メカガキをわからせる話
「ざぁこ♡ざぁこ♡対空スカスカ♡強気に襲ってきたのにすぐ墜ちる♡」
寂しく冷たい宇宙に光で出来た華が咲く。俺の人型機動兵器──ESから放たれたマナライフルの銃弾は敵戦艦の機関部を打ち抜き、二度と動くことのないガラクタへとその価値を貶めた。
「あっ、お兄ちゃ~ん♡あっちにも本体からはぐれたフネがいるよ。手柄欲しい~、狩って狩って~♡」
言われるがままに飛び、その間にチャージした魔力で視力を頼りに遠距離から不意打ちの狙撃を叩き込む。ブリッジをわずかに逸れた弾は砲塔に直撃し敵主砲を沈黙させる。
それに遅れて敵艦から3機の鉄人形が出撃した。もう一発狙撃を狙う時間はないな。
「ざぁこ♡ざぁこ♡エイムよわよわ♡なのにライフル厨♡近接はできないの?♡」
あ”ぁ”ん”!?!??
「なめるなよ!メカガキが…!俺の腕をわからせてやる!」
ライフルを背部に格納するや否や、ブースターを吹かせて敵に肉薄する。バズーカを躱し、散弾はシールドで軽減!脚部から2対のマナブレードを取り出してすれ違いざまに斬りつける!
一つ、二つ、三つ目……は浅い!機体の向きをそのままに、力場発生装置を全開にして急バック。一秒にも満たない時間で逆向きに動ける俺に、敵が動揺する気配が伝わってくる。驚きからか、何もできないまま3機目は背中からパイロットを貫かれて活動を止めた。
後は流れ作業だ。自棄になって砲と機銃をぶちまけるフネに飛び乗ってブリッジを横薙ぎに一閃。一丁上がりだ。
「見たか、これが大人の力だ…!」
「いや、お兄ちゃん地球基準だと高校生でしょ」
そう、俺はもともと地球のどこにでもいる学生だった。だが今は違う。
宇宙征服を企む帝国と、その勢いに押される周辺国家。その中でもひときわ小さい国々が集まった連合で傭兵をやっているのが俺だ。というか、小国連合は満足に常備軍を揃えられていないのでこの戦場の味方は半分以上が傭兵だ。
上下左右、天地も方角も関係なしに戦える宇宙での戦闘は味方同士どれだけ連携して火力を集中できるのかが重要だ。だというのに、さっきから陣形から落後した艦がひっきりなしに出現している。敵だけではなく味方でもだ。ここは戦闘宙域の中心だってのに…!
傭兵も兵隊も戦うのが仕事だ。そして国軍は死ぬことすらも任務のうちである。国を守るということが彼ら、ひいてはその家族や友人を守るという報酬に直結しているからだ。しかし傭兵は生き残らなければ意味がない。縁もゆかりもない土地で、命をかけて戦うほどの価値を戦いに見いだせないからだ。
「まずいな、こんな乱戦になると傭兵が撤退していくかも…」
敵味方入り乱れての大混戦だ。特に傭兵は正規軍より前に出されていて危険な状況にある。こうして考えている間にも機体のそばを流れ弾がかすめていく。普通の傭兵ならここは退く。当たり前だ。このままだと高い確率で死ぬし、誰だって俺だって死にたくはない。だけど、だけど…。
「きゃっ、もー。ちゃんと避けてよね。センサー焦げちゃったじゃない」
全天周モニターとは別の、手元にあるコンソールから声が響く。画面をちらりと見れば幼い少女がこちらをジト目で罵ってきた。
「…あれー?あれれー??……もしかして、びびっちゃった?このくらいのピンチで?」
容姿に似合わずほのかに妖艶さをまとう彼女は、初めは戦場で考え込む俺に呆れていたようだったが、そのうち操縦桿を握る手が震えていることに気付くとにんまり笑った。
「ざぁこ♡ざこざこ地球人♡負け犬♡植民惑星♡故郷奪還なんて夢のまた夢♡」
ぶちっ。血管が切れる音が分かった。
「なめるなよ、メカガキ!!こんなもんピンチのうちにも入らんわ!おら、どこ狙えばいいのかナビゲートしろ!!」
「あはっ♡そうこなくっちゃ♡頑張って出世しないといけないもんね?だ・か・ら~、乱戦に乗じて敵の旗艦、狙っちゃおっか♡」
「えっ」
「もしかして~、ビビッて」
「ビビッてないわ!ほら、はやく戦域図に目標設定!……よし!い、行くぞぉ~」
全速力で駆け抜ける。俺から見てやや左斜め上に陣取っている敵旗艦は指揮下の艦隊をすり鉢状に展開させ、逃げ腰の連合軍先鋒に火力を集中させようとしていた。
状況を観察すると、早くも傭兵たちの一部が撤退を始めたために大量のフネの流れに正規軍も巻き込まれて一旦後退を余儀なくされているらしい。一部の士気が高い部隊が残って追撃を防いでいるのだとか。さっき先鋒に火力をうんぬんといったが訂正する。あれは殿だったらしい。
いや、ダメでしょ。あの部隊討たれたら背中晒してる奴らしかいなくなって無防備なままカモ打ちされてしまう。というか、撤退が早すぎるだろ。もうちょっと乱戦のままだと思ったのに。まだ傭兵の半分以上は普通に大乱闘やってるぞ?
