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第四話:殺せ、死にたくなければ

 相澤は怪物を見た途端頭が真っ白になる。ザラザラした皮膚に大きな目と耳を持ち、やつれた身体を持ったコアラのような怪物。それは歪んだ恐ろしい顔で相澤を見つめており、重々しい足取りで向かってくる。


 相澤は自身が売れていない頃はスーツアクターとして生計を立てていた。もちろん怪人や怪物などと戦うといったシーンも何度かやったことがある。

 あの時に戻りたくはないが正直どこかやりがいを感じていた。その時を活かすとなると今しかありえないだろう。


 思い出すんだ、あの時を。

相澤は振り下ろされる怪物のかぎ爪をひらりとかわす。かぎ爪は相澤の体から逸れ、宙を切り裂くようにして地面へと突き刺さった。




「かっこいいー!」


「頑張れぇー!」


 子供たちの歓声が聞こえる。だが相澤はどこか恐怖を抱いていた。スーツアクターをしていた時とは勝手が違う。怪物は明らかにこちらを殺しにかかってきているのだ。


「相澤、どないしたんや? 」


「なんでもない」


 近くにいた浅田の声に軽く返す。

そして相澤は地面を蹴ると一度飛び上がり、空中で回転しながら化け物の脇腹を目掛けて蹴りを放った。

 嫌な音が聞こえると共に化け物の体が吹っ飛ぶ。相澤が地面へと着地をすると子供たちの歓声が闘技場全体に響き渡った。


「相澤、あんた人気やな。ほんまうらやましいわぁ」


「気のせいだ」


 怪物が起き上がっている姿を横目に浅田が笑顔で労ってくれる。その笑顔はどこか明るく元気づけられるようだった。

 相澤はプロ野球の事はよく知らない。だが彼がこうやってチームメイトを元気づけたりしているかもしれない。そのような想像をしながら相澤はにこりと笑った。




「さて……と。ウチもやらなあかんみたいやな」


 浅田は怪物に近づきながら子供たちに向かって忠告する。


「よい子のみんな。今から僕がいいと言うまで目を(つむ)って欲しい。これから――」

 

「キミ、その行動は感心しないね」


 浅田の声をさえぎって男が椅子から立ち上がりながら言い放った。


「でもそこまで気が回るところはほめたいよ。特別に今回だけは許してあげようかな」


 男はそう言うと再び椅子に座って足を組む。気がつけば大半の子供たちは浅田の言葉を聞いて目を閉じていた。

 浅田は一息つく。そして立ち上がろうとしている怪物に金属バットを振り下ろした。


 伊藤が潰された時と似たような音が聞こえてきた。それと同時に金属バットが血に染まる。


 浅田の攻撃はさすがに怪物も痛手だったのか、血を流しながらバランスを大きく崩して転倒した。だが素振りからしてまだ息があるように見える。




「あ……あ……」


 浅田は血のついたバットを見て言葉を失っていた。彼の着ている白いユニフォームに点々と血しぶきがついており、彼が行った事を鮮明に表している。

 その隙に怪物は浅田を目掛けてかぎ爪を振り下ろす。しかし彼の攻撃が余程応えていたのか空振りし、何とか事なきを得る。


「浅田さん、浅田さん! 大丈夫か! 」


 相澤は浅田の胸をつかんで呼びかける。今まで明るかった彼がここまで変わったのは心に相当なショックを受けたとしか考えられない。


「相澤、ウチは大丈夫や。でも……少し心の整理をさせてくれんやろか」


 浅田はそう言いながら怪物から距離をとる。その姿を見ながら相澤はどこか違和感を覚えていた。何か忘れているような気がしているが思い出せない。どこかもどかしいような気持ちが心の底に貯まり続けていた。




 そんなことよりも目の前にいる怪物を倒すことが先決だ。相澤は再び地面を蹴って宙を舞う。今度は怪物の頭を目掛けて足を振り下ろした。


 不快な音が辺りに響く。それと同時に自分の足が血に染まった。相澤の蹴りが直撃した怪物はしばらくの間痙攣(けいれん)している。だが相澤が地面に着地していた頃にはもう動いていなかった。


「素晴らしい! さすがはボクが見込んだ戦士だ」


 怪物を倒すや否や男が立ち上がり拍手をする。気がつけば子供たちも目を開けて男と共に拍手をしていた。


「狂っとるわ……ほんまに狂っとるわ」


 拍手をしている男を横目に浅田がぽつりと呟く。


「浅田さん……」


「聞ぃとったんか。ほんますまん、無理しとるのはウチだけやないってこと忘れとったわぁ」


 浅田はそう言って申し訳なさそうな表情を浮かべる。そして彼が子供たちの方を向いた時、男は立ったまま口を開いた。




「さて、キミたち。二回戦を始めようか」


 男の声と共に再び鉄格子が音を立てて上がる。その音を遮るかのように何かの足音が聞こえた。二人……いや、二匹だろうか。相澤は耳を傾けながら内心嫌な予感がしていた。


 鉄格子の中に居たものがゆっくりと出てくる。それはまるで目のないヒキガエルのような化け物だった。


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