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九十四話 兄弟喧嘩

一息の間に五発。身体能力を魔法で更に向上させ、お互いに一歩も引けを取らない殴打の猛攻を繰り広げられる。腕の間から鋭く迫る拳を顔に当たる寸前で受け止める。しかし、その隙間から腹部を蹴り上げられた俺はあばら骨から脳天に駆けて走る激痛に耐えながらも、強く足を踏ん張って強烈な右ストレートのカウンターを入れる。

再び頬に拳を叩き込まれ、流石に悪魔と化し人間よりも遥かに頑丈な兄貴も怯んだ。


「くっ……ちっ、調子が狂う」

「久々に会った弟に容赦ないな……」


口内の皮膚が切れたのか、軽く血を吐き捨てた兄貴は鋭い形相で睨む。

お~怖い怖い。

ここまで睨まれたのは生まれて初めてかもしれない。

そもそもの話。兄貴は他人を睨まない。

俺とは違って激情することはあまりなかった。小さい頃に喧嘩して、軽い殴り合いに発展しようとも、最終的にプロレス技をかけて完全に敗北されて泣きじゃくるのがいつものオチ。

そんな懐かしい光景が脳裏に過る。詰まる所、この戦いはまだ激しくはない。

ちなみに開始早々、俺の拳がいい感じに決まったのだが崩れた店から現れた兄貴は何事もなかったかの顔で反撃をして来た。

その際、俺は魔剣を抜いて構えていたのだが、数発殴られているうちにいつの間にか武器が拳に代わっていた。しばらくの間、拳のみでの戦いに発展するもそれでは勝負は決まらない。

純粋な身体能力の勝負という点ではほぼ互角。

しかし、食らう一撃の重さは兄貴に分配が上がる。

先程受けた腹部の辺りが激しく痛む。

またあばら骨にヒビでも入ったか……。

かなり重症ではあるがこのレベルになればこの程度は軽傷と同じ。

一方で、二発同じ部位に殴打を入れられた兄貴の身体は一瞬ではあるがふらついた。

悪魔であろうとも脳が揺れれば、正常でいられる筈がない。

若干頭を抑え、憎らしい顔を向けてきた事にニヤリと口を緩ませる。


「目が覚めたか?」


正気に戻ったか。そんな訳はないのは目に見えていたが、敢えて俺は問う。

相手の怒りを煽るも、兄貴は俺に対して怒っているのではなさそうだ。

魔法を使わず、肉弾戦での流れに馬鹿正直なまでに付き合ってしまった自分に怒りを覚える。


「貴様……何者だ……」


この問いは二度目だ。一回目は俺の顔を見て無意識に素顔を晒し、二回目は戦うことでより一層、俺との間にあった記憶を身体で追体験しているのかもしれない。

兄貴の中に俺の記憶は確かに存在する。しかし、それが忘れられているだけで思い出せない事はない。

このまま精神的に負荷を掛ければ何か思い出すかもしれない。

そう憶測を立てた俺は今の言葉に乗せて問う。


「じゃあ逆に聞く。あんたは誰だ?名前は、出身は、家族は?」

「……」


まただ、苦しそうに顔を歪める。

目の前に立つ敵が何に見えているのかは分からない。

そして、自分自身すら分からないというなら、思い出させてやるまでだ。


「あんたの名前は瀬戸雄二。俺の兄貴だ」

「……」

「思い出してくれ!兄貴はいつも優しくて、頼りがいがあって思いやりのある人間だ!」


言葉が通じているのか、少し俯いて強く頭を抑えながらよろめく。


「そうだった……」


思い出したのか?

