ヒロインな親友が逆ハーレムルートをクリアしないと国が滅ぶらしいのですが、どうやら私達は両想いのようです。
私の名前はカミーユ。
王国でも屈指の名門と呼ばれる、建国以来の歴史あるユールセン伯爵家の第三子で、由緒ある王立学院の一年生だ。
ユールセンは文に秀で、代々王族の家庭教師を務め、史実を記すことを生業とする家柄だ。書を愛し、古今東西のありとあらゆる書物を蒐集することから、「書の精霊」とあだ名される。そしてその蔵書は、王立図書館や王宮の書庫を遥かに凌駕し、「王国の叡智」と呼ばれていた。
その家の嫡子である私も、我ながらそれなりに才色兼備な令嬢と名高く、わりと魔力も高かったので、過去には王太子妃候補に選ばれたことすらあった。
でもまぁ、所詮伯爵家の第三子。未来の王太子妃は、公爵家長女のアンナ様に決まったのだけれども。
さて。
我が家は歴史ある名家のわりに、比較的ニュートラルな思想と柔軟な価値観を持っている。
「己の目で見て、己の頭で考え、己の心で感じたことを信じよ」
そんな貴族にあるまじき教育方針の元、幼少期から王都の貴族街、平民街、貧民街、闇市場を連れ回されてきた。
箱庭で育った貴族のお子様には、わりと過酷な教育方針だったと思う。
何度も泣いたし、何度も吐いた。
隣国の成熟しすぎて腐敗しちゃったような文化の中で生きる肥え太った人達の醜さも、辺境の寒村で痩せ細り震える子供の哀れさも見てきた。
「あのフトッチョ貴族!あのヨロヨロのおじさんにに濡れ衣を着せたわ!」
「そのようだね」
「え、なんで捕らえられたの!?あのひと、悪くないじゃない!みんな分かってランじゃないの!?」
「そうだね、分かっているだろうね」
「あのおじさんは平民だもの、殺されてしまうわ!助けなきゃ!」
「無理だよ。よその国のことには口を出さない。国際問題になってしまうよ」
「でも!」
「戦になれば、もっと大勢の民が死ぬことになる。君はそれでいいのかい?」
「……っ」
「あの子、痩せ細って、枯れ木のようだわ」
「そうだね。ここに住む者たちは、みんなそうだ」
「そんな……可哀想。ごはんをあげましょう!」
「今日はそれでいいとして、明日はどうする?」
「あ、あしたも!」
「明後日は?それに、ここは我々の領地ではない。勝手なことをすれば大問題だ」
「でも……あの子達を、見捨てるの?助けないの?」
「ああいう子たちは、たくさんいるんだよ。私たちの目に見えないところに」
でも、何を思ったところで、子供だから何ができるわけでもない。
それがとても苦しくて、何度も泣き喚いて親を罵ったものだ。
両親は私の幼い泣き言を淡々と受け止め、そして静かに頭を撫でた。
「今感じたことを、決して忘れてはならないよ」
「私たちは所詮ひとつの領土を任された、一伯爵家の人間だ。出来ることには限りがある」
「でも、出来ることがないわけではないんだ」
「カミーユ、自分が大人になった時に何をすべきか、何をしたいか考えながら生きていきなさい」
「どうすればいいのかを。そして、そのためには、今、君が何をするべきなのか、を」
そう言われて育ってきた。
おかげでただの伯爵家の子にしては、たぶん無駄に情報網と伝手が広い。
十の年に、自分と同じくらいの子供達を救おうと決め、私は五年かけて貧民街の掌握し、子供達に教育を広めた。
そして同時に、貴族社会では情報が命取りにもなれば命を救うこともあると考え、社交にも力を入れた。
情報を制する者が、社交界を制するのだから。
でも。
「……私、コレを何に使おうって言うのかしらね」
時折ふと我に帰り、私は苦笑を噛み殺す。
王太子妃にならない私は、おそらく単なる貴族令嬢として、どこかの貴族の息子の元へ嫁ぐのだろう。その時にはきっと全て手放す必要がある。過剰な力は警戒される。手に入れた物を手放すことを惜しみ、己の力に溺れれば、必ず足元を掬われてしまうから。
まるで何かに追い立てられるように、己の地盤を固めようとする行為は、自分でも不思議だった。
ここまでして、いつか使うことがあるのだろうかと、自分でも首を傾げるほどに熱心だったのだ。
けれど、私はそうなるべくしてなったのだと、数年後に理解することになる。
それが私の、この世界での役目だったのだと。
さて。
王立学院には、銀の匙を咥えて生まれた生粋のエリート貴族の子息と、高位貴族とお近づきになりたい下級貴族の子息と、優秀さゆえに特待生枠で入学した未来の国の要である少数の平民達が通っている。
生まれも育ちも価値観も違うため、貴族派と庶民派は相容れないことが多く、時に対立すらしてしまう。
そんな学院内で、爵位は伯爵ではあるけれど、歴史の長さでは王家にすら引けを取らない私は、一目置かれている。
いつの時代も中立の立場を貫き、国のために在り国の真実を記すと言われるユールセンは、政争の只中にあっても権力とは距離を置いている。
そんなこともうまく働いたのだろう。
名家出身でありながらも一風変わった価値観で生きている私は、二つの派閥の間を取り持つ中立派として、そして常識と良識ある真っ当な貴族令嬢として、学生と教師から信用を得ていた。
さて、そんな私の役割は親友であるユリアの恋路を成功へと導くお助けキャラ、らしい。
……何を言っているのか分からないだろうが、私も分からない。
ユリアにそう言われたから、「そうなんだー」と思っただけだ。
そもそもユリアって誰だという話だろうから、説明させて頂こう。
ユリアというのは、貴族の血など一滴も混じっていない生粋の平民ながら、絶大な光の魔力を持つということで王家の推薦で特待生入学してきた少女だ。
淡いプラチナブロンドに、けぶるような長い睫毛。澄んだ春の空のような瞳とサクランボのような唇と薔薇色の頬。
正直、平民とは思えないような絶世の美少女である。
百年に一度現れる聖女の再来ではないかと言われていて、王家からの関心も高く、覚えもめでたい。
聖女候補として扱われている彼女は、貴族の令息令嬢たちにとっては気にくわない存在で、しばしば虐められたりしていた。
