八十一話 聖剣と魔王
「それが聖剣……なのか?」
「そうだ」
「小さなお尻しか見えないが」
ログハウスに居座る居候人、もとい居候精霊を無理矢理肩に担いで引っ張り出した魔王は淡々とその事実を告げるも、俺からはバタバタと小さな足で必死に身体を動かして抵抗する小さな少女にしか見えない。
身体を反転させ、魔王の顔が見えなくなる変わりに青白く透き通った色をした少女と目が合う。
憤慨した表情で何度も背中を殴るの止め、小さく手ひらひら振ると「お久しぶり~」と笑顔を顔に貼り付けて軽く挨拶をした。
「もう降ろしていいよ」
深い溜息を吐いて抵抗を諦めると雑に襟の部分を掴み上げられ地面に立たされる。
自身への扱いに不満を覚えた少女はおもいきり魔王の脛辺りを足蹴りするも、鍛え上げられた豪脚には非力な衝撃は伝わらず、むしろ自身に返ってきた。
痛みに悶絶し、反射的に手で素足を擦っていると俺が向けていた視線に気付き、慌てて元の表情で振る舞う。
「ん~先ずは何か説明したもんかなぁ~」
「率直に言おう。勇者、この穀潰しを連れ帰ってくれ」
「誰が穀潰しだ!」
「お前以外に誰が当てはまる。昼夜食って寝てを繰り返し、備蓄分を消費しまくる馬鹿を他にどう表現しろと?」
「ん~それを言われたら返す言葉もない」
「ということだ、頼むぞ」
魔王と聖剣、相反する存在が仲睦まじい様子で他愛のない会話している彼らのマイペースに少し調子が狂う。
「頼むぞと言われてもな……」
視線を魔王から聖剣へと移す。
何処を、どう見ても俺が知っている聖剣の面影は一切ない。
それもその筈、人の形態と剣の形態で相似する要素は一つもないのだから。
ただ一つ、思い当たる点があるとすれば彼女が発した声だろうか。
聖剣が俺の手元から離れる寸前、確かに俺は声を聞いた。
『またね、私の主様』という言葉を残して。
あまりにも言葉が足らなかったからか、言葉の真意に関しては未だに理解出来ない。
だからか、勝手に思い込んだ誤認が消えない誤解となって今も尚、くすぶっている。
それを紐解くならこの機会に他ない。
「あんたは俺を見限ったんじゃないのか?」
「見限った?」
「魔王を倒しててっきり俺は用済みになったのかと……」
「ううん、違うよ」
返って来たのはあっさりとした否定だった。
「私が主様の元から離れたのはここへ魔力の補給をしに来たんだ」
「……俺、今まで無尽蔵の魔力を持っているんだとばかり……」
「無尽蔵な事には変わりないかな。ここ、大森林に流れる全ての魔力は私のだし」
「え?」
「は?」
「いやいや、主様はともかく何で君は知らないのさ」
「知らんものは知らん」
「知っているから、ここを隠れ里にしたんじゃないのかい?」
「さぁな。この辺り一帯の魔力は悪魔にとって微量な毒に等しい。こうして毎日浴び続ければ何百年後とかに消滅出来ると思ってここにいた」
「え?」
「ん?」
お互いがお互いに知らない新たな事実をカミングアウトする。
第三者の視点で聞いていた俺にとってはどちらの事実も驚き極まりない。
そして、その事実を知った聖剣と魔王はお互いに齟齬が生じた部分を解消する。
「それでお前の回復は済んだのか?」
「一応は……」
「なら、出て行ってくれ」
「ここは私の森だよ。勝手に住み着いた人が何を言っているんだか」
ド正論。返す言葉が見つからないためあっさりと受け入れる。
「だが、勇者がここに来た。その理由をお前が気付いていないとは思っていない」
魔王は俺に視線を送る。僅かに視線を交わすと半分半分の思いが伝わってくる。
