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八十五話 報告

『そんなことが……休暇のつもりが災難な事態に一転しましたね』


時刻は既にお昼を過ぎ、窓の外から一望できる温泉街に多くの人が行き交っているのが見られる。昨晩、突然発令された戒厳令が朝になっても尾を引いていたせいか、午前中は全くと言っていいほど人通りが少なかった。

現在、カタギリさんの宣言の下で戒厳令は解除され、昨晩の事件を気にした町衆が領主である彼のもとに集まって説明を受けている。一応、王国の姫である立場から、私が自分の正体を明かして事実を説明すると提案した。しかし、ここにいない筈の姫と勇者がお忍びでこの地にいるという点、その二人を殺害する目的で悪魔が襲撃したという事実が広まれば民衆は混乱し兼ねない。というカタギリさんの意を汲んで、その辺の説明は彼に一任した。

その一方で私は事態を王国へ伝え、至急援軍要請する目的で、通信用の魔法道具を手に女王である母に事後報告中であった。


『ユリナ、あなたは無事なのですか?』

「……はい。軽傷で済んでいます。悠馬様も同じく」

『それは良かった。二人はこの国の輝かしい未来の象徴。何かあっては国の一大事ですからね』

「大袈裟です」

『ふふっ、ですが、今回の一件、どうやら一筋縄ではいかないようですね』


一筋縄ではいかない。

この言葉の意味は悪魔が襲来したというだけの問題ではない。

そもそもの話。何故あの悪魔は私がこの地にいると確信を持って現れたのか、またどのタイミングで再来するかも分からない。加えて、私に掛けられた呪印(カースシール)に似た魔法の解除。

纏めて一辺に解決不可能な難しい問題が残る。


「一つずつ、確実に対処するほかありません」

『そうですね。ユリナが撃退した悪魔の存在も詳しくは判明していないですし』

「……」


母様は知らされていない。

あの悪魔に関して、私以上に知っているのは悠馬様と仮面の下を見たサレン姉様だけなの?

頑なに口を閉ざす悠馬様の様子は普通ではなかった。加えて、隠し事を好まないサレン姉様も事実を二人で共有するあたり、あの仮面の悪魔は二人が知り得る人物なのではないかと推察される。

しかし、二人に接点があり、他の人には知られると不味い存在。私が知る限りでその様な人……いや、悪魔は絶対にいない。


『ユリナ?聞いていますか?』

「は、はい!ごめんなさい、少し考え事を……」

『もう……先も伝えたように援軍要請は厳しいと考えて下さいね』

「はい。その件に関しては望んではいません』


近日中、もとい今日か明日かと分からないタイミングであの悪魔は再び現れるだろう。

この呪印(カースシール)の効果もそう長くは続かない。故にこの効果が消えるまでの間に、もう一度現れるのは可能性として高い。

その対策としていくつかの対処法が先程挙がった。

中でも私が取った選択肢はこうだ。


「私はここにいる勢力のみで応戦します」

『賛成しかねますが……そうするのが妥当だと認めざるを得ませんね』


怨恨の(スルト)、あの魔法は私が思っていた以上に脅威だった。

魔法が完成し、この地に向けて魔法が放たれれば再び王国の地図から領地が消え、多くの人が死に直面していた。それだけは何としても避けなくてはいけない。

しかし、私が選んだ道に街と民の両方を守る自信はない。

戦うのであれば事前に人々を魔法の範囲外である街の外へと逃がす必要がある。例え、今私が一望するこの素晴らしい風景を破壊の道に導こうとも。


『ですが、俄かに信じ難いです。あの魔王が我々の協力者になろうとは……』

「お母様はどうお考えですか?」

『信用に足るか否か、かつて剣を交え死闘を繰り広げた悠馬様が信じるのであれば異存はありません』

「……」

『ユリナは納得いかないみたいですね』

「当たり前です。私はそう簡単に割り切れません」

『それが普通です。悠馬様も同じ気持ちでしょう』

「そうでしょうか……」

『彼はあなたが思っている以上に聡明で、私怨に捉われない良き見識を持っています』


大層な評価だ。もしも、この評価を隣で聞いていたらそう言うに違いない。

だって悠馬様は……


「無鉄砲で、能天気で私の気を知らない鈍感な人であることは認めます」


我ながら日頃、思い続けている感情を吐露していまう。


『男とはそういう生き物です』

『女王様、国王陛下がお呼びでございます』


魔法石越しからもう一人、誰か別の声が届く。


『ごめんなさい、取り敢えずこの件は現地にいるあなたに全ての判断を委ねます』

「分かりました」

『援軍についても、軍を動かすのは不可能と先程はそう決断しましたが、個人を動かすのは可能です。私の方でそこは調整します』


その言葉をもらえれば充分。

幸い、悠馬の住む屋敷には王国軍数百人分に匹敵する実力を兼ね備えた獣王国の英雄兄妹がいる。

かつて、魔王との戦いで共に助け合い、手を取り合った旧知の仲においてあの二人程の頼もしい存在は多くない。

少しずつではあるが着実に勝利への希望は見えた。

あの悪魔に対抗する駒は私も含め、実力者は一人でも多い事に越したことはない。

あとはどうにかして、時間を凌ぐ他ない。


『それではよろしく頼みます。あと、悠馬様とはちゃんと仲直りして下さいね。では……』


最後の方にサラッと核心を突く発言を残して、母様は通信を切る。

深く考えないようにしていた悩みの種子に水をあげられた気分だ。再び咲いた芽が意識するにつれすくすく成長する。

モヤモヤとした拭えない気持ちがいつまでも絡みつく。


「これしかないですかね……」


かつて、同じような経験を抱いた事があると言っていた。今は亡き私の従者であったカンナ独特の悩み解決方法、もとい一時的な緩和措置を行う。

ガラスの戸を開け、向かい側の山岳地帯に向けて大声ではしたなく叫ぶ。


「悠馬様のばかあぁぁぁぁぁぁ!」


様々な思いを込めて全力で叫んだ。

その際、無意識に微々たる魔力を込めて叫んでいたことに自身も気が付いていなかった。

声は届かずとも、彼女の想いはある魔法を通じて飛んでいった。


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