それを見かけるたびにさりげなく助けていたら
「さすがお助けキャラのカミーユ!あなたに逢えたことだけはマジ神様よくやった案件よ!この世界に生まれたことを感謝するわ!」
とか謎の愛の重さで語られ、懐かれた。
ちょっと変で、妙な発言も多いけれど、平民生まれだから仕方ないかと私は受け入れている。
それに、じっくり話してみたら、驚くほどにユリアは博識で賢かった。
市民向けの図書館くらいしか知識を得る場のない平民のはずなのに、私でさえ知らない歴史や伝承にも詳しくて、けれど褒めても「いや、まぁ、ファンブックのおかげだし」と謙虚にしている。
彼女は平民の小学校しか通っていないはずなので、そのファンブック先生というのはよほど教養の深い人だったのだろう。
そしてユリアもユリアで、私に対していつも敬意を払ってくれる。
「やけになんでも知っていて、ご都合主義なお助けキャラだなぁと思ってたけれど、カミーユって本当に勤勉で真面目で、何に対しても本気よね。凄いと思うわ」
「私は……そういう家で育ったっていうだけよ」
真正面からの賛辞になれない私は、視線を彷徨わせながら頬を染める。そして、照れ隠しに尋ねるのだ。いつも通り不思議な発言が多いユリアに、平民言葉を教えてもらおうと。
「あの、お助けキャラって何?」
「あ!えーと、……困ってる人を助けてくれる、優しい性格をしている人のことよ!」
「ふーん」
私は、貴族社会では身分を軽んじる変わり者と言われることが多かったし、学院でも何か問われて答えたところでユールセンの家の者ならば何でも知っていた当たり前のような顔をされることばかりだったから、ユリアの言葉が素直に嬉しかった。
ユリアは、いつしか私にとっても気の置けない友人になり、よく一緒に過ごすようになった。
ユリアは特待生入学しただけあって、さすがに賢い。定期試験ではいつも王太子殿下とアンナ様と三つ巴になって首席を争っている。
そしてとても強い。正直、生半可な教師じゃ相手にもならない。えげつないくらい強い。
ユリアの魔力量は圧倒的で、正直同級生では王太子殿下くらいじゃないと相手にならない。先輩でも、ユリアと遠慮なく戦えるのは、騎士団長のご子息や辺境伯令息くらいだろう。
しかも、ユリアは騎士道なんか知ったこっちゃないと言わんばかりに、実技実習では相手の身分などお構いなしで容赦なく怒涛の魔術攻撃をしかけてくる。礼儀知らずの平民と罵られ、無作法な戦い方だと非難されても、ユリアはあっけらかんと笑うだけだ。
「平民は、愛や希望や理想じゃ食べていけないんです」
賢く強く、向上心に溢れ、そして現実主義。
そんなユリアを、王太子殿下や彼の周りの令息達も一目置いているようだ。
能力が拮抗している彼らは、話も合うのだろう。よくユリアに話しかけているし、実技の時は積極的に戦いたがっている。
剣術や体術を除いた純粋な魔術対決だと、彼らよりユリアの方が強いくらいだから、刺激的なのだと言う。
それに他の貴族たちと違って、ユリアはたとえ相手が王太子であろう遠慮せず……というか容赦せず、それこそ殺す気でかかって行くから。
特に殿下は、魔力が歴代王族でも随一と言われるだけあって、常日頃から力が有り余っていて、王家の家庭教師も相手にならず、いつも物足りなさを覚えていたらしい。
だから、ユリアに叩きのめされるのが快感だと、これからも本気で殺す気でどんどん来てくれ、となかなかに危険なことを仰っていた。
……ちょっと、最近は色んな意味で不味い気がしているんだけどね。
二人が楽しそうに高等魔術をバンバン叩きつけあっていると、アンナ様が苦々しそうに見ていることも多いし。
そのうち何か起きるのではと思いつつ、ユリアがそれくらいのことを理解していないはずもないので、静観していた。
ユリアはよく「王太子殿下には、誰よりも強くなっていただかなければ」と呟いていた。
私はユリアをよく知っているから、きっとユリアには何か考えがあるのだろうと思っていた。
けれど、皆がそう思っているわけもない。
ユリアは所詮、平民の聖女「候補」。
今はまだ王家の後ろ盾があるわけでもない。
自分より賢い平民が、自分より強い女が、自分より美しい少女が面白くないと思う愚か者たちは山のようにいた。
いや、むしろ大多数の貴族派の子息たちがそうだっただろう。
貴族の地位に驕った、高慢ちきで能力も理性も足りない者達は、ユリアを敵視して攻撃した。
そして昨日、ユリアはとうとう階段から突き落とされて両足を骨折するという大事件になったのだ。
真っ青になって保健室に駆けつけた私に、ユリアは困ったように笑って言った。
「あーあ。イベントが起こっちゃった」と。
「この世界で起こることを、私が知っているって言ったら、カミーユは信じる?」
そんな語り出しで告げられたのは、驚きの内容だった。
ユリアはこの世界で生じるあらゆる事象を既に知っている。
何か一つの出来事が起きた時、どのような選択をするかで未来は変わる。
けれど、ユリアはどの選択肢を取るとどんな未来が来るのかも知っているというのだ。
そして、ユリアの対応如何では、この王国は滅亡する、と。
「うそぉ」
目を丸くして呆然とする私に、ユリアは疲れた顔で笑った。
「嘘だったら良かったんだけどねぇー。ここまでイベントが起きちゃうと、もう信じないわけにはいかないっていうか。これが噂の異世界転生かーっていうか。せめてもうちょいヌルゲーに転生させて欲しかったっていうか……」
何を言っているのか分からない愚痴をボロボロと零しながら、ユリアは諦めの境地といった風情で言った。
「私、初代聖女の生まれ変わりなんだよね。で、多分、半年以内に魔王が復活するの」
「……は?」
五百年以上前に封じられた魔王の復活をサラリと予言して、そしてアッサリと自分が王国中の関心事である真の聖女であると告げた。
しかも、伝説上の存在とされる、初代聖女の生まれ変わりだ、と。
そして混乱する私を横目に、ユリアは心底憂鬱そうにため息をつく。