厄介な居候者を追い払いたいという思い。
聖剣の力を必要とする者に応えろという思い。
その両方を孕んだ意味で魔王は諭した。
「相変わらず、君は自分勝手だね」
「お互い様だ。あと、都合が悪いと話を脱線させようとするのも良くないぞ」
図星を突かれた聖剣は小さく溜息を漏らすと不満そうな表情で俺を見詰める。
正確に言えば、俺の中にいる精霊にだ。
「起きろ、デュランダル」
魔力の籠った圧のある声が聴覚を介して深層意識に眠る精霊を無理矢理覚醒させる。
すると、身体の支配権が奪われたかのように口が勝手に動く。
「お久しぶりです、精霊王リスフェルト様」
「こんばんは、デュランダル。早速では悪いんだけど……」
「用済みは無しですよ。僕は彼を多少なりとも気に入っている。だから、返しません」
要求を聞く以前に解答を出すと予想通りの言葉であったからか特に驚いた様子にはならない。
頑なまでに意志を押し通す旨を伝えると身体が解放される。
「原則として一人の人間につき、一体の精霊が宿るって話だったか?」
「そうそう。精霊の強さに関係なく」
「強引にお前が勇者と契約を結ぶ事は敵わないのか?」
「出来ない事はないよ。けど、彼みたく主様の深層意識に身を置かれていると無理かな」
「引き剥がせばいいだろ」
「そうすれば彼の反感を買ってしまう」
「別に構わないだろ」
そうしろと言わんばかりの顔で肯定した事に聖剣やれやれと首を降って呆れ返る。
「君の言わんとする事は分かるよ。でも、私は改めて主様……いや、瀬戸悠馬に問おう」
彼女の持つ透き通ったコバルトブルーの瞳に吸い寄せられると改めて意志を問われる。
「君は私の力を必要としますか?」
イエス・ノー、その二択で答えるならイエスと答えるだろう。
その理由として、聖剣無き今の俺は以前と比べて遥かに弱く、先程戦っていた白鬼にも下手をすれば遅れを取られかねない状況も多々あったから。正直言って、俺はまだ魔剣デュランダルの持つ力を全く引き出せていないどころか、クロードが至った精霊融合の域まで達していない。
そんな状態でこれから先、更なる強敵と戦うとなると聖剣の力を必要とするべき……なのだが、どうしても俺は心の底から必要だと思う気持ちにはなれなかった。
「やはり、まだ気持ちの整理がついていないようだね」
「整理?」
「うん。主様は私の事を意識的に受け入れていても無意識に否定している。君を倒して以来ね」
「理解しかねる」
皮肉とも捉える発言に魔王は俺の意に異を唱える。
「お前も気付いているだろうが、聖剣無き今のお前では魔晄四獣の生き残りを始めとした悪魔を止めるのは不可能だ。当然、お前の兄を止めることもな」
まただ。
俺は二度、同じ言葉を投げられている。
「まぁ、実感が湧かないの無理ないよ。まだ彼が生存しているのを自分の目で確認してすらいないのにねぇ」
心情を察した聖剣の言葉に流石の魔王も同情を吞んだ。
「だが、奴と出会ってからでは遅い。反転した今の瀬戸雄二が自身の最大の脅威である勇者をあっさりと見逃しはしない。例え、自分の弟だとしても」
魔王は俺が思っていた以上に現実を見据えて、時には厳しい事実を述べる真面目な性格だと言える。
甘えという言葉を許さない。決して人類に対して発破を掛ける訳ではないが、生きるため、平和を固持するために必死になれ、全力を尽くせと言わんばかりのメッセージさえ受け取れる。
「まぁまぁ、どの道デュランダルが邪魔するせいで力は与えられないから本末転倒だね。って事で、暫くまた世話になるよ」
「断る」
「私がいればセリンの遊び相手にもなるよ」
