第七話:それぞれの約束と思い出
「なっ……」
浅田は写真を見て顔を赤くする。写真をよく見てみると桜をバックに幼い頃の浅田と女の子が写っていた。雰囲気からすると中学の卒業式だろう。お互い卒業証書をもってピースサインをしている。
彼も意外と可愛いところもあるのだなと相澤は思う。だがこのような写真を日々持ち歩いている事は正直疑問だった。
「ふぅん。野球も出来て、お金もあって、彼女もいてと本当にキミは人生を謳歌してるね」
「この写真は中学の時の彼女や。今は別れとるわ」
浅田はうつむいてポツリと呟いた。
「何故別れてるなら持ってるんだ? 」
相澤は疑問を投げかける。しかし彼は黙り込むだけだった。
「理由がないなら別に破ってもいいよね」
男はそう言いながら写真をひらひらさせると浅田は諦めたように口を開いた。
「実は……明日香と別れる時に『大物になったら迎えに来るわ』と約束したんや。この頃は携帯電話とか持っとらんかったしな」
男性の恋は名前をつけて保存、女性は上書き保存。ふと相澤の頭の中にその言葉が浮かぶ。
「ほんまいい歳して情けないと思うやろ。でも約束を叶えるためにウチは日々頑張っているんや」
そう話す彼の目はどこかで光を失ったかのように見える。彼はそんな人じゃなかったはずだ。そんな彼を見て相澤はどこか怒りを覚えていた。
「そんな約束に縛られて苦しくないのか?辛くないのか? 」
相澤は浅田の胸倉を掴んで訊ねる。正直五歳も年上の相手にこんなことで問い詰めたくはない。だがそうしなければ彼が救いようのない人間になってしまいそうだった。
「苦しいに決まっとるやろ! でも破れないんや。明日香が待ってるのにウチだけが幸せになれへんやろ」
「苦しいなら破ってしまえよ。明日香って言う彼女も浅田さんが幸せになって欲しいと願っているはずだ」
相澤の一言で浅田は急に黙り込んだ。まだ苦しいと思えているなら救いはある。だがここまで彼が重い話を出してくるとは予想外だ。相澤は掴んでいた胸倉を離すと浅田は形容しがたい表情を浮かべていた。
「ふーん。人間ってよく分からない生き物だね。ボクにはさっぱり分からないや」
男は浅田に写真を返しながら他人事のように言う。浅田の後にこちらがどんな話を振っても霞んでしまうのは分かりきっていた。
「浅田さん、申し訳ない。きついこと言ってしまって」
「ええんやで。むしろこっちの方が申し訳ないわぁ」
浅田はそう言いながら笑顔を向ける。彼の目も光を取り戻したようで相澤は安堵した。
「俺は浮いた話は全くないから羨ましい。俺の小さい頃は武道の稽古ばかりだったからな」
相澤は自嘲した。
「まぁそれも翔と共に切磋琢磨してたから一度も辞めたいと思ったことは無かったが……」
そう言いながらあの時の記憶をたどってみる。正直に稽古自体は厳しかったが、そのおかげで今の自分があると言っても過言ではない。
「そうなんや。ところで翔って人は今どうしてるんや? 」
「今は俺が稽古していた道場の主をしている。元々俺が武術をしだしたのも彼の誘いからだしな」
相澤は浅田の疑問に答える。だがその横で男がつまらなさそうに相澤を見つめていた。相澤が男の方を向くと突然男は姿を消し、元いた場所に姿を現す。
「二人とも面白い話をありがとう。さてと、三回戦を始めようか。趣向をちょっと変えてみたから楽しんでくれると嬉しいな」
男は張り付いたような笑みを浮かべながら言った。正直まだあるのかと呆れ返りそうだが、子供たちのためにやらざるを得ない。
「ちょっと待ってくれ。相澤、足痛くないんか? 」
「大丈夫だ。痛くはない」
そう言えば自分が足をひねっていた事を忘れていた。当時よりはマシにはなってはいるが少し痛むのは変わりはない。
「ほんまか? 申し訳ないけど主催者、救急箱とかないんか? 」
「全く困っちゃうね。そんなものは先に言ってくれないと困るよ」
男は気だるそうに言うと何かブツブツと唱える。すると浅田の横に突然救急箱が現れた。
「よっしゃ。相澤、手当するから動かんといてや」
救急箱を見て笑顔になった浅田は相澤の左足首を手当する。相変わらず慣れた手つきで終えると、すぐに使ったものを片付けていた。
「よし、これで完璧や。ほな、三回戦やるなら早くやって欲しいわぁ」
浅田はそう言いながらバットを構える。あの時の怯えた目とは違い、どこか戦いを楽しみにしているように感じた。
「ハッハッハ! そう来なくっちゃ。それでは三回戦を始めようか」
男がそう言うと鉄格子が上がり、二体の怪物が二本足で歩いてくる。見た感じ人間のようだったが、顔には何となく犬のような特徴がある。その手にはかぎ爪が生えており、不快な雰囲気を醸し出していた。
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