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恨みっ狐  作者: yukke
4/8

毒親 下

 少女の足取りは重かった。


 いつどこで何を寄り道をしていたのだろうか、それが思い出せないでいる。


 気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていて、頼まれた物を買いに行くだけにしては、かなり遅くなってしまっていた。


「急がないと……」


 ポケットには、見知らぬ狐の絵の描かれたお守りがあって、気味が悪かったのだが、何故か捨てたら駄目だという思いがあり、捨てられなかった。

 そして、細い路地を歩き、大通りからずいぶん離れた、寂れた商店街を抜け、雑居ビルの前まで来ると、少女はその中に入っていく。


 店舗も会社も入ってないのか、どの階にも明かりが点いていない。

 しかし、3階の1ヶ所だけ、明かりの漏れている部屋があった。


 少女はそこへと入って行く。


「た、ただいま」


 しかし、その声とほぼ同時に飛んできたのは、野太い男性の怒号だった。


「おせぇぞ!! 佐奈!!」


 その後、彼女の顔スレスレにビール瓶が放り投げられ、激しく割れ散った。


「ひっ……ごめんなさい。道に迷って――」


「迷うかこんな所で! お前、何年住んでると思ってんだ!!」


「うっ……」


「ちっ、使えねぇなぁ。母親と一緒で使えねぇ! とっとと飯作れや! こちとら空腹じゃ! 餓死させる気か!」


「は、はい……」


 少女は急いで広いホールのような部屋を抜ける。

 そこは事務所程の広さなのだが、特に物がなかった。あるのは、真ん中にカーペットを敷いて、ソファが置いてあり、その前にテレビが置いてある。


 壁側に、備え付けのキッチンはあるが、コンロは1つだ。


 ただ異様なのは、そのテレビの奥はカーテンが仕切りがされており、今は開いているその先には、大きなキングサイズのベッドが置いてあった。


 2人で寝るには大きすぎる。いや、そもそもこの2人が一緒に寝ているかも怪しい。


「ったく……あぁ、おい。今夜は上客様が来る。銭湯に行って身体洗っとけよ」


「……は、はい」


 その言葉で、少女は身体を強張らせ、表情が一気に曇る。


「あ~今日はあの台か。あそこは昨日出たしなぁ……ちゃんと稼げよ佐奈ぁ。それを元に、俺がもっと稼いでやる。あぁ、その手の会社からも声がかかるだろうな。そっちの方が楽だろうな。お前、見た目だけは良いからな。ちゃんとその身体で稼げる内に稼げ!!」


 その手にパチスロの雑誌を片手に、少女の方を見ずにまた男性は叫ぶ。


 少女は耐えていた。


 誰かがこの地獄から助けてくれるまで。


 ただ、この男は逃げまくっている。自治体から逃げ、福祉団体から逃げ、少女の身体を食い物にし、自分が楽する事だけを考えていた。


 定住をせず、ひたすらに逃げまくるこの男性は、水商売をしている女性を引っ掻け、ヒモと化し、少女を産ませていた。

 その後も父親らしいことはせず、学校にも通わせず、母親だった女性は過労で死んだ。そこから自治体に詰め寄られる訳にはいかないと、男性は逃げ続けているのだ。


「そろそろきなくせぇし、一発ドカンと稼いで貰って。また逃げるとするか~頼むぜ、佐奈ぁ~」


 ほくそ笑む男性を前に、少女の心は限界を迎えていた。既に彼女は、感情を失ったような顔をしていた。


 ◇◆◇◆


 夜も更け、少女の父親が不機嫌そうな顔で帰って来た。


「ちっ、あの台もうちょい出ると思ったのによぉ。粘りすぎた。はぁ……やってらんねぇ」


 少女の方は、今しがた掃除が終わったのか、急いでレトルト食品を暖めている。

 それに対しても、父親の男性は苛立ちを見せ、少女に向かって雑誌を放り当てた。


「トロトロしてんじゃねぇよ! ったく。殴ったら児相にバレっちまうからなぁ。殴りてぇが我慢するしかねぇな。文字書きは何とかなってっから、言うほど怪しまれてねぇが……お前、分かってるよな? 逃げようとしたら、もっとえげつない事をするからな」


「ご、ごめんなさい……」


 さわらぬ神に祟りなし。

 余計な事はせず、少女はひたすら耐えていた。せめて、この男が病気か何かで死ぬか、もしくは何かしらで訴えられ、自分の存在がバレるか、それしか少女の救いの道は無かった……のだが――


 レトルト食品を暖めていたレンジが、突然爆殺し、火を放ったのだ。


「んなっ……!!!!」


「きゃっ……!」


 元々古くなっていたからなのか、アース線を繋げていなかったからなのか、とにかくそれは爆発し、火を上げ始めた。

 ただ、この程度なら直ぐに消化すれば大事には至らない。男は慌てて少女に叫んだ――が。


「何してやがる! 早く火を消せ!」


「ど、どうやって……?」


「あっ……」


 取り壊しをどうするか決めかねている雑居ビルに、不法に滞在しては、バレそうになったら即座にとんずら。

 電子レンジ等は、リサイクルショップで一番安いのを選び、長く居座れそうだと判断した時だけ、用意をしていたのだが、1ヶ月前に買ったばかりのレンジが、爆発して火を吹くなんて、思ってもいなかった。だから、消火器はおろか、消火するための道具も一切無かった。


