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八十六話 転生者

「はぁ~」


橋の下で流れる温かい源泉川を無心で見詰めようとするも、今朝の出来事が頭から離れないせいで外に出ても全く気分が晴れずにいた。

一人で街に出ても特別何かやる事もなくボーっと突っ立ているだけ。

どう仲直りするべきかデュランに問いても返事は一切返ってこない。

端的に心情を言い表せば


「憂鬱」

「なんだなんだ嬢ちゃんと喧嘩でもしたのか?」

「ん?」


軽いノリで声を掛けてきた人物に目を向ける。

そこには大きな荷物を肩に担いだジグルドがいた。背中に祭と記載された青い法被を纏っている。


「祭りか?」

「おぉ~よく知っているな……って、お前は同郷だったな」

「自分でも忘れかけてた文化だよ」

「ここでは毎年恒例の行事だがな」

「ってことは今年もやるのか?」

「あぁ、今日な」

「今日?」


周囲を見渡しても誰一人として祭りに向けた準備をしていない。

祭りと言えば、数日前から出店を構えるための準備や提灯の設営をしないといけないイメージを記憶の中から呼び起こす。


「まぁ急遽出された話だから、これから夜にかけて他の奴も準備し出すだろうな」

「ふーん」

「で、悠馬は暇なのか?」

「暇と言えば暇」

「なら、うちの店に来てくれ。お前に会いたいっていう同郷のやつがいるからよ」


言われるがまま店まで付いて行く。

店の前に着くと何か美味しそうな甘い匂いが香る。

見覚えのある鯛焼き機を手入れする女性が人の気配に気付くと手を止めて直ぐに振り返る。


「いらっしゃいって、ジグさんか……祭りの準備は順調?」

「ギリギリだな」

「ま、頑張って……そちらの方は……って、その顔……」


白いバンダナを解くと、クリーム色の長い髪を後ろで一つ結びにし回ってこちらに来る。

身長はユリナと同じくらいか、ゆるっとした顔で柔らかい笑顔を見せる。


「悠馬!悠馬君だよね!」

「え……どちら様で……」

「そ、そうだよね。今の私を見ても分からないよね」


分からない。

この世界にいる同郷の人間は二種類に別れる。

転移者と転生者。

転移者は肉体や魂をそのままこちらの世界に送り、召喚された者を指す。一方で転生者とは元の世界で一度は自身の生に終止符を打ち、新たな余生を送るため魂や記憶を保持したままこの世界で用意された身体で生きる者を指す。

そして、どちらが多いかと言われれば圧倒的多数の差で転生者である。

故に自ら転生者ですと名乗りでなければ、傍から見ても分からないほど見た目は違う。

しかし現在、困った事に俺はこの女性が誰であるかさっぱり検討がつかない。

俺をよく知っている風に話掛けていることから元々は知り合いだったのだろうが……


「あの、お名前は?」

「私は白百合美麗(しらゆりみれい)。これで思い出せないかな?」

「え……」


その名前を聞いた途端、全身の毛が逆立つ様な感覚に襲われ大きく目を開いた。

彼女の名前、知っているも何もその人物は俺の記憶に残る所縁のある人物だ。


「美麗……さん?本当に美麗さん?」

「そうだよ。久しぶりだね、悠馬君」


白百合美麗。彼女と俺は浅からぬも深からぬ縁と言える。

実年齢は俺よりも三歳上。家も近く、兄貴と同い年であることから二人でよく面倒を見てもらっていた。しかし、俺が中学に上がった頃に引越してしまい、俺はともかく兄貴はそれでもまだ美麗さんとは連絡を取り合っていたらしい。

時折、兄貴は何処か遠出したことや毎日の様に続くメールのやりとりから二人はお互いに恋仲の関係であるのではないかと悟った。嬉しそうに楽しく話す兄貴の声が部屋から漏れていたのも知っている。そして、ある日を境にそれがピタリと終わったのも。

端的に言おう。白百合美麗、彼女はとある交通事故に巻き込まれて死亡した。

兄貴はその事実を知り、約半年以上は塞ぎ込んでいた。俺も中三に上がり、お互いにそれぞれの受験勉強が忙しくなり、終わってみるといつの間にか兄貴とは話さなくなり、いつしか家からもいなくなって遠いが大学へと通っていた。

