3話「何だかどうもシャクに障る。」
作者:水瀬ヨウ
その日の夕方、長橋神社には成人男性が土下座する姿があった。
「真神様……うちの朱羅様が本当にすみませんでした……」
「おうおう、もういいってことよ、当の本人は悪びれる様子もなく酒空けてんだからお前が頭を下げるこたねぇよ、それよりも隣にでも座って一杯付き合うか?どうせあの酒呑みのケツに敷かれているなら下戸ではないんだろ」
そう言って灯にも猪口に一杯注いで差し出してやると灯はおずおずとそれを受け取ってから一気に飲み干して「うぅ……正しいから言い返せないですよ……いつも謝るのは私なんですから」などとぼやいていた。
「おう……面倒事を持ち込むやつが身近にいると困るよな」
もう一献注いでやろうとして手で制された。この後軽く掃除をするらしいので酔っていられないらしい。それに神にお酌をされるのは申し訳ないと言われた。
そして今回の騒動の原因となった長橋の主はというと向こうの方でイナリと呑気に談笑している。
「ふふん、手土産を食べて何が悪いのじゃて……それにあの酒は我の大事な"これくしょん"じゃぞ……」
「断りなく食べるからやないの……あんさん前にもうちらが来た時に出すお菓子を盗み食いして灯はんを泣かせたやろ」
「そ、その時はお詫びとして秘蔵の酒をあけたじゃろ!もう時効じゃろ!」
「ほんならこのお酒も一緒ってこと、ああ、真神はん、こっちにもお酌お願いするわぁ~」
少し離れたところでそんな会話を繰り広げる女神コンビの片割れは頬を薄桃色に染めながら狐耳を動かす、参拝客が見たら驚くからしまっとけ。
「手前らで注いでろ、俺は不憫なこいつと静かに呑みたいんだ」
「真神様、それはそれで私なんだか悲しいのですが……」
それにお酌なら私がやりますのでと項垂れがちになりながら立ち上がった灯を悠が引き止める。
「……灯さん、僕がやっておくので少しお休みしてもらって大丈夫ですよ」
「悠さんまで……本当に他所の人たちに迷惑を掛けてばかりで申し訳ないです」
「ふふ、いいですよ、それに灯さんが行ったら久が寂しがりそうなので」
そんな事は一言も言ってないし静かなのはいい事だ。余計な嘘を吹き込むな。
朱羅はそんな会話など気にも留めず「どっちでもいいけど早くしてほしいのじゃ」と催促してくる。そんなに早く吞みたければ手酌かイナリにやらせればいいだろ。
こいつは昔からこういうやつだった、傍若無人、それに隣町のイナリと俺の事を忘れていたと言い放つあたり、あいつの頭にはもち米くらいしか詰まってないと見える。
「ところでイナリよ」
「どうかされはった?」
「御久上の所の悠はともかくとして主は忘子の所に帰らなくていいのかの?」
「朱羅はんの所に行くように奨めてきたのは他でもないうちの狐や、少し遅くても大丈夫やないかねぇ、なぁ真神はん」
自分の所に連絡しておきたいならそうだと素直に言え、イナリが電子機器使えないのは周知の事実なんだから今更恥ずかしがることもない。
「……ほら、解決したけど長橋の主に絡み酒されてるって送っとけばいいだろ」
「あらあら気が利くやないの~」
ナメきったような表情しやがって、一応歴史的にも俺の方が長いこと神やってるんだぞ、少しは敬えよ。
「ねぇイナリさん、その忘子って何ですか?」
お酌を済ませた悠がよくわからないといった顔でイナリに質問を飛ばす。
その質問にイナリは一瞬目をやや大きく見開いてから盃をそっと置いて笑い掛ける。
「……悠はんやうちの狐みたいなもんや、うちら神様が預かっている可愛い子ちゃんたちをそう呼ぶんよ」
なんや真神はん、教えてなかったんかいなとイナリがこっちに話を振ってくる。そんな呼び名もあった気がするが俺たちの間でしか通じない呼び名なんぞいちいち教えてないっての。