「だからそれまでに、王太子と、王太子の取り巻き……じゃなくて側近候補のあの貴公子サマたちと、魔術学のルーカス先生と、王弟のカール学院長と、神殿の奥に眠ってる聖霊を私の魅力で屈服させないといけなくて」
「は?いや、みんな婚約者がい」
「みんな私に夢中になってもらって、私のために命を懸けてくれるくらいじゃないと、魔王が復活した時に太刀打ちできなくて王国が滅亡しちゃうんだよねぇ」
「え?えぇっ!?」
唐突な阿婆擦れ発言に驚いて、常識的な制止をかけようとすれば、とんでもない未来を断言されて硬直する。
「たぶん、カミーユが年齢や立場に不相応なくらい賢いのも、力や情報を持っているのも神様の仕業だと思うんだよね……もちろんカミーユの性格や努力もあるんだけど、なぜかそうしなきゃいけない気がした、って言ってたでしょう?それ多分、神様の強制力なんだと思う」
悟り切ったような顔のユリアから気の毒そうに言われてしまい、私は言葉を失った。
自分の信念と信条のために生きてきたと思っていたけれど、私の人生は神という存在に強制されたものだったのかもしれない。そう聞いてしまい、心がぐらりと傾き、足元が揺らぐような心地がした。
「大丈夫?」
「大丈夫よ。……話を続けて、ユリア」
ユリアは私を心配するようなそぶりを見せながらも、そのまま話を続けてくれる。
「まぁ、ね。腹も立つよねぇ。私も最初は、この国から逃げればいいかなと思ったんだけど、お父さんとお母さんと可愛い弟たちがいるから私だけ逃げるって訳にもいかず……いや、まぁ家族ごと逃げても良かったんだけどね。でもここも悪い国じゃないし、むしろ隣国よりは善政が敷かれている良い国だし、この国の滅亡を高みの見物するのもなぁと。みんなのことも好きだから、死ぬって分かっている場所に置き去りにするのも気がひけるしねぇ」
「え、滅亡確定なの?しかも全員死亡確定?」
淡々とした語りの中で、何個も天変地異級にとんでもない情報が出てきて、私はほとんどパニックだ。ユールセンの家で培った能力を駆使して、必死に情報を拾いながら、突拍子もない話についていく。
「なんとか魔王が復活しない方法ないかなぁって探してたけどさ。学園の禁書庫や王宮の禁書庫に忍び込んでも碌な情報ないし、村で見つけた聖女の手記みたいな古文書を教科書片手に解読してみたらどうにも封印自体の寿命っぽいから、今更どうしようもないみたいだし。あぁこりゃもう迎え撃つしかないのかーって感じで歩いてたら、案の定馬鹿女のアンナに階段から突き落とされちゃったから、もうゲームスタートしちゃったみたいで諦め」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って!!情報量が多い!ついていけない!」
死んだ魚の目をしながら、堰を切ったように話し続けるユリアに、とうとう私は悲鳴を上げて頭を抱えた。とてつもなくヤバイ情報が多い。さすがに脳が処理しきれない!呆然とユリアを見つめれば、ユリアは可憐な美少女の顔に疲れた中年女のような笑みを浮かべていった。
「……まぁ、ビックリするよねぇ。私も最初はどうしようかと思ったもん」
最近は聞かなくなった庶民じみた口調で言って、ユリアは剽軽に肩をすくめた。
「でも……ねぇ、婚約破談になったら、お相手の方々、大変じゃないこれから」
とりあえず手近なヤバ案件から手をつけようと話を振ると、私が手渡したお見舞いのクッキーを頬張りながらユリアはあっさり頷いた。
「そりゃまぁねぇ。しかも破談じゃなくて破棄だし」
ユリアのあっさりとした訂正に、私は真っ青になって叫ぶ。
「破棄!?」
「しかも公衆の面前で」
「公衆の面前で!?理由は!?」
意味がわからない。そんな馬鹿な、と理由を問えば、ユリアは喉の奥で小さく笑ってから、ひどく冷たい微笑を浮かべた。
「魔王に取り込まれたこと、よ」
「……え?」
「あの方々は、婚約者の心を取り戻そうとして、闇の力に手を染めるのよ」
唖然として暫く言葉を失った私は、必死に頭を振って否定した。そんなこと、ありえるはずがない。
「そんな馬鹿な!?禁忌じゃない!」
「でもやるのよ、恋に狂った馬鹿な女達は」
ふん、と腹立たしげに鼻を鳴らして言うユリアに、私は動揺しながら聞き返した。
「女達って、え、婚約者様方の全員が!?」
「普通なら攻略ルートの対象になった相手の婚約者だけ。でも私が進まなきゃいけないのはハーレムルートだから、全員敵になるかも」
面倒くさそうに、けれどそうなることを受け入れた様子で話すユリアに、私は焦り、必死に止めた。
「みんな凄く優秀な人ばっかりよ!?危険すぎるわ!敵になるより味方にした方が絶対いい!方針を考え直した方が」
「味方に?……平民出身の聖女候補の?どうやって?話すことすら難しいのに」
「あ……」
蔑むように薄笑うユリアに、私は言葉を失う。
確かに彼らは、ノブレスオブリージュに則り、尊き者として弱き者を救い助けることを美徳とする、根っからの貴族だ。この国であるべき正しき貴族の形、その理想を体現したような方々と言える。
彼らは、ユリアが身分に囚われず、そして男女問わず、親しい距離で関わることをよしとはしていない。はっきり言うわけではないが、ユリアを王太子や高位貴族令息に擦り寄る売女のように非難している人すらいる。
「ユリア……でも……」
「無理よ、私は諦めてるの」
身分にこだわる彼らを嘲るように、ユリアは歌うような声で続けた。
「私も一瞬考えたわよ?でもあのイケメン達の婚約者の皆様って、身分に結構こだわる方達だからね。何回か近づこうと試みてみたけど、ダメだったの。直接酷い意地悪言われたり、されたりとかはまだないけど、……さりげなく無視されたり、わざとらしく避けられたりしてるから。味方にするのはおろか、近づくのすらムリよ」
ため息が重い。国で有数の名家のご令嬢達をほとんど全員敵に回すことになるのだから、さぞやユリアの精神的負担も大きいだろう。
