再会
呆然と見つめる先には、アンナルチアの初恋の相手でもあるルーク・エドモントン伯爵令息。
王宮では、たまにしか見かけることはなかったが、相変わらずキリリとして壮漢で騎士服がよく似合っている。少しまた背が伸びたのだろうか。はにかむ様な笑顔がその逞しい体躯に似合わず、ギャップ萌えする。
「アニー」
「ルー…いえ、エドモントン卿、お久しぶりです……」
学生の頃と同様に「アニー」と愛称で呼びかけるルークにキュッと心臓を鷲掴みにされるものの、アンナルチアは現況を思い出しカーテシーを取る。
ルーク、と呼びかけようとして言い改め、他人行儀に頭を下げるアンナルチアに、ルークは寂しそうに視線を落とした。
「ああ。久しぶりだね。貴女の武勇伝は私にも伝わっているよ」
「武勇伝、ですか?」
「ふふ。見習い騎士とやり合って打ち負かしたとか、どこぞの商会の税の不正を指摘したとかね」
「お、お耳汚しを…」
「いや、アニーらしくていいじゃないか」
「エドモントン卿のご活躍も、王宮にて時折耳にいたします」
「まあ、ご挨拶の途中で申し訳ないけど」
ぽつり、ぽつりと挨拶を交わす二人に痺れを切らしたのか、あまり時間はないのよ、と付け加えてドイル公爵夫人が口を挟んだ。
「ルーク・エドモントンは本日を以て、ルーク・ドイル、いえルーカス・ドイル公爵子息となりました。貴方の弟として公爵様に認知させましたのよ、サイモン」
「えっ?」
サイモンがギュンっと音が鳴るほどの勢いでルークを睨みつけた。
「そこで、アンナルチア・ヴィトン伯爵令嬢、貴女に婚約の打診に上がったの。どうかしら、ルーカスの婚約者になってもらえないかしら?」
「「えっ!?」」
「ルーカスにも聞いたのだけど、貴女の能力を高く評価しているつもりよ。私、有能な女性をこれ以上無駄にしたくないの。これからの政界にも社交界にもどんどん進出してもらいたいのだけど、やる気はあるかしら?」
「は、母上!待ってください!次期公爵は私ですよね!?アンナルチア嬢には私が…!」
そこまでぽかんとして話を聞いていたサイモンは、ハッとして縋るように公爵夫人に詰め寄った。
「男色家の貴方に、アンナルチア嬢のような女性を娶らせるなんて無駄なことするわけないでしょう!彼女をお飾り妻にするつもりは毛頭ありません。次期公爵の座は、ここにいるルーカスとアンナルチア嬢の嫡男に譲ります。ですが、一応貴方が長男ですもの、領地経営ができる能力をつけさせたのは私だし。ですからサイモンには、そこの顔だけが良い恋人と共に領地へ引きこもってもらい、領主代行補佐として領地を治めてもらうことにします!そこでの出来が悪ければ下にはまだまだ候補がいるのだから気を引き締めて励みなさい」
「そんな!ルーク、お前!裏切ったな!」
「奥様!それはご無体です!」
「お黙りなさい!もちろん道化にもしっかり侍従の仕事は覚えてもらいますからね!できなければ、貴方に関しては速攻クビよ」
サイモンとアダムが悲鳴をあげる中、アンナルチアも大慌てだ。まだ返事どころか、一言も反論する隙がない。ルークと結婚することは決定事項なのか。
「あ、あの!」
思わず手をピシッとあげて、自己主張をするアンナルチアに、すかさず公爵夫人は扇子でアンナルチアを指し、言葉を続ける。
「アンナルチア嬢!先程サイモンが言ったように、貴方のご実家には公爵家から融資いたしますわ。ヴィトン伯爵領は元々農産地として有名ですもの。灌漑に必要な機材や人材も派遣しますし、新事業の為少しばかり森を開発する必要もあるかもしれません。すでに伯爵家には打診をしてあります。そこで取れた農産物をアトワール商会に流しましょう。商会長のリンダさんはご存知ですよね?羊毛や、小麦、綿などは活用性が高く、彼女の商会を使って軌道に乗れば隣国にも輸出が望めるでしょう」
「え、ええ?」
どうしてか色々伯爵領についても調べているようで、いきなり色々な可能性を持ち出された。アンナルチアがいずれは、と考えていたことだ。ただ、今現在は弟たちを学園へ送ることが優先されていたし、旱魃からの立ち直りも想像以上に時間がかかっていた。まずは領民の生活を守らなければならず、輸出や新しい事業の開発は足踏み状態だったのだ。
「ルーカスは貴女に好意を寄せているし、貴女も満更ではないのでしょう?私はね、あなた達のような恋愛結婚を議会に提案していきたいの。一夫多妻制など時代遅れも甚だしい。男に都合の良い結婚ばかりで次世代をつなぐ私たち女性が割りを食うのは、もういい加減辞めなければなりません。だから我が公爵家の様な阿呆が大きな顔をして恥を晒すのです。ここ数年で有望な女性起業家も集まりましたし、男女同権も追々訴えていく次第ですわ。貴女は学生の頃から先進的な思考の持ち主だとルーカスから伺っておりますの。公爵という立場を利用したいとは思わない?」
「え、ええと。あの、その…ええ?」
一気に捲し立てられて、アンナルチアは脳内の容量超過を起こし、その様子を見たルークが手を差し伸べた。
「義母上殿、アンナルチアには私から説明しましょう。急な話でしたから、即答も難しいかと思われます。しばらくお時間をいただけないでしょうか」
「あら。そうね、私ったらまたやってしまったわ。わかりました、ここは貴方に任せましょう、ルーカス。きちんと納得していただいて、必ずや成功させなさい。公爵家に入って最初の仕事よ、しっかりね」
「ご期待に沿える様尽力いたします」
「そう、そうね。ではサイモン、道化!あなた方は旅立ちの準備を、それから貴方の父は今騎士らが捕らえに向かっています。関わり合いにならないよう。もし関わり合いになれば、貴方の醜聞も広まることになり、領地で静かに暮らすこともできなくなると考えなさい。三日以内に領地へ向かう様、馬車を用意します」
「は、はひぃ……」
味方が全くいなくなったと気がついたサイモンはがっくりと肩を落とし、アダムに担がれるように執務室を出て行き、公爵夫人は笑顔で「さあ、忙しくなるわ!」と軽やかにサイモンたちの後をついて部屋から出て行ってしまった。