はらい主の神社 下
その日、ある男性は、神社に寄った男性に向けて、いつものように罵詈雑言浴びせている。
本来なら自分の仕事であり、しかも自分のミスにより、相手側に損害を出してしまっていた……が、それを全て例の男性の責任にし、擦り付けようとしていた。
「君があの時しっかりと報告をせず、準備もせず、先方に連絡をしなかったからだろうが!」
「は、いや……しかし。そんな指示は――」
「口答えするのか!? ボードに書いてあれば、それは皆が共有し、フォローしあうのが職場というものだろうが!!」
「ただ、金銭的な事に関してはあなたに――」
「だ~から! それも! ◯◯さん、この期日が迫っていたので、私が先方に連絡しておきました。と、先手を打って動けんのか!! 君はロボットか?! 指示が無ければ動けんロボットか!? 人なら考えて動かんか! このポンコツが!」
めちゃくちゃな言い分と、自分への悪口。流石の男性も、唇が震えており、今にも反論しそうな所を押さえていた。
だが反論しても、この上司は仕返しにと、とんでもない量の仕事を押し付けてくる。だから、耐えるしかなかった。
そんな風景を、職場内の天井付近から、フヨフヨと浮かび眺めている者が居た。
「あらあら、こら酷いなぁ。あの方、よぉ我慢しとるな~」
あの神社に居た、巫女の女性だった。
狐の耳をしっかりと立たせ、尻尾を妖しく靡かせるその姿は、もはや人でないのは明らかだった。
◇◆◇◆
夜になり、例の上司の男性は誰よりも早く、定時で上がっていた。
そしてブツブツと文句を言いながら、ネオン輝く夜の街を歩いている。目指す場所は、キャバクラである。
「全く……無能な部下の相手もストレス溜まる。こりゃぁ、またリサちゃんに癒して貰わないとなぁ~ぐふふふふ」
腹が出て、円形ハゲが目立つ上司の男性は、下心満載の表情で、自分のお気に入りの嬢の居る店へと足早に向かう。
ただし、自分の金ではなく、出張費と偽って引き出した、企業のお金である。しかもそれは、税金で賄われている部分だ。
この上司の企業は市と提携しており、市の事業を委託されて業務を行っている企業だった。
中には税金が絡む事業もあり、この上司の男性は領収書まで偽造し、お金を不正に使いまくっていたのだ。
「ふふふふ、案外バレないもんだわ。いや、あの人が見て見ぬふりしてくれているからなぁ~いやぁ~正に勝ち組! 俺こそが人生を謳歌する、最高の勝ち組よ! 待っててね~リっサちゃ~ん! 今日はアフターまで楽しんじゃおっかな~!」
気持ち悪い笑みを浮かべ、通行人すら避けていても、男性は素知らぬふりで店まで急ぎ足だ。だが、そこで男性の携帯がなった。
「――んなっ、こっちは。全く……」
折り畳み式の、いわゆるガラパゴス携帯と呼ばれ始めた携帯で、そこからの着信は出るしかないのか、その男性はため息混じりで電話を取る。
「あっ、どうも今晩は。はっ、はっ。その節は……どうも。はい、例のですか? はい、あの土地はもう大丈夫です。金額を順調に上乗せし、中小やポッとでのベンチャー企業には手が出せない金額です。ただ、大企業のあの会社なら……何とか。はぁ、想定よりも? いやいや、しかし……若手がやっているベンチャー企業が、思いの外乗せてきて。はぁ……そこはもう……はい、分かりました」
ペコペコと、目の前に誰も居ないのに、ひたすら頭を下げている風景は異常だが、その男性には、前に人が居るように見えているのだろう。それ程に、重要な取引相手……ということになる。
ただ、あまり良い取り引きとは言えそうにないが……。
電話を切った男性は、少し不服そうな顔をするが、それでも上手くいっているのだろう。その後にやって来る報酬でも想像しているのか、上機嫌な様子で夜の街へと向かう。
世間は何やら感染症でうるさいようだが、そんなのは知った事か、男性は夜の街へと消えて行く。
◇◆◇◆
店へとたどり着いた男性は、早速お気に入りの嬢を指名、鼻歌混じりで煌びやかな店内を歩き、長いソファーへと着く。
当然ながら感染対策とかで、入る前には検温消毒、更には質問表に記入……と言ったように、徹底的な対応をしている。
この男性もこんな時分、大人数での飲み会は、家族や会社に止められている。
だがまぁ、この程度のものなら大丈夫だろうという考えと、こういう店を潰さない為には、金を持っている奴等が通い、稼ぎを出してやらないといけない。そう男性は考えていた。
「あ~◯◯さん~今日も来てくれたんですかぁ~?」