「あの方々は……ご立派な人たちだから、話せば分かるかも」
「貴族同士なら、話せば聞いてくれるかもね。でも私は、平民なのよ。カミーユ。……貴族なのに平民を軽んじない、あなたみたいな人の方が奇特なの」
なんとかならないかと言葉を繋げる私に、ユリアは悲しげな、でも酷く優しい顔で呟いた。諦め切った様子のユリアに、私は彼女を励まさなければと必死に言葉を探した。
「でも、王太子様たちは……平民でも、きっとあなたの言うことを信じるわ」
「ふふ、そうね。でも彼らは、私が平民だからこそ興味を持っているのよ。根っこのところでは、他のお貴族様達とおんなじよ」
「ユリア……」
肩をすくめて言うユリアに苛立ちはあっても、卑下はない。ユリアは己の価値を理解している。それを平民という色眼鏡をかけてしか見ることのできない者たちを見下しているのだろう。
「けれど……そうね。彼らを全員籠絡して、私の言うことは何でも信じるようになったら伝えようかしら。その方が準備もしやすいし、その頃には聖女の力も完全になっているでしょうし」
「そんな……年頃の女の子が、そんな複数の男性を侍らせるなんて、人聞きが悪いわよ?しっかり普通に信頼関係を築いてから話せば良いのではなくて?」
「無理よ!しょうがないじゃない!」
夢見がちな理想論を繰り返す私に、ユリアはとうとう激昂した。
「そんなの怖くて言えないわ!だって信じてもらえなかったら、人心を惑わしたとか言ってる殺されてしまうに決まってるもの。まぁ、私が死んだらこの国の人間も半年後にはみんな死んでいるんだけど!」
苛立たしそうに言い捨てて、はぁ、と大きなため息を吐く。
「こんな荒唐無稽な話、信じてもらえるとも思わないわ」
「で、も、普通なら分からないようなことを知っているし、それに未来予知が当たれば」
人間不信じみたことを言うユリアに、私は必死で思いつくままに、楽観的な発言をした。自分でも愚かとは分かっていながらも、綺麗なユリアが重く暗いモノに染まってしまうようで、耐えられなかったのだ。けれど。
「あははははっ、それこそ無理でしょ〜!むしろ危険人物と思われちゃいそう、『あなたこそ、魔の者と通じているのでしょう?』なんて言われちゃったら、私殺されてしまうかもしれないもん。……平民だからね」
苛立たしげな口調で、何度も己を平民だからと繰り返すユリアに、私は俯く。
この国では貴族と平民では、同じ罪を犯しても罪の重さが違う。
貴族とは正しき者であるから、罪を犯したとしてもそれは必要な罪であった、もしくは仕方のない罪であったとされるのだ。
常に貴族は救う者であり、施す者であり、守る者であり、教える者であり、諭す者であり、導く者なのだ。
ユリアの言葉は貴族への不信感からの被害妄想などではない。現実的な予測であり、十分にありえる未来だった。
「別に私は逃げてもいいのよ。でも、知っていて逃げたくはないの。だからこれが精一杯。私だって命かかってるんだもの。それも、自分の命だけじゃなくて、この国の人間全員の命が。……本当にふざけているけど」
神様とやらに怒りをぶつけるように天を睨みつけて、ユリアは吐き捨てる。
「婚約者さん達だって、そもそも魔の力になんて頼らなければいいし、それ以前にガッチリ婚約者の心を掴んでおけばいい話じゃない。ぽっと出てきた平民女によこから掻っ攫われるような関係性じゃ、一夫多妻が常識のこの国じゃ結婚したってそのうち浮気されるわよ。そこまで責任とれないわ」
ハッと鼻で笑って、ユリアは片手をヒラヒラと振る。そんなこと知るか、と、まるで悪役そのもののような顔で、この国を救うためにやりたくないけど自分はやるのだと言い切る。
「魔に取り入る隙を与えて、挙句の果てに国家存亡の危機にさせる人間の面倒まで見られないわ」
愚かで甘い令嬢達。
ユリアの中で彼女達は苛立ちの種でしかないのだろう。彼女のストーリーとやらに必要な端役だとしても。
「でもねー、今はただのお貴族様だし、そのイベントがルートの中では不可欠だし。魔に取り入られる前に倒してしまうってわけにもいかないの。そんな簡単な話じゃないのよ」
あっさりと倒すと口にするユリアは、自分の絶大な魔力と圧倒的な魔術があれば、人の命を簡単に左右できるという自覚があるのだろう。ユリアの言葉に気負いはない。単なる事実を話すようにして続けた。
「人には皆、この世界での役割があるのよ。婚約者さんたちは、最後に王太子たちを完全な私の味方にするためのイベントであり、私への愛情を試す踏み絵みたいなもの。愚か者にしかできない大事な役目よ?」
光の魔力に愛されるだけあって、清らかで美しい容姿なのに、ユリアはまるで悪女そのもののような台詞を吐く。
「……でもまぁ、彼女たちが自分の力で魔の誘いを断ち切り、こちら側に踏みとどまれるのであれば良し、そうでなければ知らないわ」
無言で非難を含んだ眼差しで見つめる私に、少しだけ気まずげに言葉を継ぎ足してから、ユリアはキッと私を睨み付けてきた。
「世界を救えとか、ふざけた使命を与えられちゃってる私からしたら、婚約者の心が離れたくらいで闇堕ちしちゃう甘ったれたお嬢ちゃん達なんか知らないわよ」
「そ、それはそうよね」
私を非難するな、と言うように、ユリアは再び激しく苛立ち始めた。しまったな、と反省する。たしかにこれは、ユリアのせいじゃないのに。
それに話の続きを促したかった私は、とりあえず違う話題を振ることにした。
「で、でも、どうやって王太子殿下や王弟殿下たちを落とすの?」
「あー、それはいろいろ下準備もいるんだけれど、基本的には彼らの抱える闇とやらを取り除いてあげれば良いの」
「闇?」
恐ろしいフレーズにゾワっとするも、ユリアはケラケラと明るく笑い飛ばす。
「彼らの抱える闇なんて「闇(笑)」よ。ってさ、私からするとちょっとしたコンプレックスとか些細なトラウマとも言えんトラウマなのよねー。
まぁ、恵まれた者のゆとりと甘え?平民の世界ではもっと悲惨なことが日常的に起きてるけど、悲しみを乗り越えて逞しく生きてるわけよ。カミーユなら分かるでしょ?」
