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扉の前についたアルが、勢いよく両開きのドアを引いて中に入る。アルは図書館に来るような性格ではないし初めて来たのだろうが、まるでためらいがなかった。
続いて俺とコテツも、ゆっくり閉まるドアに身を滑り込ませる。古本が放つすこし陰気臭いにおいがし、視界が開け、天井の高い八角形の空間が現れる。
数段の階段を下りた先、フロアの中心に螺旋階段があり、その前のカウンターで司書が作業をしている。壁は天井まで本で埋め尽くされ、そこに向かって本棚が徐々に幅を広げつつ並んでいる。
その本棚と壁に挟まれた空間に配された長机には、ちらほらと学生の姿がある。深い緑色のブレザーはこの距離では黒にも見え、場所と相まって秘密組織の一室のように思える。
何度も来ているがいまだに慣れない俺をしり目に、アルが遠くを覗き込むように首を動かしした。
「見える範囲にはいなさそうだな。」
「あの人がいたら遠目でもすぐわかりそうだもんね。」
アルの心なしか声量を抑えた発言に、コテツがささやくように応じた。
「ベイリーがいるのはいつも一番奥の机なんだ。ここからじゃ見えないよ。」
「そうなんだ。そんなところも孤高って感じがするね。」
ひそひそと話しながらカウンターの脇を通り抜けて奥を目指す。壁の本棚が視界に収まりきらないところまで来ると、右側の長机でひとり静かに座っている人物が目に入った。
室内であるのにクローシェ帽をかぶり本を眺めるその姿は、瞬きがなければ彫刻家の最高傑作であると錯覚しただろう。
俺たちがすぐ横まで近づいても本から目を離す気配がないので声をかける。
「ベイリー久しぶり。ちょっと話したいんだけどいいか?」
「ええ、久しぶりですね。かまいませんよ。ここでは周りに迷惑でしょうから一度出ましょうか。」
淡々と答え、読んでいた本をポケットにしまうと同時にそそくさと歩き始める。アルとコテツの紹介だけでも済ませたかったが、興味ありませんとばかりに振舞っているのであきらめることにした。
帽子の後ろからあふれ出る赤みがかったブラウンの髪を追いかけて、今来た道を引き返していく。少し服の色が明るく見えるのはベイリーの魅力による幻視かなのか、それとも特注品だからなのか。毎回気になっているが、聞くほど興味はなかいので謎のままだし、これからもそのままだろう。
ベイリーの素っ気ない態度を見てコテツはおずおずと最後尾を歩いているが、アルは斜め後ろから顔を覗き込んでいる。ベイリーの淡白な対応にも、物怖じしないアルならばうまくやると思っていたが、慎みや配慮もないことを忘れていた。
まぁベイリーの怒りの矛先がアル向く分には問題ないし、反省と後悔は必要なさそうだ。
図書館を出た正面の部屋は談話室になっており、図書館から出てきた人や寮に帰る前のおしゃべりに興じる人でにぎわっている。俺たちも部屋に入り、かろうじて席を確保することができた。
ベイリーを見た男子生徒たちが黙ることで少し騒音が減じたが、いつものことなので俺もベイリーも臆さないし、アルに至ってはそもそも臆するなんて繊細な部分があるのか怪しい。
先頭にいたベイリー奥に座ったので俺がその横に、アルとコテツが正面に座った。ひとまず話せる体制が整ったので、雑談でもしようかと考えているうちにアルが話し始めた。
「初めまして。私はアルフレッド・テイラーだ。この愚物ことマサムネの飼い主のようなものでもある。よろしく。」
「僕はコテツです。入学式の時から話してみたいなと思っていたんだ。よろしくね。」
「ベイリー・トロンハイムです。」
「うむ、知っている。この学校きっての天才と評判だからな。それがどうしてマサなんかと交流するようになったんだ?こいつは教えてくれんから気になっていたのだ。」
アルのぶしつけな質問にベイリーが答えそうになったので、俺はあわてて割り込んだ。
「おいそれは関係ないだろ。早く聞くべきことを聞こう。」
「ではそれはまたの機会に聞くとするか。」
「僕も知りたいから一緒に聞かせてね。」
不穏な終わり方ではあったが、とりあえず打ち切ることには成功した。俺がひっそりと起こしたイケメンぶった行動は、墓まで持っていくと決めているんだ。すでに生き証人が、ひとり目の前にいるがそれは気にしない。そうしないとやっていけない。
そっちに気を取られて、アルの失敬極まりない発言を訂正していないことに気が付いたが、タイミングを逃してしまったので非常に遺憾だがこのまま当初の目的を果たすことにする。この恨みは、アルのロッカーのカギ穴に蠟を流し込むことで発散しよう。
「今日は久しぶりに会いたいと思ったからだけじゃなくて、精神干渉魔法について何か知っていたら教えてほしいと思って来たんだ。ほら、ベイリーは学年主席だし何かと物知りだからさ。どうかな?」
俺はさらにもうひとつ目的があるがそれには触れないでおく。
「精神干渉魔法ですか。あれはあなたたちが使えるようなものではありませんが、どういったことが知りたいのですか?」
「ああ、別に使いたいってわけじゃないんだ。ただわけあって、その防衛手段についての情報が欲しいんだ。なにかしら精神干渉魔法が効かないようにする手段ってないかな?」
「精神干渉魔法の防衛手段が必要なわけってどんなわけですか。ですがそれなら知っていますし、悪用のしようもありませんからかまいませんよ。ただ今かかっているかどうかの診断や解除でしたら、専門施設でないとできませんよ。」
「いや、今はかかってないから大丈夫。問題は授業中だけなんだ。」