「悪い教育だ」
「君が教育とか言っちゃうんだ。笑える」
その発言を受けてクスクスと嘲笑する小さな少女の顔を大きな右手で覆うと容赦のないアイアンクローを決める。
「顔が……つ、ちゅぶれる……」」
このまま少し硬い果汁を握り潰してやろうかという面立ちで睨み付けていると、ふと何かを感じ取った魔王は力を緩めた。
腕から解放された聖剣は尻餅をついて、自分の顔の骨が歪んでいないか確認するように擦る。
「酷いことするな~、まったく……」
「お前に対する慈悲はない。それより気付いているなら、さっさと伝えたらどうだ」
「何を?」
「瀬戸雄二だ。奴がプリンセスの前に現れたことをだ」
魔王の言葉に俺は心臓を鷲掴みにされたかの様な感覚に陥る。
兄貴が近くに来ているという嬉しさがある反面、今の兄貴と会うことへの恐怖。相反する感情が俺の行動を抑制しようとするも、気づけば俺は駆けていた。
「待て……今のお前では……」
「まぁまぁ、少し様子を見ようよ」
「何故、落ち着いていられる?」
「何で君が焦っているんだ。人間に対して情が深くないかい?」
「……」
その指摘に魔王は何も答えない。
背を向けて一歩ずつ歩み出すと聖剣に対して「ついてこい」と背中で語る。
やれやれと首を振って仕方なく従うとその背に渋々付いて行く。
△
真っ暗闇の森を疾風の速さで俺は駆けていた。
大森林に生息する凶暴で獰猛な魔獣達が向ける殺気に目もくれず、あのログハウスまで来た道の方角を全力で突き抜ける。幸いな事に、誰かが意図的に配置させたヒカルゴケの灯が進むべき道を示してくれるおかげで迷うことなく進める。
「無事でいてくれ、ユリナ……」
先程から心中をざわつかせる妙な嫌な予感が衝動として駆り立てる。
魔王から兄貴の魔法について聞いてしまったからか、万が一の可能性を考えてしまう。
怨恨の炎スルト。あれが俺の予想通りの魔法であればユリナとの相性は最悪。
先程聞いた話を集合すると今の兄貴に人の心は微塵も残っていない。自分の目的を果たすため、本気で脅威を排除する。
そのことから、前回の敗北を経て間も無くユリナの前に現れたという事実を述べれば、兄貴の狙いは一つ。
ユリナの殺害に他ならない。
『敢えて言うけど、行かない方がいいと提言するよ』
珍しく自身から話しかけたデュランは俺の心情を察した上でそう説く。
しかし、俺の足は止まらない。本気で俺を止めたければ、デュランは身体の支配権を一時的に奪ってまでも止める筈だ。
「悪いが、止まる気はない。俺はこのまま……」
『いや、止まった方がいい。三秒後に伏せて』
「何を言って……っ!」
理解の範疇を超える発言に困惑を覚えるも、突然視界の中に現れた黒い影の存在に気付くと重心を下に逸らし、胴を目掛けて振られた闇を断つ紫紺の一閃を躱す。
地面に滑り込んだ俺は脇に生えるヒカルゴケを抜き、闇に紛れて襲いかかった人物を僅かに照らす。
顔の辺りを覆う白い鬼の仮面が目に映る
「白鬼……」
死霊術士ネクロマンサーの悪魔、ザラと共に大森林の奥へと向かったかと思われたが、どうやらこうなる事を見越して先回りしていたみたいだ。
地面に落ちたヒカルゴケで微かに姿を捉えれるも、光を拒む暗黒な環境が俺を不利な立場へと追い込む。
「ここから先は行かせん」
「通りたければ倒せってか」
「違うな。あの姫といい、貴様といい。どちらもこの先に待つのは死のみということだ」
刀身から発せられる不気味な紫紺の輝きが狙いを定めるかのようにチラチラと映る。
無理矢理でも押し通りたい気持ちを抑えつつ、白鬼の意に沿って剣を抜く。