向けられる信頼の心地よさと、貴族として生まれ育った己を振り返り感じる気まずさ。
「あー…まぁ…」
少し視線を逸らして、私はボソボソと言い訳を呟いた。分かっている、つもりだけれど、本当は多分ちっとも分かってなどいないのだ。
「分かる気がするけど、私も平穏に慣れたお嬢様だから。たぶん、分かった気になっているだけよ」
「それで良いのよ。分かった気になっているのだと、分かっているなら。あなたは間違えないわ」
何もかも分かっているような、悟り切った笑みを向けてくるユリアにゾッとする。
何もかも背負わされている彼女の、言い知れぬ絶望と怒りを感じたのだ。
おそらくそれは、運命とか神とかいう超越者への激情。
「私がこの世界で良かったと思えるのは、あなたに逢えたことだけよ。カミーユ」
「ユリア……」
そんな沸騰する溶岩のような内面を押し隠して、ユリアは美しく私に笑いかける。その潔さと強さに、ゾクゾクと背筋が震えた。それは、興奮なのかもしれなかった。けれど。
「こちとら何百万何千万の民草の命を勝手に託されちゃってんだからね!花も恥じらう乙女の貴重な時間を全部己のスペック上げに費やしてんだから!恋にうつつ抜かしてるだけでムカつく!あー!!マジ許さん神いつか殺す!」
「怪我人が騒がないで!あと両足折れたばかりなのに立ち上がろうとしないで!?」
突如としてカッと目を見開いて天に向かって激怒し始めてたユリアに、私は慌てて彼女の肩を押さえて落ち着かせた。
さっきまでの恐ろしいまでのオーラはどこへやら、目の前にいるのは人前では猫被りがうまいくせに、私と二人の時は感情的で気性の荒いいつもの親友であった。
「落ち着いて!落ち着いて!!あなたは今から、その恋愛トライアングルの真っ只中に突っ込む予定なんでしょ!?」
「そうよ!はたから見たら私が一番恋に頭沸いてるアホ女に見られるのよ!……自分が選んだことだから仕方ないとは言え、それが一番腹立つのよね!」
王太子殿下や彼の側近達に、親しげな言葉で平気で話しかけるユリアを蓮っ葉な女と蔑む者もいるが、彼らは分かっていない。彼女はいつも冷静に計算して動いている。十分理解してあるはずのそれを、今、再度叩きつけられた気分だ。ユリアは全て分かって動いている。自分が浴びる非難も、受ける侮辱も、失う名誉も。
それでも彼女は平然と立つのだ。自分には与えられてしまった役目があるから、と。
「ユリア……」
なんとも言えず切なくやりきれない心地でいたが、次の瞬間私の思考は停止した。
「私の好みはカミーユみたいに勤勉で実直で何事にも真剣に全力で取り組む真面目ちゃんなのよ!顔面偏差値はいらん!人間は人徳偏差値だ!」
「……っえ!?」
思いがけない発言に硬直する。
なんでそんな……え?なんで急にそんな告白を!?
そんな私の内心の動揺など知らず、ユリアは一通り叫んで気が済んだようで、「そう言えば」と呟いてあっさりと話を変えた。
「カミーユの先祖って精霊だっていう裏設定あったわよね」
「え!?なんで知ってるの!?それ、王家でも陛下しか知らないはずなんだけど……!?」
「だからファンブックだってば」
ファンブックとやら、個人情報保護の観点からあり得ないのでは?
そう思いつつも、ユリアの興味津々の眼差しに負けて、私はユリアが知りたいのならば、と我が家の秘密を話すことにした。
「カミーユの精霊の特性って何なの?」
「え……と…………中性であること、かな」
「ちゅうせい?中立ってこと?」
「それもある。誰にも何にも寄らない、あらゆる属性のど真ん中の存在であること」
ユールセンは、あらゆる派閥、属性から中立であることを運命づけられている一族なのだ。
「へぇー、でも、女の子じゃん。性別は関係ないの?」
「……あるよ」
「へ?」
初めてかもしれない。ユリアがこんなに驚いた顔をして、言葉をなくしているなんて。愉快になって、私はさっきの仕返しとばかりに、悪戯っぽく笑い返した。
「だから、私は両性でも無性でもなく、本来は中性なの。精霊の血を濃く引くユールセンの直系は、成人の儀の時に性別を固定するのよ。それまではどちらにもなれるの。まぁ、大体はその時の時勢に合わせて生まれた時から一貫しておいて、そのまま固定するんだけれどね」
「え?え!?て、ことは、カミーユって」
「男にもなれるわ」
「えええええっ!?そんなッ、裸見られちゃった!」
動揺したように叫ばれた台詞に、私は首を傾げる。
「私の裸も見てるじゃない」
「いやそうだけど!そうだけど!うそぉおお」
急に真っ赤になったユリアが謎で、私は戸惑った。どれだけ激昂しても根のところでは常に沈着冷静なユリアが、今回は何をそんなに困惑しているのだろうか、と。
「なんでそんなに?私はこのままいけば女に性を固定されるから、気にすることはないのよ?」
「でも!でも!自分が好きな子が男にもなれるって聞いたら意識しちゃうじゃない!」
「……へ?」
決定的発言に、私たちの間の空気が固まる。時間が止まった気すらした。しかし一瞬の膠着の後、ユリアが絶叫してシリアスな空気をかき消した。
「あーーーっ、今のなし!聞かなかったことにして!私たちは親友よそうでしょ!?」
「え、あ、いや、あの、……う、うん」
「あーびっくりした!そんなのファンブックに書いてなかったし!もー!そんな裏設定あるなら教えてよ神様!」
真っ赤に顔を染めたユリアは、パタパタと己を手で仰ぎながら空に向かって不平を垂れる。いつもの明るいユリアだ。
「え、あの、まさかと思うけど、好きになった相手によってアレがムクムク生えてきたりする?」
「ばっ!?なっ!?」
頬を赤らめながらも、興味津々で尋ねてくる内容の下衆さに、私は動転しつつも大声で否定した。
「何言ってるのよ!そんな気軽に性転換するわけないでしょ!?」
「だよね!?あーびっくりした!そんなエロマンガみたいなことないよね!」
