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第1話

 中学に入学して、すぐに僕は引きこもりになった。

 イジメを受けてたからと言うのもある。


 恐らく、ほとんどの人はイジメと聞くと暴力などを想像するだろう。

 けれど、実際はもっと陰湿だ。

 誰かも解らぬ机に書かれた悪口に教室内の生徒からの孤立ーー酷い時には花瓶が置かれていた。


 そんな陰湿な教室なんかに戻りたいとも思えず、僕は自宅のスマホでネットサーフィンで時間を潰す。

 両親は腫れ物でも触るかのように自室に籠る僕の事など気にもしない。


 たまに腐りかけのおにぎりが置いてあり、嫌味かとさえ思えて来る。

 この世界に僕の居場所なんてないのだろう。

 そう言う風にさえも思えてしまう。


 現実でもネットでも陰口や悪い事ばかりだ。

 こんな世界なんて、なくなってしまえば・・・。


 そんな事を考えていると空腹でお腹が鳴った。

 そう言えば、ネットサーフィンばかりして数日経つ。

 そろそろ、何かしら口にしないとな。


 まあ、どうせ、親は僕の事なんて腫れ物くらいにしか思ってないだろう。

 そんな事を思いながら、僕は自室を抜けて戸棚にある母さんの財布から千円札を盗み、家から出て行く。


 不意に隣の家に住んでいる人と顔を合わせる。

 小学生の頃の友達に隣の家にいるのはヤクザだから関わったりしない方が良いと言われた事を思い出す。


 実際、鋭い目付きをしていて、首筋に微かながらタトゥーが見える。

 友達の言う事は正しいのかも知れない。


「こんにちは」

「ーーっ!?」


 その一言に驚いて思わず、逃げ出してしまった。

 ただ、挨拶されただけなのだけれど、それすらコミュ障の僕には辛い。

 何よりも、あのギラギラした目はきっと獲物を見付けた目に違いない。


 渡る世間は鬼ばかりと言うし、警戒して損はないだろう。


 駆け出した僕は息を切らせて立ち止まる。

 こんなに走ったのはいつ以来だろう。


 僕は深呼吸するとコンビニへと向かう。

 そこで漫画雑誌とコンビニ弁当、ペットボトルの炭酸をカゴに入れ、レジに並ぶ。


「レジ袋はご利用されますか?」

「え?」


 いつもと違うレジのおばちゃんの言葉に僕が戸惑っているとおばちゃんが苦笑する。


「悪いね。今月からレジ袋は有料になるんだよ」


 おばちゃんは親切に教えてくれるといつものように会計をしてくれる。


「1025円ね」

「えっ!?」


 いつもと値段が違う。

 どうしよう。今、千円札しか持ってないのに・・・。


 そんな風に悩んでいると背後から誰かが僕の肩を叩く。

 ビクリと肩を震わせながら、恐る恐る振り返るとさっきのヤクザが佇んでいた。


「金が足らんのか?」

「え、あ、いや・・・」


 怯える僕を見据えながらヤクザは僕の握る千円札を見る。


「これで足りるか?」

「・・・え?」


 そう言うとヤクザの人はレジに十円玉を2つと五円玉を出す。

 そんな様子を見て、コンビニのおばちゃんが「あら?」と呟く。


「月岡さん。その子と知り合いなの?」

「お隣の杉下さんちのお子さんって事くらいなのは知ってるんですがね。

 そんな事よりも会計を御願いしても?」

「ああ。はいはい。ちょっと待っててね」


 コンビニのおばちゃんがそう言って笑うと月岡と呼ばれたヤクザは足元のラインに視線を落として並び直す。

 ・・・本当にこの人はヤクザなんだろうか?


 いや、きっと、家に取り立てに来るに違いない。

 僕をダシにして両親から絞り取る気なんだろう。きっと、そうだ。


 僕は会計を済ませるとビニール袋を受け取り、急いでコンビニを後にする。


ーーー


ーー



「はあ。全く、最近の子はお礼も言えないのかね?」

「そう言う世代なんでしょう。近頃は挨拶したりするだけで不審者扱いになる世の中ですから、あんな子供も出てしまうのも仕方ないですかね」


 月岡と呼ばれた男はレジの店員である山田と他愛もない世間話をする。


 ーー月岡修次。


 噂通り、ヤクザだった過去を持つが現在は妻と娘を持つ堅気ーーつまり、一般人として暮らしている。


「おっと、話が過ぎましたか・・・仕事中に申し訳ありません」

「いえいえ。また、どうぞ」


 会計を済ませた月岡はコンビニを後にしようとして爪先に何かが当たったのに気付いて下に視線を落とす。

 そこにはペットボトルに入った炭酸飲料が落ちていた。

 テープがバーコードについている辺り、先程の少年のモノだろうとは推測出来るが、これを届けるべきか、レジの山田に頼むべきかを修次は悩む。


(山田さんも忙しそうだし、仕方ない。届けてやるか・・・)


