第一話:見知らぬ闘技場から
「おい、君大丈夫か!?しっかりするんだ!」
誰かがこちらを呼んでいる。野太くどこか安心感のある声が頭に響いていた。
声の主は誰だろうか。まだ意識が朦朧としているせいか記憶を辿っても心当たりはない。
浅田は思わず身動ぎした。それと共に違和感が全身をかけめぐる。どこかザラザラとした感触がある。おそらく砂地の上に寝ているのだ。
ここは、どこなんだろうか。
当然の疑問に対して、答えは出なかった。お酒は飲んではいるが節度は守っている。だからこそ今の状況が理解できないのだ。
浅田は目を覚ますと一人の男の姿が飛び込んでくる。キリッとした顔立ちに真っ直ぐな瞳。紺色の制帽と同色の制服姿からおそらく警察官だと分かる。
浅田は思わず起き上がって周囲を見回した。
こちらを取り囲むような壁に広大な観客席。地面には砂がまかれており、向かい側には不気味な鉄格子があった。
ここはもしや闘技場では無いだろうか。
浅田は自分の頭が変になったのかと思った。こんな不条理な状況は絶対にありえない。だが五感がそれを否定し続けていた。
「気が付いてみたらこんな見知らぬ場所に居たものだから、君が何か知らないかと思って起こしたんだ。大丈夫かい?」
そんなこと知るよしもない。浅田は怒りのような感情が湧き上がっていた。だがそれを男にぶつけるのは間違いだ。彼も同じ状況だと自分に言い聞かせ、怒りを鎮める。
「えぇ、大丈夫ですよ。それよりもあなたは誰ですか? 」
男は浅田の疑問に渋々手帳を見せた。開くとバッジと共に男の写真が見える。伊藤誠也。おそらくこれが男の名前だろう。
「伊藤さんですか」
浅田はそう言うと手帳を伊藤に返した。彼はそれを受け取り、ポケットに入れてから口を開く。
「ところで君の名前は? 」
「浅田康介です。年齢は三十歳、職業はプロ野球選手です」
浅田は正直に言う。特に何を聞かれても恥ずかしいことは全く無いつもりだった。
「なるほど、ありがとうございます。私はそこにいる人を起こします。浅田さんはここから出る方法を探してください」
伊藤にそう言われ再び周りを見回すと一人の男が寝ているのが見つかる。伊藤に言われなければおそらく気が付かなかっただろう。
しかしこの男に見覚えがある。浅田は彼の事を思い出そうする。だがどう足掻いても喉から出かかるぐらいが精一杯だった。
浅田は男を思い出すことを諦め、ここから出る方法を模索する。最も手っ取り早いのはこの闘技場の壁を登ることだった。観客席へ向かえば視野が広がると思ったのだ。
浅田はそう決めると壁の方へと向かう。そして足場を確かめながらゆっくりと登り始めた。自身の身長が高いのも幸いし、直ぐに観客席に行けそうだった。
あともう少しだ。
浅田は観客席の方へと手を伸ばそうとする。しかし見えない壁が阻み、落下して尻もちをついた。
「大丈夫ですか!? 」
浅田の落下に伊藤が近くまで駆け寄ってきた。
「えぇ、大丈夫です。ところで男の人は目を覚ましましたか? 」
「は、はい。浅田さんも来てください」
浅田はこくりと頷くと伊藤についていく。彼の直線上には黒いシャツを着た男が頭を抱えていた。
「うっ……ここはどこだ……」
男はようやく現状に気づいたのかかなり混乱しているように見えた。
「私も分かりません。君は何か知っていませんか? 」
「知らないな。ところで隣にいる人は誰なんだ」
「浅田康介です。あなたは? 」
「相澤、相澤亮佑だ」
思い出した。浅田は喉から出かかっていたものが解き放たれていく。
「相澤……確か今年の特撮の主役を演じていましたよね? 」
「そうだ。まさか知ってるとは思わなかった」
相澤は驚いた表情で浅田を見つめていた。本当にこちらが知っていると思わなかったことが受け取れる。
「さて、自己紹介はこれくらいにしてここから出る方法を探しましょう。君たちには手伝ってもらいますよ」
浅田と相澤に割って入るかのように伊藤が口を開く。確かに彼の言う通りだ。浅田は頷くと歩き出そうとした。
「ハロー! エブリワン! 」
突然何者かの声が闘技場全体に響く。浅田は思わず声がした方を向いた。
声がしたのは観客席の一際豪華な一角だった。そこに貴族の服をまとった男が立っている。しばらくしてこちらに気づいたのか男は張り付いたような笑みを浮かべた。
「ウェルカムトゥマイコロセウム!ハッハッハ!」
謎の男はそう言うとパチパチと拍手をする。彼以外観客は居ないはずだ。しかしなぜか割れんばかりの拍手と歓声が闘技場全体に響き渡っていた。
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