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八十四話

「ねぇ、パパあれ取って来てもいい?」

「好きなだけ食べろ。行儀よくな」

「君が行儀なんて指摘するの?笑える」


ぷぷっと小馬鹿にしながら机の上に置かれた大量のスイーツを頬張るを魔王は冷ややかな視線を向ける。


「自分の事を棚に上げて言うな。王ともあろう存在が下品な食べ方をするな」

「王だなんて名乗った記憶はないよ。それに君も食べてみなよ。美味しいよ?」


メープルシロップが大量に塗られた五枚のパンケーキを軽々と胃袋の中に流し込むと追加で取ってきた全種類のケーキに手をつけ始める。


「少し自重してくれ」


見てるだけで腹が膨れそうな光景と周りから注がれる視線が気になるせいで落ち着いて食事が出来ない事に憂いを抱く。念の為、魔法で黒巻き角を隠し魔力も最小限に抑えているせいか、かえって普段以上、周囲に気を配らせてしまう。


「安心しなって、今の君を見抜ける者はここにはいないよ」

「注目を浴びるのが嫌いなんだよ。第一、お前は勇者の所で寝ていた筈では?」


厄介者払いが済み、久々にセリンと二人きりで穏やかな朝を過ごせると思って食堂に行ってみれば先に席についていたのはこの疫病精霊だった。


「君が食堂に行ってたから早めの朝食を取ろうかなって」

「勇者達は?」

「今頃、お姫様とお風呂場にいるんじゃない」

「プリンセスの容態は?」

「さぁね。でも、少し辛そうな顔だったよ」


自身のお皿に二種のパンとスパゲッティを持って席についたセリンがひょこっと顔を出すとフォークでスパゲッティを二回クルクルと巻き付け、リスフェルトの真似をするように食べる。

この一ヶ月間以上、一緒に生活をしていたせいかセリンに悪影響を及している事に危惧を抱いていた。この年頃の人間は誰しも他人の影響を受けやすい。

ましてや、自分の中に俺以外の存在が現れたとなると注目がいってしまうのも道理。

そのせいか余計に手を焼く羽目になっているのは否めない。

頬についたケチャップを紙のナプキンで拭う。


「君、意外と面倒見がいいよね」

「まぁね。自分でもこれが性に合っていると自負している」

「悪いことではないよ。元々、君はそういう性格だったじゃないか」

「記憶にないな」

「だよね~」


セリン以上に汚く口の周りに大量のクリームを付ける馬鹿の顔を今すぐに洗面器に沈めたくなる。


「ねぇパパ、これ食べたらお出掛けしたい」

「構わんが、何処に行きたい?」

「お兄ちゃんがね、おんせんまんじゅうっていうの美味しいって言ってたから、それ食べたい!」

「なら、朝はほどほどににしておけ。いいな?」

「うん!」

「あ、私も付いていくからよろしく~」

「断固拒否する」

「行けずなパパ~」


胃袋の底が知れない地雷精霊を絶対に連れて行きたくはないがどうしたってこいつはついて来る。


「勘弁してくれ」


「ん……眠い」


緑色のカーテンの裏、衣服を脱いで全身無垢な裸体を晒す女神の姿を音だけで想像……いや、妄想するのも出来るが未だ覚醒し切らないぼんやりとした意識のせいか全くその気が起きなかった。