ボソッと聞こえた肯定の言葉に大きな希望を見出す。

苦しみから解放されたかのように、スッキリとした顔を見せる。


「あに……っ!」


近寄ろとした次の瞬間、俺は急激に感じた戦慄なまでの恐怖に身を震わせると魔剣を抜く。

最悪だ。

思った展開とは逆の事態が起きた。


「あぁ思い出したぞ。まさか、お前がこの世界にいるとはな……悠馬」


今更だろ、とツッコミたくなる。

俺の存在を改めて認識し、記憶を思い出した。そうなれば、何か変わるかもしれない。

その期待がまさか、予想を裏切る形で悪い方向へと傾く。

敢えて存在を知ってしまったことで、燻っていた煮え切らない感情に決別がついた。

その証拠にその意図を込めたメッセージを恐怖に乗せて送った。

『お前だからと言って、容赦はしない』

『近づけば殺す』

内容は大体こんな感じ。


「久々の再会に嬉しいとかないの?」

「出来れば会いたくなかった。お前は俺の弟だ。出来れば殺したくない」


噓つけ。殺す気満々なくせに。

しかし、こうして会話が出来る分には幾重かマシになった。


「どうしてユリナの命を狙う?」

「邪魔だからだ。俺の計画に奴は……いや、お前も含め障害でしかない」


計画?兄貴の破壊行動には何か意味があったのか。


「兄貴の計画っていうのは憎しみのままにこの世界を破壊するみたいな話か?」

「いや、俺の目的は一つ。世界の再編」

「再編?」

「この世界に神はいない。世界を構築し、支配し、調停を律する神は存在しない」


その指摘は正しい。

この世界に精霊を奉る習慣はあるが、神という概念はそもそもない。

神なる存在に近しいと言えば大陸と同じ名を冠する精霊王リスフェルト。

しかし、リスフェルト自身に兄貴の言う三要素を行使する力はない。

自分でも言っていたが、リスフェルトの本職は聖剣。故に他者を介してではないと不可能ではあるが、どの道リスフェルトには神なる力はない。その事実は俺が身を以て実証済みである。

そして、俺より遥か以前に兄貴も経験している。


「それで、再編してどうするんだ。新しい世界で神にでもなるつもりか?」

「無論だ。その為には先ず障害を排除する」


言葉を発すると同時に、徐に腕をあげると虚空で何かを掴む。

その動作に嫌な予感を覚えるも既に遅し。首の辺りが見えない手か何かに締め付けられる感覚に襲われる。すると、身体が強く上の方に引っ張られ、気付けば三メートルの高さで視界が上下反転していた。

抵抗出来ぬまま勢いをつけ近くの家屋へと叩き付けられる。

背中に強い衝撃を覚えると同時に苦しい窒息から解放され、体内の空気を全て吐き出される。

何処かの民家だろうか。屋根を突き破って畳の上に落ちたのが功を奏したか、多少の衝撃を吸収してもらえた。だが、中々の攻撃だった事には変わりない。咳き込むと微量の血を吐き出す。


「くそ、油断……した」


口元を拭い、立ち上がる。

今さっきの攻撃がどういった魔法なのかは分からない。

叩き付けられる直前、黒い影が実体化した触手みたく見えたがしっかりは捉えれかった。

こういった場合、目で感じるのではなく魔力を感じるしか対処法がない。


「くる!」


物理的な空間に関係なく、実体を持たない魔力の塊が再び襲いかかる。

それを感じ取り、空いた屋根の上へ退避する。

直上へと跳び、相手の位置を把握しようとするも先程までいた位置に兄貴の姿はない。


「何処に……」


見失った束の間、俺は上に跳んだことを間違いだと悟った。


「しまっ…」


いつの間にか背後に迫っていた兄貴は無抵抗な俺の背に片手で触れる。

掌の前に黒い魔法陣が展開され、拳くらいの小さな黒炎球を生成した。


小黒炎炸裂(ブラックノヴァ)


技名を言い放つと同時に圧縮された黒炎球が大爆発を起こし、至近距離にいた悠馬諸共尋常ならざる衝撃波で一帯を消し飛ばす。

周辺の家屋は跡形もなく消え、流れる温水は蒸発し、街全体が激しい爆音と爆風に見舞われる。

遠くでそれぞれの敵と当たっていた者にも一目瞭然な衝撃に各々は一時、動きを止めて吹き荒れる風に踏ん張りを利かせて耐え凌ぐ。

その一部始終を少し離れた位置で見守っていたユリナは心配の声をあげる。


「悠馬様!」


他の人間よりは大分頑丈で、致命傷を負っても倒れないくらい丈夫な身体を持っているものの、目の前で起きた光景には些か目を引くものだった。

ゼロ距離でしかも何の防御を取っていないままあれを受けてしまえば、流石に無事では済まない。

放たれる直前に何か防ぐ手段を取ったようにも見えなかった。

その心配に駆られてあの場に飛び込みたくなるも、今の自分はそうしてならないと言い聞かせ、強く掌を握り締めることで無理矢理抑える。


「無事でいてください」


信じてことしかできない今、その祈りと想いを微かな魔力に乗せて伝える。


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