少なからず、兄貴が変わってしまったのは美麗さんの死が起因していた。そして、良くも悪くも俺は再びこの地で彼女と再会を果たした。


「なんだ、知り合いだったのか」

「そうなの!本当にビックリだよ」

「まぁなんだ、積もる話もあるだろうから俺は祭りの準備をしてくるよ」


空気を読めたのか、忙しそうにお店を後にする。


「立ち話はなんだし、こっちに座って」


木製の長椅子に案内されると包み紙に熱々の鯛焼きを挟んで渡す。


「はいクリーム味。悠馬君、好きでしょ?」

「ありがとうございます」


俺の好みを覚えていた美麗さんは手渡すと自身も椅子に座る。


「いやぁ本当にビックリ。まさか、悠馬君もこの世界にいるんだもん」

「こっちの台詞ですよ。驚いて心臓止まるかと思いました」

「お互い様だよ。それに悠馬君の活躍は私の耳にも届いていたし。こっちが一方的に知っていた感じかな」

「……なんか返しづらいです」

「そういう謙虚なとこ、雄二と同じだね」


そう兄の名前を出した途端、美麗さんは少し寂しそうな顔を浮かべる。


「雄二は元気?」

「……」


どう返せばいいか分からない。

先程も言ったように返しづらい返答ばかりだ。

どう伝えればいい。美麗さんの知らない兄貴を話すか、この世界にいる兄貴の事を話すかどちらも美麗さんが聞きたい話ではない。


「やっぱり、元気ないよね。」

「そりゃもう……はい……」

「当然だよ。だって私もそうだったから……立ち直ったつもりだけど、悠馬君の顔を見てたら余計思い出しちゃった」

「……」

「あ、ごめんね。決してそう意味で言ったつもりじゃ……」

「分かってます。美麗さんの気持ちは兄貴と同じだってことも」


兄貴が俺と顔を会わせなくなって、話さなくなったのもそれが理由なのかもしれない。

三人で楽しく遊んだ思い出、それを無意識に彷彿させてしまうのを避けたかった。ある晩のことだったか、兄貴が父さん達に遠くの大学に進学したいと話していた。

主な理由はケジメをつけるため。

弱い自分から脱却するために何でも一人でやれるように家を出て、生活をする。

何もかも捨てて新しい生活を迎える。そんな覚悟を伝え、父さん達はただ一言伝えて了承した。

家を出ていく時も兄貴は何も言わなかった。またな、じゃあな、遊びに来いよとか一つくらい声を掛けてくれてもよかったのではないかと思えるほど素っ気なく消えた。

そして、ある日を境に忽然と姿を消した。


「悠馬君はいつこの世界に?」

「三年くらい前です。高校に上がって直ぐですかね」

「意外と長いんだね。そしたら、雄二が何をしているかも分からないよね」

「……います」


気づけば何かぼそりと呟いていた。


「何か言った?」


声が小さかったのか美麗さんの耳には何も届いていなかった。


「もしもです。もしも、兄貴がこの世界にいたらどうしますか?」


突然切り出した質問に少し驚いた表情をするも、冷静にその状況を考える。


「そうだなぁ、やっぱり会って話すかな」

「それだけですか?」

「ん~そりゃ多分、顔を見たら一目散に飛びつきに行くとは思うけど……やっぱり話したいよ」


話したいか……。それは俺も同意見と言える。

しかし、会った所でまともに会話が成り立つのかも不明。魔王やセルフィの話からすれば会話にさえならなくも思う。

どうすればいい。このままでは時期に二人が顔を会わせてしまうのも時間の問題。

個人的な感情を優先したら俺は美麗さんを兄貴には会わせたくない。


「ねぇ、悠馬君。雄二もこの世界にいるんでしょ?」


そう悩んでいると不意に核心をついた言葉を投げる。

どうして分かったのかは定かではないが、一先ずその答えとして首を縦に振る。


「やっぱりかぁ」

「やっぱり?」

「うん。悠馬君は知っているかな。半年前に王国内のある領地が領民共々消えた事件」


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