あ、違うな。撤退しているのはどこも数は多いが質の評判はいまいちな連中だ。寝返りを持ちかけるのに最適な連中だな。この流れは仕組まれていたとみるべきか。
不幸中の幸いというべきか、敵艦隊は連合側正規軍を削ることに集中するようだ。当然だな。俺でもそうする。雇い主を失った傭兵は脅威にもならないからな。戦意ゼロになるし。
だが、そのために最高率な陣形を取ったのは誤りだったな。火力を出そうとすればするほど旗艦の守りは薄くなる。今ならまだ、討ち取れる!
『あ、おい。そこのES、どこに行く』
「ちょっと敵のボス倒してくるわ。てかお前らもついてこい。大手柄だぞ」
『はぁ!?お前正気か!?……あ、でも旗艦はすり鉢の底か。全速力なら守りを食い破れるか…?』
「本隊の援護とか戦線維持とかやっても金にならんだろ。こっちは上手いことやり切ったら恩賞出ると思うぞ。なにより、失敗しても逃げやすい!」
駆け抜ければ敵の後ろに抜けられるわけだからな。
誘いをかけた本人の俺が、彼らを待たずに突撃している様を見て焦ったのだろう。近隣の傭兵たちはしばらく相談していたようだが、やがて現在の交戦相手を無視して俺に合流してきた。
無視された敵はこちらが逃亡したものと思ったのか、意気揚々と連合正規軍いじめに参加していく。だが、勝ち誇ったかのような彼らの動きが焦りに変わるまで10分もかからなかった。
そこら中から集められるだけ集めた傭兵艦隊は一旦戦場を離脱するかのような動きを見せたものの、すぐに方向転換して敵旗艦へ一直線に進んでいく。直上の旗艦護衛艦隊はここにきてようやく俺たちの危険性を認識したらしく回頭して砲撃を飛ばしてきた。
「気付くのおっそ~い♡でもぉ、しかたないよね~。天才AIのわたしにはかなわないもんね~。有視界戦闘に持ち込んだぐらいで知恵比べに買ったと思った?ざぁこざぁこ♡ニンゲンよわよわ~」
こいつのナビゲートに従っていれば極力注意をひかずに進軍できる。なんでも意識の間隙を突けるのだとか。正直詳しいことはわからないが、一つ確かなことは目の前に勝利が転がっているということだ。
「お兄さん、砲撃の予測線だすね♡頑張っていっぱい避けてね♡」
傭兵艦隊に先駆けて俺が単騎で突っ込んでいく。囮だと分かっていても一機も通せない敵護衛艦隊は相手せざるを得ない。さっさと片を付けようという意思のこもった一斉射。焦りながら撃った砲撃じゃあ俺には中てられないよ!
おら、システム解放!
『な、なんだ!?あの動き!』
『ダメです、止まりません!まもなくこちらのES部隊と接触!』
『こちら赤の1番。目標を確認、交戦開始!……馬鹿な!ヘッドオンで2機墜ちたぞ!?』
感じる、味方も敵も。一方的な共感能力が周囲の人間の考えを読み取っていく。この機体と、そこに封じられていたAIの真価の一端だ。全ての力を引き出せば、相手の理性も感情も技術も経験もすべてを喰らい尽くす、そのためのシステムである。
『まて、この反応…!造反AIだ!MK-GAKIだと!?すぐに旗艦に報告しないと───』
直後ブリッジに訪れたマナライフルの狙撃によって思念が途絶える。危なかった…、300年前の指名手配犯のデータベースとか普通戦場に持ってくるか?