「おぉ、リサちゃぁ~ん! 君の為、この店の為、私は通い続けるよ~! あ、ちゃぁ~んと感染対策とやらはしているからね~!」
いそいそとやって来た嬢に向かって、男性はにへら~と表情を崩している。この店のトップ嬢なのだろう、他の嬢と違い、装いも出で立ちも、そのスタイルも段違いだった。
そして、その嬢が男性の待つ席へ向かおうとした――
その時。
「えっ……?」
天井から「バギン」という音と共に、そこにぶら下がっていた大きなシャンデリア型の電飾が落下。
「――げぶっ!!」
男性の真上に落下、脳天を直撃したのだった。
「きゃぁああああ!!!!」
当然、男性の頭はかち割れ、血が吹き出し、中身が飛び出て、重さもそこそこあったのか、首は胴体の中にめり込み、おおよそ人とは言えない形になってしまっていた。
「……うっ、げぇぇぇ」
それを間近でしっかりと見てしまった嬢は、たまらずその場で吐き出してしまった。
「あらあら、運の悪いお人。支えがダメになっとんたんかなぁ? ふふふふ」
店内は騒然。急いで病院と警察に連絡を入れるように伝える店員と、慌ただしく動き、他のお客を退出させようとする嬢とで、むちゃくちゃになってしまっていた。
その天井付近に浮く、黒い巫女服姿になっている、例の神社に居た妖狐の女性には気付かず……いや、そもそも人には見えないようにしているのだろう。その妖狐は、す~っと天井をすり抜けるようにして消えて行った。
◇◆◇◆
翌日、神社に立ち寄った男性の職場は、少し重苦しい空気になっていた。
例の上司の男性が、キャバクラにて事故死したと聞かされたからだ。
「嘘だろ……はは、マジか。やった……」
皆には聞こえないように、その男性は呟き、喜びに打ち震えた。
その日の夜は、すこぶる機嫌が良かった。いつものように業務を押し付ける奴は居ない。怒られもしない。だから、機嫌良く飲んでいた。
「はははは!! 天罰だ、天罰があたったんだ~!! ザマァ見ろ!」
千鳥足で帰る男性は、マスクもせず、飲み屋を飲み歩いていた。それだけ、嬉しい事があったのだ。飲まずにはいられないのだろうが……周りからは冷たい目線を浴びせられていた。
「あ~? んだ、お前ら! 俺は気分が良いんだよ~! うひゃひゃひゃ! 次は~あ~風俗でも行くか~? あひゃひゃひゃ! もう俺は、解放されたんだ~!! あのクソ上司から~!! 明日から最高だ~!」
人々は彼を避けていく。酷い視線を投げかけながら。
だけど彼は気付かない。それだけ酔っているから。
だから気付かない、自分が渡っている信号が赤で、慌ててブレーキを踏み、ギリギリで交わす車のクラクションも――
「あ~はは、明日からはパラダイスだ~へっへっへっ――――」
スマホにチラッと視線をやり、交わす車に気付かず、赤なのに歩道を渡る男性にも気付かない、猛スピードで自分に突っ込む車にも……。
数分後には、男性の身体は宙を舞い、手足は逆方向にひん曲がり、目玉は対面の歩道に吹っ飛んだ。
「きゃぁぁあ!!」
「誰か轢かれた!」
「待て、あいつ赤信号渡ってなかったか?!」
「うわっ、えぐぅ……」
辺り一面血の海が出来て、野次馬の人混みも出来ていた。
人々は全員スマホを持ち、写真を取ってはネットに流す作業をしている。
助けようともしない、通報もしない。誰かしてくれるだろうというのと、どうせあれは即死だと、皆諦めているようだ。
そもそも、赤信号で男性は渡っているのに、誰も止めなかった。遠目でざわついていただけで、誰も大声で男性を注意しなかった。
誰かがしてくれるだろう……という思いから。
「あらあら、あんたはんの運気はその程度やったんか。残念やなぁ」
その人混みの後ろからは、またあの神社の巫女が姿を見せ、狐の尻尾を妖しく靡かせていた。
そして、道路で無惨な姿を晒して倒れる男性の懐から、真っ赤な御守りを引きずり出し、浮遊させながら自分の方へと持って来た。
「二束三文……恨み晴らすには、金やあらへん。あんたはんの運気を使わせてもろたで。ただ、それで運気が無ぉなったら、悲惨な事が起こるんやで。人を怨み殺すんや。それくらいのリスクは――あるんやでぇ」
クツクツと笑い、狐の巫女は姿を消す。
またあの神社で、新たな恨みを持つ者を待つために。
しかし、その恨み晴らすには、二束三文ではなく、己の運気を支払うようだ。
それでも、その恨み晴らしたければ、あなたの前に小さな神社が現れるだろう。血のように赤い、紅の鳥居を佇ませて。