「それでいい。ここで貴様を……」
戦闘の意志を示した俺は魔剣を抜くと同時に剣先で魔法を放つ。
「大閃光!」
白鬼の顔に向け、一時的に眩い閃光が一瞬で大森林の一部を圧倒間に照らす。
息を潜めていたあらゆる魔獣が光で目をやられ、木からバランスを崩して地面に落ちるものや突然の出来事に困惑して暴れ回ったりと大混乱に陥る。
「あがっ……姑息な手を……」
鋭い閃光が魔晄の瞳を焼くように差すと膝を付いてその場に縫い付けられる。
仮面を外し、片手で目を押さえながら自身のターゲットの気配を探る。
「逃げられたか」
自身の元から高速で離れていくのを気配で感じ取るも、五感の一つを激しく狂わされたせいで全く身動きが取れない。
暗闇とこの大森林に廻る特殊な環境を駆使した最強で且つ、最悪な一手を打たれたことに激しい屈辱に見舞われる。閃光という魔法は別名、『悪魔騙し』と揶揄される。
相手の視界を光で覆い、一時的に自由を奪う不意打つ。
至近距離でしか効果を発揮しない上に発動前に不自然な魔力の兆候があることから、馬鹿にしか効かない魔法とも一部では噂される。
しかし、この森においては別の意味を孕むのが身をもって実証された。
完全に一本取られたという事実に地面を拳で叩くも、口元は少し緩んでいた。
「逃げられたみたいだな」
大きな足音が近づくと聞き覚えのある声が耳に届く。
顔を見られまいと仮面を再び付け直す。
「見たか?」
「見たとは?」
「俺の顔だ」
「見ようとしたが見えなかったと言えばどうする?」
魔王の問いに白鬼は答えない。
立ち上がってフラフラとした足取りで跡を追う。
「何故、勇者を狙う?」
「お前が世界を憎んでいたのと同じで、俺も奴を憎むからだ」
「違うな、それは埋め込まれた憎悪であってお前の意志ではない」
言葉の矢が深く突き刺さったのか、足を止めて振り返る。
「見たのか」
「まぁな。この暗闇の中であろうと魔晄の瞳を持つ者には暗さは関係ない。だが、返ってあの様な不意打ちには極端に相性が悪いのはいい経験だったのではないか?」
「失せろ。あの女とは違って俺はあんたに用はない」
「だろうな。俺はお前との面識はほぼない……だが、勇者の邪魔はさせん。約定を違える訳にはいかないからな」
その直後、白鬼の足場を橙色の円環サークルが浮き上がる。気付くのが遅れ、慌てて離れようとするも直下から炸裂した激しい爆発に巻き込まれる。
腰当たりの位置に顔を出して様子を伺っていたものの、揺れ動く大地にバランスを崩した聖剣の少女は神妙な面立ちで泥が付いた顔をむくりと上げると、黒いズボンに顔の泥を拭う。
「顔を握り潰すぞ?」
怒りを滲ませた言葉を放つも少女はちっとも臆さずに拭き続ける。
「君のせいで汚れたんだ!」
「浮くなりして回避出来たろ」
「生憎、そんな暇なかったし」
ああ言えばこう言う、面倒くさいやり取りに付き合う気はない魔王は切り上げると魔法を放った箇所に目を落とす。
地面や木々が抉れ、一際大きなクレーターが出来るもその中心には半分に割れた仮面の一部が残っていた。
「逃げたか」
「逃がしたの間違いでしょ。君、私に散々甘いだのなんだの言っときながら自分も甘いよね」
「お互い様だ。それより今の奴のことは……」
「あぁ、言わないよ。この点に関して口が裂けてもね」
「……珍しく意見が合ったな」
「私個人としては嬉しくないけどね」
「……俺のズボンで手を拭くな」
「ダメ?」
「駄目に決まっているだろ。この馬鹿が」
騒がしかった場が静まり返って数秒後、大森林の一部で少女の断末魔が轟いた。