万が一に備え、今ここでうたた寝に耽る訳にもいかない俺は大きく欠伸を搔いて酸素を体内に取り組む。


「ユリナの奴、大丈夫か……」


体調が優れない、というより辛そうだったという印象が強い。

消費した魔力が戻っていないのか、本調子を取り戻せていないのは明白。

かと言って、俺が出来る事は全くない。

これに関して言えば、俺の問題ではなくユリナ自身に関わる問題。

微力ながら、多少のサポートしか出来ないのは少し心苦しくも思う。


「俺は婚約者失格だな」


ユリナがピンチの時に駆け付けられないなんて、彼女の隣に相応しくない。

俺はまだ、この世界に甘さを抱いているのかもしれない。

元居た世界も今思えば充分に甘いと感じる。人が普通に生活して、自身の命を保障される手立てがあるというのはこの世界から見れば甘えも同然。

いや、視点の違いかもしれない。

向こうの世界でも国境を違えれば、生活文化や人の持つ価値観や常識もまた変わる。そうなれば、甘々な生活に浸っていた人間には過酷な世界へと様変わりするに違いない。


「初めは俺もそうだったな」


そう、その甘えが俺の心に深く刻まれた傷と化す。


「あぁ、やめだやめ!」


犯してしまった過去を正す事は出来ない。

俺は……俺達は前に進む事しか出来ない。

そう教えてくれた親友の言葉を胸にこれからも歩むしかない。


「割り切れはしないが……」


ふとそんな物思いに耽っているとカーテンと扉の奥にある露天風呂の方から高い悲鳴声が響く。


「ユリナ?」


慌てて振り返ると、無意識にカーテンを払い、ドアを開けた俺は裸足で石造りの床を踏む。


「イタタ……って、悠馬様?!」


声の主の方に目を落とすと無造作に桶が散乱した中心で倒れる絶世の美女を目の当たりにする。

桃色の長い髪が彼女の秘部を隠すのに加え、晩と朝の気温差で発生した湯気にも似た霧のせいではっきりと身体を見ることは敵わない。

だが、俺は倒れた節にちらりと見えた太股の内側の黒い痣に嫌な予感を抱く。


「ユリナ、それ……」

「……!こ、これは……」


指で示した痣を慌てて股を閉じて隠そうとするも既に襲い。

はっきりと見えてしまった以上、ユリナはこの事実を胸の内に秘めておくのを諦めた。


呪印(カースシール)。私の魔力が回復しないのはこれが原因です」

「それに魔力を吸われ続けているってことか」

「恐らくは」


立ち上がったユリナは外気で冷えた身体を温めるため、浴槽へと身体を入れて話を続ける。

近くに置いてあった岩の上に腰掛けた俺は温泉街も一望しながら背中越しで質問を投げた。


「解呪は敵わないのか?」

「無理でしょう。呪印(カースシール)の発動条件は相手の部位に触れ、直接魔力を流し込んで刻むという二つの過程を有します。そもそも私や先生みたく体内に多くの魔力を持つ者に呪印(カースシール)は効きません。更に付け加えれば、私は一度もあの悪魔には触れられませんでした」


どちらも矛盾した内容だと言える。

しかし、現にユリナの太股に刻まれたのは呪印(カースシール)に近い効力を持ち、身体を蝕む呪いそのものであると認めざるを得ない。


「じゃあ、それは一体……」

「詳しくは不明です。会って確かめる他ないかと」

「そんな状態では無茶だ!」


今度こそ、殺されかねない。そう皆まで言う必要がないのはユリナの顔を見れば明白だった。

凪の水面が僅かに揺れ動く。水面の下で小刻みに手を震わせる光景を間接的に伝えた。


「新たな魔王に関しては俺に一任させてくれないか?」

「それこそ無茶です!今の悠馬様に敵う相手では……」

「そうかもしれない。魔王にもそう言われたよ」

「なら……」

「でも、俺が戦わないといけない相手なんだ!」


これは俺の戦いだ。俺が止めないといけない。

それに兄貴はユリナが戦うべき相手ではない。

その事を分かっては欲しいものの、彼女に事実を伏せるべきという矛盾が胸内に孕む。

そして、その迷いが紋章(エンゲージリング)を通じてユリナに伝わってしまう。


「やはりあの悪魔について、何か知っているのですね」


今度は確信を込めてそう言い放つ。

今更、知らないと言っても無駄だと分かった俺は首を縦に振る。


「なら、どうして教えてくれないのですか?」

「ごめん。本当に言えないんだ」

「どうして?!」

「これは俺の問題なんだ。俺が一人で解決しないといけない」

「私は不要……ですか?」

「そうじゃない。けど、ユリナを巻き込ませる訳にはいかない」


これ以上、傷つく君を俺は見たくない。

大切な者をまた自分の見えない所で奪われたくない。

例え、それが彼女を傷つける噓であっても……


「……分かりました。今回の件は何も聞かなかった事にします」


温泉に入ったことで大分疲れも取れ、体力が戻ったのか先程よりはしっかりとした足取りで浴槽から出る。大きめの白いタオルを身に纏うとそのままドアに手を掛ける。


「暫く、部屋で一人にさせて下さい」


こちらには振り返らず、淡々と告げたユリナはそのまま露天風呂を後にした。

いつもの落ち着いた穏やかな口調は消え、以前にも似た冷ややかで棘のある声に俺は内心でかなりショックを受ける。

割れたガラスのハートを搔き集めながらお湯の中に身投げした。


「やっちまった……」


これに関しては百の割合で俺が悪い。

弁明の余地がないこの息の詰まる状況に天を仰ぎ見る。

何処までも広く続く晴天の空。その中に一匹の鳥が『アホウ~アホウ~』と変な鳴き声をあげながら空を舞う。


「うぜぇ」


今すぐにでも撃ち落として丸焼きにしてやろうか思いで『アホウドリ』に似た鳥を眺めた。


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