「ベイリーも授業中に何か感じはせんか?私たちの場合、意識がすこし遠ざかるといったものであるが。」
「特に身に覚えはありませんね。」
アルへの返答を聞いて俺たちは大いに落胆した。じゃあ今日は解散かなとふたりを見ようとしたが、ベイリーがさらに続けた。
「ただ、前に手慰みとして校内で魔法の使用痕跡をあぶりだしていたことがあるのですが、その時いくつか不審なものを見つけました。周辺に影響はなさそうだったのでその時は特段気にしなかったのですが、関係ありそうですか?」
「素晴らしい情報だ、おそらく大いに関係がある。もっと詳しいことは分からんのか?」
「痕跡が非常に念入りに消されていて、それが手慣れたものに思えたのでそう感じただけですので、詳しく話すようなことはありませんね。」
それ以上の情報が得られなかったのとは残念だが、アルの予想が現実味を帯びてきて興奮してくる。何やら楽しいことになりそうだ。
「必要そうならそれについては俺たちで調べるよ。だから防衛について教えてもらえるか?」
「ええ、わかりました。防衛手段として最も確実な方法としては、精神防御の魔法を習得することです。ただ精神干渉魔法が高度な魔法であることでお判りでしょうが、そう簡単に習得できるものではありませんので、相当の努力と時間が必要になります。その代わり一度習得してしまえば今後も重宝すると思いますので、私としてはこの方法をお勧めします。いかがでしょう?」
「愚問だな。コテツはともかく、私とマサにそのような根気は皆無だ。」
「それについては全面的に同意見だ。」
「僕も実技になると自信がないから、できれば他の方法がいいな。何かないかな?」
俺たちは特段恥じることなく、情けない事情を打ち明けた。ベイリーもこれまでの付き合いで俺の性格を把握しているはずなのだが、アルとコテツがよほど優秀に見えたのだろうか。確かにコテツは授業態度と筆記に関しては優等生だが、魔法実技だけは目を覆いたくなるほどだからな。アルは論外。
「そうですか、、、。では守宝はいかがでしょうか。要するに御守りのようなものなのですが、時間をかければ比較的容易に作ることができます。ただ性能は素材の質によって変わりますし、ある程度使用すると消えてしまいます。」
「とりあえず実験程度であるし、使用制限などはあまり気にせんでいいな。」
「あとは素材の質だね。ちなみにどんな材料が必要なの?」
質問を受けたベイリーが流れるように材料と作成手順を暗唱していき、コテツが内ポケットから出した手帳にメモしていく。俺たちはメモするものなんて持っていないし、覚える気もなかったのでふたりそろって呆然としていた。
ベイリーの声が途切れて少し後にコテツの手も止まる。そのまましばらく考えこむような間をはさんでから顔を上げた。
「材料のほとんどはうちで取り扱ってるものだから、それらについてはどうにかなりそう。だけど霧の結晶は専門店に行かないと手に入らないし、質のいいやつを買うとなると結構な金額になっちゃうと思う。」
「いや、それだけでも大いにありがたい、さすがのイズミ商会だな。しかし霧の結晶か。あの相手だとするならあまり質も落とせんし、どうするか。」
「アルなら買えそうな気もするけどダメなのか?」
「一時期浪費していたせいで管理が厳しくなってしまってな。快適な生活のためにもさほど大きな出費はできんのだよ。」
やはりこいつが貴族というのは何かの間違いだなと確信しつつ、どうにか安く手に入れる方法はないか考えてみる。すると数日前、授業中によそ見をしていた時の記憶が甦る。
「あ、そういえば前に調合実習室のガラス棚に霧の結晶があるのを見た気がする。あの棚って確か貴重な素材を保管してる所だし、質も高いんじゃないか?」
「でも学校の高級品を勝手に使うのはまずいんじゃないかな?」
「いや、そこにあるのなら問題なかろう。あそこはほとんどモーリーの私物だからな。あいつが私たちから没収したものの数を考えれば、あれ1つ取ったところで安いぐらいであろう。」
モーリー教諭に私物を没収された経験のないコテツは曖昧な返事をしているが、俺とアルの心はすでに決まっていた。買ったばかりの工具セットを取られた恨みを、いつか晴らそうと考えていたからちょうどいい。
ひとまず目途が立ったところで、ベイリーを放置していることに気が付いた。慌てて横を伺うと、案の定ベイリーはさきほどの本を出して読んでいた。
その本を覗き込むようにしてタイトルを見ると「ギリギリ合法シリーズ~軟禁編~」と書いてあった。本選びのセンスを咎めるべきか出版社の倫理観を咎めるべきか迷ったが、触れるのも恐ろしかったので見なかったことにした。
本の異常性には気づいていないものの、ベイリーが自分の世界に戻ってしまったことはふたりも気が付き、コテツが申し訳なさそうに謝った。
「ベイリーさんごめんね、いろいろ聞いておいて僕たちだけで話し込んじゃって。」
「いえ、お気になさらず。もう聞きたいことがないようでしたら、私はこのあたりで失礼します。」
「あ、じゃあ最後に連絡先だけでも交換しない?これから仲良くなりたいし、いろいろ聞きたいこともあるしさ。」
「いい提案だな。よければ私も混ぜてくれ。」
「ええ、いいですよ。」
二人からの提案に快く応じたベイリーが本をポケットにしまい、代わりに反対から通信端末を出す。ずいぶん古い型であるのに、それを感じさせないくらいきれいであるのがベイリーらしくて面白い。
そして俺が何もする必要もなく、俺だけの目的を達成できた幸運が何より面白い気分にさせている。