 修次はそんな事を思いつつ、エコバックに入った荷物を片手に少年の落としたペットボトルを手に歩き出す。

 自宅前まで来るとまずは隣の杉下宅へと向かおうとしたところ、先程の少年がアスファルトの地面をキョロキョロと見て、何かを探している事に気付く。


「これ、落とさなかったかい?」


 修次が少年に声を掛けると少年は先程と同じように怯えた表情で彼に振り返る。

 少年はそれを見るとバッと受け取り、急いで自宅へと向かう。


(やれやれ。最近の子は本当に解らんな)


 修次は溜め息を吐くと自身も自宅へと戻ろうとする。

 そこでふと、少年が気になり、隣を見ると彼が家に入らず、再びアスファルトの地面を見ている事に気付く。


(ああ。そう言う事か・・・)


 修次は少年が家に入らず、何かを探している仕草を見て、少年が家に入らないのではなく、家に入れないのではと考える。

 修次は再び、「やれやれ」と溜め息を吐くと少年に声を掛けた。


「家に入れないのかい?」


 その言葉に少年が硬直する。

 どうやら、図星らしい。


「もし良かったら手伝おうか?」

「・・・だ、大丈夫です」


 修次の問いに少年はなんとか、それだけを口にする。


「大丈夫なら良いが、何かあったら気軽に声を掛けてくれ。

 微力ながら力にはなれるだろうからね」

「・・・」


 相変わらず、礼の一つも言えない少年に段々と修次は苛立ちではなく、不安を感じていた。

 昔と現在の日本の近所付き合いの違いは閉鎖的か否かである。

 助力を求める事も知らない少年の姿を見て、修次は次第にモヤモヤしたものを感じていた。


 そこでふと、ある事を思い付き、荷物を自宅に置くと再び彼に近付き、自身のスマートフォンを差し出す。


「お母さんの電話番号は解るかい?

 俺の携帯電話貸して上げるから連絡したら、どうかな?」


 その言葉に少年は何か考えて修次の差し出したスマートフォンを手にすると電話番号を入力する。


「もしもし、警察ですか!

 いま、誘拐されそうになっているんです!助けて下さい!」

「はあっ!?」


 予想外の展開に修次は思わず、声を上げた。

 しばらくして警官と彼の母親がやって来て、修次と少年ーー拓巳の事情を話し合った末に拓巳の被害妄想が生んだ勘違いと言う事だと解り、拓巳の母親が修次に謝る事となる。


「本当にうちの子がすみません」

「お構い無く。自分にも思うところがあるので誤解されても仕方ないですから」


 ひたすら謝る拓巳の母親に修次はそう言うと「それよりも」と口を開く。


「お子さんの方は大丈夫ですか?

 失礼ですけど、酷く鬱ぎ込んでいるように感じましたが?」

「ええ。解ってはいます・・・解ってはいるんですが、私もどうしたら良いのか解らなくて」


 その言葉を聞いて修次は拓巳の母親も心身共に疲弊しているのだと察する。

 どうしたものかを考えた末に修次は役場に行く事を勧めた。


「役場に相談すれば、引きこもっている子に対して相談してくれるセンターを紹介して貰える筈です。

 どうしても自分で解決が難しいようなら、相談して見ると良いですよ。

 お子さん自身が抱える悩みにも相談に応じてくれるセンターもありますから」


 修次がそう告げると拓巳の母親は何度も「何から何までありがとうございます」と頭を下げた。

 修次は「気にする事はありませんよ」と返し、今度から暇があれば、妻の陽美にも彼女の相談役になって上げられるように声を掛けて置くかと考える。


 ーー『弱きを助け、強きを挫く』


 任侠と言う部類のヤクザだった修次にとって近所付き合いとは得難いものだと思っている。

 それは修次が大人になる頃にはほとんど廃れてしまったが、現代で忘れられつつある助け合いの精神ではなかろうかとも感じている。


 今はインターネットなど普及しているが、それ故に人間の負の感情までも集めてしまっている。

 ゲームもそうだ。インターネットを通して遊ぶ為に大人気ない人間やチートと呼ばれる手を使う輩もいるだろう。

 顔が見えない分、人間、大きく出てしまうものである。


 逆に身近の間柄の縛りを強くし過ぎて現実の方では助けを求める事が難しくなっている。


 親しき仲にも礼儀ありと言う言葉すら忘れられ去られ、助け合いの精神さえもが忘れられつつある今の社会の在り方に修次は疑問を感じていた。

 だからこそ、修次はお隣さんである杉下家の事が心配なのである。


「また何か困り事があれば、応じます。

 杉下さんの問題なのでしょうが、御自身が鬱ぎ込んでも仕方ありませんよ。

 此方も出来うる限り、助力は致しますので安心して頼って下さい」


 修次は最後にそう告げると警官と拓巳の母親と別れ、早速、妻の陽美と相談し始めるのであった。

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