「て、てめぇの服なりなんなり、なんでも良いから火を消せや!」


「……うぅ!」


 男の怒号が飛ぶ。


 その間にも、火は徐々に勢いを増す。


 少女は泣きながら服を脱ぎ、急いで火を叩くが、どうにも消えてくれそうにない。


「はっ……はっ」


 その時、脳裏にある事が浮かんだ。


 このまま火事を消せないでいれば、こいつは死ぬのでは? と思うも、男性は既にこの部屋の入り口まで逃げており、ビルから出ようとしていた。


 ダメだ……このままでは自分が――そう思った瞬間、今度は更に思いがけない事が起こった。


「――――!!??」


「――――なっ!!??」


 老朽化した配管に、可燃性のガスでも溜まっていたのか、軽い爆発が発生、自分は部屋の奥へと吹き飛ばされ、そして次の瞬間――ドカンと激しい音と共に、大きな爆発が発生した。


 ◇◆◇◆


 少女はどれだけ意識を失っていただろうか、右半身の激しい痛みで、少女は目を覚ます。


「――っ!!」


 立てないほどの激痛。

 それでも足も手も付いてる感覚はあるし、それを確認する事も出来る……が、その手は酷い火傷で、黒く煤みたいになってしまっていた。足はそれほどではないが、同じように火傷が酷い。立てるが、その度に冷たい激痛が走る。


 身体を起こし、何とか立ち上がる少女は、凄惨な辺りの状況に言葉を失った。


「…………」


 轟々と燃える炎と、ガラキの崩れる音。

 老朽化したビルは爆発で倒壊し、少女達を飲み込んだのだ。そして、少女は大怪我を負い、その父親は――


「さ、佐奈ぁ……そこに、居るのか?」


「…………」


 大きな鉄骨の下敷きになっていた。


「た、助けろ……こいつ、から、引きずり出して……くれ。げほっ」


 男性の下半身は完全につぶれている。助けた所で、一生車イス。もしくは寝たきりか。

 そう考えた少女は、こいつを一生世話するのはごめんだと感じ、ゆっくりと歩きながら、父親の前に立った。


「はぁはぁ……早く、しろ……火の手が……」


 男性の下半身の先からは、激しい炎が立ち上ぼり、男性を焼き尽くそうとしている。それに気付いた少女は、ニヤリと笑う。


「助けろ? どの口が言ってるの?」


「あぁ? てめ……」


「お前はそこで、死んでいろ」


 実の父親だが、そう思っていない少女は、冷たい視線を男性に投げかけた。


「あ? 佐奈……おい、止めろ。悪かった、頼む。助けてくれ。もう何もしねぇから! 今までの事も悪かったから! 頼む! 助けてくれぇぇえええ!!!!」


「あは、あはははは!!」


「あぁぁぁぁぁ!! あちぃ!! 助けろ! 助けてくれ! 頼む、佐奈ぁぁあああ!!!!」


 どれだけの時間だっただろうか、高笑いする少女の声と、絶命の叫びを上げ続ける男性の叫び声が響いていたのは。


 そんな光景を、燃えるビルの外から、フワリと空中に浮き、恍惚な表情で眺める妖狐が居た。

 ただ、消防のサイレンが聞こえてくると、煩わしそうな顔をし、黒い巫女服と狐色の尻尾をたなびかせる。


「あらあら。恩というのは、しっかりとその人に感謝されて、初めて返されるもの。それこそあんたはんのは、恩着せがましいって訳やな。しっかし、あの子の方も、幸薄かったなぁ。ま、ええけど。しっかりと運気の方、頂きましたさかいに。ほな、おおきに」


 そして、慌ただしくなるビルの近くから、妖狐はフッと姿を消した。


 その後、その火事からは、男性の遺体が()()見つかった。


 ◇◆◇◆


「あの男に娘が居たとはな」


 暗い廊下を男性と少女が歩く。少女は右半身に酷い火傷を負い、ちゃんとした医療を受けられていないのか、酷い有り様だ。


「あの野郎、多額の借金残して死にやがって。だがまぁ、嬢ちゃんなら……と言いたいが、そんななりじゃ商品価値もねぇ。ま、最後に金になるようにしっかりと散ってくれや。マニアには、たまらねぇ逸品になるだろうなぁ」


 そう言われ、少女は檻の中へと入れられた。少女はもう、口を開き、言葉を発することが出来ない。


「さて、ショータイムだ。俺は胸くそ悪いから見ねぇが、しっかりと録画はしておくぜ。それじゃあな。俺を恨んで化けて出るなよ。悪いのは、お前の父親だ。あばよ」


 そう言って男性が部屋から出て行った後、檻の上が開けられ、大きな袋が放り投げ入れられた。


 その開いている口からは、細長い何かが出てくる。


 大きなニシキヘビ。いや、ボア系の大蛇だ。


 その大蛇は、ゆっくりと少女に近付いて行った。

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