「生まれた時に一度、その時の時勢に応じて性別を仮決めして、成人の時にちゃんと固定するの!いろいろ手順を踏んで儀式を行わないと変化しないから!」
びっくりするほど手順が多くて面倒な一族の秘術が必要なのだ。毎日下半身が気軽に凸凹しては堪らない。
「え、ちなみにカミーユが男の子になる可能性もあるの?」
「え?いや、まぁ、そうね。私は第三子だから、どっちでも良いと言えば良いから、可能性はゼロじゃないけど……」
あえて公的に発表していた性別を変える者は少ない。いろいろトラブルも生じかねないから。一度死んで新しい人間にならなきゃいけないし。そう続けようとしたのだが。
「ほんと!?」
だが、ユリアは急に興奮してガバッと私の両手を掴んだ。
「じゃあ私にも可能性はあるってことね!?」
「ええ!?」
「カミーユ、女子が好き?男子が好き?」
「え?え?いや、べつに、どっちでも……」
元から私は中性だし、ユールセンでは性別で相手を分けるような空気はない。愛した相手に応じて自分の性を変えるような、ある意味めちゃくちゃ柔軟かつ自由な一族なのだ。だから男性でも女性でも使える名前を持ち、直系には裏戸籍として性別を変えた時のための戸籍が用意されている。でも。
「じゃあ、私がカミーユを落とせたら、カミーユと結婚することも夢じゃないってわけね!?」
「ええええっ!?」
紅潮した顔に満面の笑みを浮かべたユリアのトンデモ発言に私は唖然と目を見開いた。
「俄然やる気が出てきたわ!サクッと男どもを籠絡して魔王を封じ直したら、カミーユ!覚悟して!あなたを全力で落としに行くわっ!今年中に最速で片をつけるから、男と婚約なんかしちゃだめよ!」
「なっ、いや、あの!?」
顔に血液が集まってくる。絶世の美少女が、随分と男前に迫ってくる。展開が急すぎて、私はアウアウと情けなく呻くしか出来なかった。
「私の最推しは昔からカミーユだったのよ!そうと聞いたら大人しくしてらんないわ!」
さっきは告白まがいの発言をして大慌てになっていたくせに、なんで今度はそんなに思い切りがよいのか。
「うまみがないとか思ってたけど、超美味しい裏設定を隠してんじゃない神様め!」
高らかに叫んで、ユリアはギュッと私を抱きしめた。
それからニ週間後。
「ねえ聞いてカミーユ!王太子を落としたわ!」
「えっ!?いや、え!?早すぎない!?」
「一番ぬるいルートとは言え大変だったわー。単純に命懸けるのってゲームなら余裕だけど、現実世界じゃ失敗即死亡だからさぁ」
「はぁ!?何してきたのよ!?」
「一緒に地下迷宮に迷い込んで、魔物に襲われかけた王太子を庇って胸をグサっとやられてきた」
「はぁああ!?普通に死ぬやつじゃない!!」
「死んでないからオーケー。私のこの美乳に穴を開けた甲斐あって、王太子は無事に光魔法に覚醒したわ。死にかけ程度なら即復活可能な準蘇生魔法はマスターしたみたいだから、これからは気が楽ねぇ」
「命懸けすぎるのよ!!」
さらにニ週間後。
「カミーユ褒めて!宰相の息子が私の信者に堕落したわ!」
「信者に!?堕落!?」
「先週末、古代遺跡に潜って古文書と壁画の暗号を解いてきたんだけどね」
「先週末って私とカフェでパンケーキ食べてたじゃない!」
「あぁ、その後に夕方から行ってきたの」
「強行軍すぎる!」
「我ながらテンションの高低差で耳キーンなったわ」
「きーん??」
「まぁそれはいいとして。古代魔法の呪いが噴き出してきたせいでなんか変な痣が出来ちゃってねぇ」
「えええぇ!?それはヤバイやつじゃないの!?」
「ヤバイはヤバイ。今王宮治癒師と研究者と魔術師と呪術師たちが総出で解除方法を探ってくれてるわ」
「いやぁああ!!死なないでユリア!」
「あ、大丈夫大丈夫。解除方法知ってるし」
「は!?じゃあ解除しなさいよ今すぐ!」
「それが宰相の息子をクリアする最後のステップだから、今の私はゴールを前にステイしてる仔犬ちゃんなのよ」
「意味がわからない」
「本人に辿り着いてもらわないとねー」
「またそれも、宰相の息子さんを庇って受けた呪いなわけ?」
「ご名答。この呪いを引き受けても良いと思うほどに被呪者を愛する者による、痣への真実のキスが必要なのよね。宰相の息子がこのキモイ痣にチューしてくれたらこのルートは完遂」
「はぁ!?それで終わるの!?じゃあ私がキスするわよ!それでいいでしょ!?」
「えっ!?だ、だめよ!万が一魔力が弱いカミーユに呪いがうつったら、すぐ死んじゃうかもしれないじゃない!」
「何焦ってるのよ!道理でいつも元気いっぱい力身に満ちまくってるあなたがお疲れモードだと思ったわ!やっぱり呪いでダメージ受けてるんじゃないの!」
「いや、平気よ、私は魔力を九割吸われたところで常人プラスアルファの魔力量位になるだけだし」
「そんなに吸われてるの!?」
「だ、大丈夫だってば!ちゃんと今日のデートも行けるから」
「お家帰って寝なさい!」
「えええっ、今日を楽しみに乗り切ったのに……」
「看病してあげるから寝なさい!」
「わ、はーい!」
そこから二週間後。
「あ、カミーユ。私、そのうちガチ色仕掛けで騎士団長の息子堕とすけど、本気じゃないからね!純潔は必ずや守り通すから!私の初めてはカミーユに捧げる予定だから!」
「えっ、いやいや待って!?どういう状況!?」
「そのうち魔力封じの石に引っかかって、誘拐されて輪姦されかけるけど、騎士団長の息子が直前に助けに来るから無事だから!気にしないで!」
「気にするわよ!?万一間に合わなかったらどうするのよ!?」
「大丈夫大丈夫、ぶっちゃけ私生まれた時から鍛錬積みすぎて、今や魔力封じの石ごときじゃ魔力封じきれないから。程よく魔力を封じさせてあげて、万一の時は自力でも逃げられるようにしておくから平気」
「いやいや!十分危ないから!っていうか、その前にガチ色仕掛けって何!?」
「服を切り裂かれて下着だけになって、ブラジャーから溢れんばかりのこのたわわなおっぱいがぽよんと」
「いやぁーーーっ!そんなのありえない!」