そんな応答をしているとさっきまでくたびれていた灯が
「あのー朱羅様、私はもういい歳なのですが私もそうなのですか」と申し訳なさそうに朱羅に話しかけている。
「何を言うか、我からすれば主なんぞいつまでも可愛い子供じゃぞ」
「朱羅様……ありがたく受け取っておきます」
「ふはは、これでも永く生きとるからの、母性も沸くってものじゃ」
「まぁ親がこんな見た目だがな」
「こんな見た目やけどね」
「主らはよほど我に怒られたいようじゃの、これも信仰のためじゃ、ちっこい子供が神社を守っていたらそれ目当てで人も増えるじゃろって」
結果としてお前、母親じゃなくて灯の子供だと近所から思われてるぞと言いたくなる気持ちをぐっと堪えて酒を流し込んだ。
(翌日)
あぁ、気持ちの良い朝だ、昨日の振り回されが嘘のように御久上は静かで平和だ。朝飯を食って掃除したら昼寝でもするか。
「久、ご飯できたよ」
「ん、ありがとうな」
窓から入り込む涼しい朝の風が心地良い。
「久、今日は灯さんからもらった野菜を使ってみたんだ」
「美味しそうやね~何だか悪い気はするんやけどなぁ……」
「な、本人は悪くねぇのにな……」
あの後灯から持って帰ってほしいと袋一杯の野菜を押し付けられた。どうしても他所の神様を手ぶらで返したくはなかったようで終いには「お願いしますからぁ!」と懇願までされた。今度長橋に行くことがあったなら朱羅のやつに食われた団子でも差し入れてやることにしよう。
「「「いただきます」」」
……
「……でお前は人の食卓に上がり込んで飯まで食って何がやりたいんだ、狐が泣くぞ」
「真神はん、また朱羅はんのところにヨドミが出たらしいで」
「人の話を聞け、というか悠も止めろよ」
「えっ、他所の神様を泊めても大丈夫なのかな、ほら、一応久って男の神様でしょ」
「そっちじゃねぇよ、人んちに勝手に上がり込んでいるのに何で普通に受け入れているんだお前は」
朝の良い気分が台無しだと言わんばかりに悠に文句を言っていると張本人が味噌汁を啜りながら答える。
「ん~、何やら長橋にまたヨドミが出たらしいで?しかも昨日のより大きいって灯はんから電話が来てな」
「それと何の関係があるんだよ」
「それ自体は何の関係もあらへんよ、ただうちが知らせに来たときには悠はんしか起きとらんかったから真神はんが起きるまで待っとっただけやさかい」
だからといって朝食まで堂々と食べるのはどうなんだと問い詰めると悠が気を遣ってイナリの分も用意してやったらしい。よく出来たやつだ、育ての親の顔が見てみたい。
「そもそも朱羅は何をやっているんだよ、あれでも神社の主だろ」
「夕べ呑み過ぎたらしくて寝たまま起きてくれないって言うとったわ」
「もうあいつ神様失格だな……」
本当は他所の事件なのでこのまま放っておきたいところなのだがそれでは灯ってやつが可哀想でいたたまれない。
「……食い終わったらさっさと長橋行くぞ」
「ほんま?嬉しいわぁ~あの呑兵衛の所に一人で行くのは寂しいと思っていたところやったわ~」
わざとらしく喜ぶな。本当は寂しいんじゃなくてあいつが面倒なだけだろ、いちいち俺を巻き込むなよ。
「……灯ってやつが心配だからな」
「もう素直じゃないんやからぁ~」と茶化してくるイナリの頭にチョップをかましながら俺は悠に今日一日の留守番を頼むのであった。
何とか私の番が戻ってまいりました、この先も私とみいちよ氏が1話交代で書いていく流れなんだと思います、
まぁ悪魔的采配……!などと言われておりますがこの先も適度にみいちよ氏に丸投げながら頑張っていきたい所存でございます。




