのだ。

 1つは、相手の敵対心(ヘイト)を固定する手段。ヘスディガンのヘイトが盾役であるミーハに向いていなければ、当然その攻撃もミーハ以外へと向かう。そうなれば戦線は崩壊だ。ヘイト稼ぎを待って、一斉攻撃で倒すべきだった。

 それからもう1つは、敵の機動力を封じる手立て。車輪という分かりやすい速さの象徴は、盾役に引き付ける戦法と相性が悪い。

 これらが今、最悪の形で披露されていた。



 戦場を駆け回り、ヘスディガンが榴弾をリロード次第にぶち撒ける。

 辺りは爆炎に包まれていた。


 サラを回収した柚柚華とセリの上にミーハが覆い被さりどうにか凌いでいるが、回復アイテム(リペアキット)はこれ以上使えない。いや使いたくない。あくまで本命は天文台。目的地まで辿り着く前に物資を消耗していては本末転倒だ。

 ただ、リスポンさせられてしまってはそれこそ元も子もない。


「なんだって、こんなッ!」


「こいつレア個体!」


「ひえぇ、どうしましょう!?」


 狼狽える3人を見てミーハは瞬時に判断を下した。


「3カウントで天文台の方へ走って!」


 どういうことかと飲み込めないセリに、無理やり返事をさせる彼女と柚柚華の視線が交錯する。

 柚柚華の視線にあったのは犠牲を強いる申し訳なさ。理解をしているのだ。殿を務めるつもりであると。


 この場で最も戦えるのは間違いなくミーハだ。

 セリとサラは初心者で柚柚華はそこまでアクションを得意としていない。

 この時点で2択が迫られる。すなわち、切り捨てるか守るか、だ。

 弱い者を切り捨てていくやり方を、ミーハはどうしても選びたくなかった。単純な好悪だけではない。それは彼女の生き方と真っ向から反するものだからだ。むしろ物事が上手く行かない子らに手を差し伸べるために、教師となった。

 ゲームとはいえ、いや遊びだからこそ、そこから背きたくなどない。


 セリたちを連れて行くことは誘い主にも了承をとってある。ミーハが脱落するのは痛手だろうが、そこは上手く話を進めてもらう他無い。

 一応、後で詫びのメッセージを送ろう。

 覚悟を決めながらミーハはカウントダウンを始めた。弾ける榴弾が大盾を叩く。

 負けるつもりは毛頭無いが、しかし勝てる保証の無い相手である。彼女の口許にうっすら笑みが浮かぶ。


 2カウント。

 セリたちが武器をしまい、天文台の方へ走り出す用意が出来た。

 マップによれば、ここからそう遠くない。

(援軍を連れて戻ってくるのでは?)

 一瞬浮かんだ考えをミーハはすぐさま振り払った。それは弱気である。援けを頼みに戦うようでは勝てるものも勝てない。

 それに本命は天文台の攻略だ。その予定を変更することは出来ない。ミーハの方に力を割くことはナンセンスだ。


 3カウント。

 セリたちへの射線を切るように、ミーハはグレネードランチャーの前へと躍り出た。盾を前面へと押し出しながら、被弾を承知で間合いを詰める。


「はっ! 勝負だ!」


 孤独な戦いが始まった。








⚫『猛る車輪の"ヘスディガン"』

下半身が車輪、上半身が人型のセィシゴ。右腕が斧、左腕がグレネードランチャーである。

ショートカットルートに陣取るボス『車輪』の強化個体。一定確率でポップする。今回は、天文台に向かうイグナイターが行き掛けに『車輪』を何度も倒してリポップさせているうちに出現した。なお出現させたパーティは、ミーハたちが来る直前に全滅させられている。




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