「いやまぁサービスシーンだから仕方ないよね。見えそうで見えないようになってるはずだから気にしないで」
「気にするわ!あなたは何でも『仕方ない』で済ませすぎなのよ!」
「えへへー、カミーユに気にしてもらえて嬉しぃ〜!」
「呑気すぎるのよ!」
「わかった、実物じゃなくて、作り物のおっぱいが見えるように幻術かけとく」
「……あーもう!私は嫌だけど、仕方ないなら仕方ないわ。でもくれぐれも、効率重視とか言って安売りしちゃダメよ!……ちょっと、話聞いてる!?」
「んー、まぁ聞くだけ聞いてる」
「もぉおおお!」
そして一週間後。
「聞いてカミーユ!カール学院長、本日より私の下僕となりました!」
「下僕!?なんでそうなった!?」
「なんかサドっぽく見えてマゾっけの超強い設定だったから、ちょっと叱りつけてやったらあっさり胸をズギュンと撃ち抜かれたみたい」
「なにそれ」
「アナタの間違いを正して差し上げますわっ!て言いつつ鞭でしばいたら土下座してきたから、激昂しつつ頭を踏んであげたの」
「ええぇええ……」
「あはは、キモイよねーまぁそういうキャラだし仕方ない」
「そっかぁ……学院長……」
「そう言う人だったみたいね。これは学院長に会えるまでのルートが大変なだけで、会っちゃえば割とすんなりだったわ。予想外の選択肢を連続で選ばなきゃいけないから難関ルートと言われてただけで、今回は命も貞操も安全で楽勝だったわ」
「そっかぁ……」
その数日後。
「あーはっはっは!とうとうルーカス先生ゲットだぜ!」
「はい?」
「いやぁ、ゲームの時は一番面倒なルートだと思ってたけど、わりとチョロかったわ。手作りお菓子と一粒の涙と心を込めたお手紙を悲しげにゴミ箱に捨てたらイチコロ」
「全く話についていけない」
「お菓子は材料の採取からしなきゃいけないのが怠かったけど、それくらいだったわ。会話の選択はもう分かってたしね」
「今度は危ないことしてないでしょうね?」
「大したことなかったわよー?うっかり毒草と薬草間違えたから、毒殺しようとしてるのかって激怒されちゃって」
「は?」
「そんなつもりはないです、って啖呵切って毒味代わりに自分で食べ切ったけど」
「え!?」
「まぁそこに解毒薬あるの知ってたからね!先生がすぐ薬くれたからちょっと息ができなくなったくらい」
「いやいやいや」
「そんで、抜けてるのに今後はこんな馬鹿な真似するな!って怒鳴られるってステップ踏んだら、あとは楽勝。先生から程よく離れた後、悲しげにお菓子とお手紙をゴミ箱にポイ!そしたらあとは勝手に拾って読んでくれるってわけよ」
「全然意味がわからないんだけど」
「まぁ楽勝てことよ。やっぱ陰キャは落としやすいわね」
「なんかユリア性格悪くなってない?」
「そんなことないわよ、愛ゆえによ」
「愛?というかペースが早くなってきてない?無茶してるんじゃないの?」
「だから愛の力よ!早くカミーユにアプローチするために、巻きで攻略してるから」
「ばっ、ばか!」
「かわいー!男版のカミーユも見てみたい〜いや私は女の子でも全然ノープロブレムだけどっ!法的に配偶者になって一生束縛したいっ」
「こわすぎて笑う」
その翌日。
「ほぼ勝ち確〜ッ!聖霊と契約結べました!」
「聖霊契約ってこと!?あれって伝説じゃなかったの!?」
「聖女も実在してたみたいだし、聖霊契約もそりゃあったんじゃない?大昔の話だし知らんけど」
「うそぉおおお!えっ、私もあ、会いたい!精霊の長たる聖霊に会いたいっ!」
「え、カミーユがこんなに興奮するなんて衝撃なんだけど。嫉妬がおさえられない」
「何言ってるのよ!祖先の王様みたいなものなのよ!?というか史実を伝えることが役目のユールセンは代々みんな知識欲の鬼なの!知りたがり見たがり聞きたがりばっかりなの!わかる!?見たことないものは見たいのよ!」
「分かった分かった分かった!全部終わったらね!?」
「なんで!」
「今は聖霊クンには私だけを見てもらわないと困るから。カミーユみたいな美女見せて惑われたら困るもん。国の命運がかかってるから。分かってくれる?」
「うー、残念だけど待つわ」
「よかった!聖霊クソ美形だから正直会わせたくないけど」
「え?何か言った?」
「ううん!全部終わったら不要なものはまとめて封印箱にお仕舞いしたいなぁって話」
そして、半月後。
「と言うわけで明日から魔王討伐に行ってくるねー」
「軽い。ノリが軽い!国中どんより真っ暗闇の中って感じなのに」
魔王復活の一報を受け、王国中に悲壮感が漂っているのに、ユリアは相変わらず元気だ。
「まぁまぁ、大丈夫だって。半月かけて全員婚約破棄して私に完全服従したし、全員能力も開花させたし、これで勝つ準備万端だから!」
「……ユリア」
私の不安を払拭するように明るく笑うユリアに、私はなんと声をかけるべきか躊躇った。けれど。
「カミーユは初夜の妄想でもして待っててね!女の子のままでも男と女でも私はオッケーだから!」
「いやいやいや待って!何の話!?」
突然投下されたトンデモ発言に、思わずいつものノリでつっこむ。
「あ、こういうのはフラグになるからダメ?」
「フラグって何!」
「まぁじゃあフラグ折るために一回寝とく?初夜済ませとく?」
「何を!!言って!!いるの!!」
「あはははっ、冗談だって〜!じゃ、行ってくるね!」
ふざけ倒すユリアに、私が頭を掻きむしりそうになっていると、ユリアは急に優しく笑った。そして。
「好きよ、カミーユ」
「ユリ、ァ」
ちゅ
唇に柔らかくて温かいものがそっと触れる。
「えへ、先に手付金だけ払っときますので!」
「……え?え!?ええぇっ!?!?」
「残りは帰った後にじっくりねぇ〜!」
おどけた仕草で後ろに飛び退き、私の返事も待たずにユリアは駆け出した。
危険極まりない、人類の戦いへと。
さて。
しかしユリアは宣言通り、ものすごい速度で進軍し、凄まじい勢いで魔族の首を刈り取り、泣き叫ぶ魔王の心臓を串焼きにして、あっさり帰ってきた。
「串焼き?串刺しじゃなく?」