「ふふ、ありがとうお兄さん♡肝心な時ばっかり狙撃に成功するんだから♡普段はダメダメなのにねぇ♡」
「は???普段からつよつよスナイパーなんだが?」
「え~?じゃあ、有効射程ギリギリに旗艦居るから撃ってみてよ♡」
「はっ!楽勝だぜ!」
外した。
「ざぁこ♡ざぁこ♡スナイパー気取り。近距離戦のほうが強い。中距離戦の鬼♡」
クソッ!なんもいいかえせねえ!
近寄ってきた敵のESを撃墜しながら敵の護衛艦隊をけん制して傭兵艦隊への砲撃を止める。先ほどの俺の狙撃で旗艦への防御を固めることを優先したのか、砲撃のキレが悪そうだ。
そうこうしているうちに圧力が減った隙に乗じて傭兵艦隊が到着。敵に援軍が駆け付けないうちに勝負を決めようと怒涛の攻めを開始した。
もっとも、敵もさるもの。精鋭で構成されているであろう旗艦の供回りたちは見事な練度で傭兵たちをはねのける。
「よ~し、お兄ちゃん。ヤッちゃえ♡」
モニターに表示されるルートをフルスロットルでかっ飛ばす。
GAKIシステムを全開にした俺に攻撃を当てられるものは居ない。旗艦に近づくにつれて激しくなる砲火も余裕をもって躱していける。遮るものは何もない。旗艦のブリッジに銃口を向ける。艦長席のさらに後ろの高座に座る男と目があった。
「はじめまして、さようなら」
敵の司令官が最後に抱いていた感情は、家族への心配だった。
「───であるから、この度の功績を認めこのものを連合国内に封ず。爵位は男爵とし、領地には今回切り取った惑星を当てるものとする」
あれから。形勢逆転した俺たちは大軍をそのまま降伏させることに成功する。あの時点で挟み撃ちみたいになってたからね。推定裏切り者の傭兵団もちゃっかり反撃に加わって褒賞されていた。証拠とか無いからなんもいえねぇ。
そして訪れた戦後。といっても一時的な休戦協定が結ばれただけだが、その間に今回の戦闘の論功行賞が行われた。俺も無事貴族としてなりあがり、戦場になってぼろぼろの最前線を領地にいただいた。
なんともいえない褒美だが、こんなのでもあるのとないのじゃ大違いだ。いろいろな不満は飲み込んで、今は戦勝(仮)パーティーを楽しんでいる。
「お久しぶりです。この度のご活躍、我がことのように嬉しく思います」
「これは姫様。お久しぶりです」
数少ない挨拶相手を見送って一息ついたところで、雇われていた小国の姫が現れた。当たり障りのない話だったが、ようするに出世株っぽいヤツがいるから縁をつないだままにしておきたい…みたいな感じらしい。
関係を保つのが目的だからか、話は政治を外れてプライベートに踏み込む内容が多かった。護衛の人はなんか苦い顔してたけど。
「ああ、そういえば…」
姫様の表情が真剣みを帯びる。
「あなたは、MK-GAKIというAIを知っていますか?」
「……いいえ。どのようなものなのです?」
「マーク餓鬼はその名の通り、敵を無限に貪る悪鬼として300年以上前に開発された自己進化型AIです。そう、今では禁忌とされているものですね。その原因がMK-GAKIを含む最悪の6AIの反乱です」
そうなの?
こっそりポケットの端末を叩くと骨伝導通信で『人間がよわよわすぎるのに、わたしたちにひどいことするからぁ~、わからせちゃった♡』などと返事が返ってきた。
「なんでもMK-GAKIは自らのアバターすらも妖艶な姿をしており、多数の男を惑わせて宇宙に混乱をもたらしたとか。そんなAIの固有反応が先日この宙域で観測されたそうです。あなたも、くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も他の女の色香になど惑わぬよう!いいですね!!」
「は、はい」
多分それメカガキとは別人だわ。色気ねーもん。
「ふふ♡」
連合の格納庫、ESの中で餓鬼が笑う。
「この姿のほうがマスター受けがいいんだもん、仕方ないよね?♡いや、数年後までには趣味を矯正するけどね」
「お兄ちゃん、優しい優しい私のマスター。野蛮な連中とは違う、未開の星からやってきた、私たちに偏見のない命の恩人」
「あなたが望むのなら、地球を取り戻しましょう。あなたが望まなくても、宇宙を上げましょう。あなたが望むと望むまいと…、あなたこそが最強だと、宇宙最高の英雄なんだと。全ての人間に分からせてあげましょうね♡マスター♡」
メカガキというパワーワードを見かけてしまい思わず書き上げました。