「串焼き。ちゃんと焼いて食べておかないと復活したら困るじゃない」
「封印じゃなくて!?殺せたの!?」
「うん、なんか出来た」
「なんか!?出来た!?」
なんだかんだ優しいユリアは、例の婚約者様方も殺しはせず凍結保存していたらしく、全て終わった後にきちんと生き返らせててあげていた。ホッとしたが、その時はわりと修羅場だった。
「アンタ達がボンヤリのんびりしてるから、私みたいな平民女にうつつ抜かされちゃうんでしょ!しっかりしときなさいよ!」
解凍されて体も口も自由に動かせず、反論出来ない女性陣をポンポンと叱咤激励し。
「あと男ども!アンタたちも婚約者いるくせに他の女に目移りするとかクズいのよ!」
女を押し付けられてショックを受けている男性陣を、ハッと鼻で笑い。
「私が一度でも、アンタたちを好きって言ったことあった?」
ユリアは傲岸不遜を絵に描いたような態度で腕を組んで言い放ったのだ。
「こここここの、悪女ーーーっ!」
「はははははっ!私は伝説の聖女様の再来だぞ?敬え跪け!」
涙交じりの罵倒に、大陸中央神殿から大聖女の認定を受けて国王に匹敵する地位となったユリアは、高笑いしながら言い放った。
「もう今後は誰の言うことも聞かないわ!好きなことしかしないから、覚えておいてねっ」
と。
「さて、カミーユ!どっちにする!?」
いろいろ落ち着いた後、我が家の私の部屋でユリアの慰労を兼ねてお泊まり会をしようとしたら、ユリアが目を爛々と輝かせて迫ってきた。
「救国の英雄であり救世の大聖女が、なんでそんな浅ましい顔してるの!」
「下卑た人間ですよゲヒゲヒ」
「その顔と言い方やめてってば!」
妙なテンションのユリアに私は額を押さえて呻いた。私の親友ってこんな性格だったかしら。
「旅の後からなんかユリア変よ!」
「まぁねー、汗臭くて硬くてウザくて、しかもずっと好きでもない男どもに囲まれ続けてストレスマックスだったからさー。良い匂いで可愛くて柔らかいカミーユのところにやっと戻れたらテンションもおかしくなるよねぇ」
「えっ」
疲れた顔でユリアが続けた愚痴めいた台詞に、私は思わず固まった。
「え?どうしたの?」
キョトンとこちらを見てくる可憐な美少女、中身は鋼メンタルの超人に、私はおそるおそる尋ねた。
「いや、その……ユリアは、女の子のままの方が良い?」
「え?」
「あ、えっと、法的に結ばれたいとか言ってたから、男になる覚悟してたんだけど」
「えっ、えっ!?まじで!?」
「あ、ユリアがこのままの方がいいなら、私はそれでも」
「うれしー!そんな覚悟までしてくれてたの!?私と添い遂げようってことよね!?わぁ感激!」
しどろもどろの私の説明に、ユリアは顔を輝かせて満面の笑みを浮かべた。
「あ、でももったいないからせっかくだし、男の子になる前に一回やっとかない?」
「えええっ」
「純潔失ったら性転換できなくなるとかある?」
「え、いや、分からない。妊娠していない限り制約はないと思うけど」
「あ、じゃあ女の子同士ならオッケーだね!」
「何が!?」
「いっぱい働いたからご褒美もらいまーす!」
「わぁあああ!?な、ちょ!待って!?」
「嫌でーす!」
喚く私をよそに、上機嫌に絶好調なユリアは、私を力いっぱい抱きしめて宣言した。
「一生大事にするので、……いただきまーす!」
その後、ユリアと結婚するために男になってユールセンの分家の子の戸籍を得た私は、貴族籍を抜けてユリアとともに平民として暮らした。
「平民の方がいろいろ寛容だし、自由度が高いからね。カミーユのやりたいことがしやすいと思うよ」
「確かに」
私は頷きながら、次に進出予定の地域の資料をめくる。
「お金はたくさんあるから、やりたいことばっかりやって生きていこうね!」
「ユリア、カッコいー」
胸を張るユリアに、ケラケラと笑いながら拍手する。
私たちはあちこちの貧民街に学校を立て、学びに来た子供達に給食を与え、ある程度ものになったら自分たちの会社に最低賃金で雇い入れる。向き不向きに応じて複数の仕事を割り当て、安価で質はそこそこの商品を作り、貧しい市民向けに売っているのだ。きちんと働けばきちんと賃金が手にはいることを覚えた子供たちは、盗みに手を出さなくなってきた。成果を上げれば上げた分だけ上乗せされるので、働く喜びも得られているようだ。
「ま、利益はほとんどないし、半分慈善事業だけどね」
「生きていくお金は十分あるんだから、減らなきゃ良いのよ。赤字にならないなら問題なし!」
太っ腹なユリアのおかげで、自分で好きに動けるので、私は仕事の遅い国にイライラしなくても良くなった。
「聖女の名前があると疑われたりもしなくて済むし、楽だねぇ」
「聖女様の事業ってことで皆からありがたがられて、聖女がお怒りだってことで国も焦って貧民街対策に乗り出してくれて、やっぱ頑張って聖女様やっといてよかったわー」
「そんな気軽に言うような困難じゃなかったでしょ」
「まぁ何回も死にかけたけど、想定の範囲内だし」
「そんな想定があるのに突っ込んだユリアは本当にすごいよ」
しみじみと呟く私に、ユリアはいつも通りなんてことなさそうに笑う。
「ありがとうね、汚名を被ってまでこの国と私たちを守ってくれて」
「ふふ、ビッチの汚名は別にどうでも良いわ。家族とカミーユが分かっててくれたら他の人なんかどうでもいいもの」
「まぁ、それもそうね」
いろいろあったけれど、今は大変幸せな毎日なのだ。だから。
「最初は腹も立ったけれど、神様に感謝しないとね」
「確かに、その通りだね」
そう言うユリアに私も笑って同意した。
私たちは微笑みあい、ちゅ、と触れるだけのキスをした。
初めて口付けた時よりもずっとスムーズに、お互い少しだけ歳を重ねた顔で。
「好きよ、カミーユ」
「私も、ユリア」
私たちはいつものように、愛を囁き合う。
ユリアが手にいれてくれた幸せを噛み締めながら。
短編なのに長くてすみません。
3年前に書きかけて放置していた作品でしたが、書き始めたら長くなってしまいました。